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zoom RSS 閑話休題

<<   作成日時 : 2006/10/03 23:40   >>

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 私の病院の手術室、つまりわたしの働くところなんですが、麻酔科の先生がいます。常勤の先生のほかに、応援に来てくれる先生もいます。曜日が決まってきてくれるんですが、その先生からの話題。
 
 またまた難しい話・・・・かも。

 その麻酔科の応援医師、移植手術に携わっています。

 皆さん、臓器移植法案ができたのは、知ってますよね。臓器提供のドナーカードがあるのも、知ってますよね。黄色いやつ。
 私はもちろん、持っています。昔、移植に賛成をしていてカードを持っているのに、番号に丸がなかっただけで移植が見送りになったことがありました。

 持っている方、しっかり見といてください。漏れはないですか?

 で、臓器移植の話。

 違うところで臓器売買が話題になっていますが、それとは違います。

 法案があったにもかかわらず、移植は2006年の4月まで、保険が適応されていなかったのを、知っていますか?

 2006年3月31日まで、臓器移植にかかる膨大な金額は自己負担だって、知っていました? そのお金、先生曰く、3000万円〜4000万円くらいだそうです。私も知りませんでした。
 保険が利いたからって、3割負担で900万・・・・。一千万よりましですが、宝くじくらい必要なんです。よく海外に移植を受けに行く子供がニュースになりますが、その寄付金も、1億2億です。でも、実際はそれ以上必要なこともあります。それだけ重要な医療ということにもなります。

 日本で子供の移植はできません。広島に住んでいるからって、広島で全ての臓器の移植ができるわけではありません。日本の移植事情は、かなり偏りがあります。
 「慢性的臓器不足」といいますが、臓器は物であって物でないような部分があります。それは大本、日本の価値観に由来するものなんでしょうけど。「五体満足」なんて言葉が普通にある国ですしね。

 で、話は変わりますが、臓器提供者が日本のどこかで出たとします。移植適応者が何人かいて、その第一候補者に臓器が届けられるのですが、そのドナーの臓器が提供できる状態なのかは、実際にオペをして取り出すときまで分からないそうです。もしかしたら病変があったり、損傷があったりなどして、あげたくてもあげられない状態かもしれない。
 そんなときでも、臓器提供を受ける側(レシピエント)は、自分がもらえるかもしれない臓器のために、緊急入院をし、手術に備えるそうです。いつ臓器が取り出されて届けられてもいいように。
 でも、結果あげられない状態だったとする・・・レシピエントはそのまま何もせずに退院だそうです。で、それにかかる費用は当然払います。
 
 これって、何だか切ないですよね。生きるか死ぬかがかかっているわけですし。自分のために誰かが死なないといけない状況、その状況で命を受け取っていく。引き継いでいく・・・。
 引き継げる命を得るために、誰かが死ぬのを願ってしまう・・・。

 どこかにありました。救急車のサイレンが響くたびに、「自分の子供の命があるかも知れない」って願ってしまう自分がいる・・・・って書いたレシピエントの親の手記。自分自身ならまだしも、移植で大切な人が生き延びるかどうかがかかっているとしたら、それはどんなことより重大ですよね。殺人だって自殺だって厭わないかもしれない。

 その上で、大きくのしかかる経済的事由・・・・。ますます切ないです。

 ドナーカードを持ったとき、もともと骨髄バンクに入っていたせいもあり、とくに何の抵抗もなかったんですけど、自分がいとも簡単に死んでしまう弱い人間だということをちょっとばかり考えました。車に乗っている時、電車に乗っている時、もしここで自分が死んだら、誰かに臓器がわたるのかな・・・。

 もう持ってから10年近くになろうとしていますが、ふと考えたことです。
 
 医療はどんどん進歩して、移植が可能になりました。血液型が違っても、ある程度の移植ができると発見した人もいます。けれど、移植医療だけではどうしようもないものが含まれています。受ける側と受けとる側、どちらも同じ温かみを持った命であること・・・。感情論ではなく、生と死の受け渡しみたいなもの・・・。移植は命のリレーといいますが、バトンを送る側は必ず「死」が待っているのです。

 「臓器提供」が「善意」だとは思いません。私がカードを持ったときも、そんなことは欠片も考えませんでした。では、何でしょう・・・・。私にとって移植や臓器提供は、ごく身近にあったものなので、ちょっと感覚が麻痺しています。
 「臓器提供」は、何なのでしょう・・・。「移植」って、必要悪でしょうか?
 違いますよね・・・。

 でも、お金がかかるって言うことは、どうにかならないものでしょうか。毎日の不安と戦い、病気と闘い、他人の死と向き合い、自分の死と対峙し、その上経済的な問題にも立ち向かっていくって、相当な覚悟が必要です。凡人には考えられないことです。

 その中で、いい医師と出会い、いい看護師と出会い、いいパートナーと出会ったり家族を再認識したり、沢山の人たちとの出会いや触れ合いを、積み重ねられるだけ積み重ねて欲しいものです。人生で出会える以上の人と出会い、言葉を交わし、どんどん輝いていけたら素敵ですね。私みたいなひよっこは何にも分かっちゃいないと思いますが、良い出会いは良い薬になるものです。
 臓器との出会いも、そのようなものですよね。

 良薬は口に苦しといいますが、心に甘い良薬もあるものです。これは、いつもの平凡な日常でもそうですから。
 
 私も、どんな形であれ自分の最後に、「良い人生だった」と振り返れる生き方をしなくてはいけませんね。その時、私の臓器を提供できるようなことがあれば、それは医療者として本望なのかもしれません。
 移植の話から、すこし外れましたが・・・。今日は変なブログになっちゃいました。

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