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<<   作成日時 : 2007/06/01 20:54   >>

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 師匠と行く、ポルノグラフィティ8thライブツアーの旅in金沢

 まであと17日です

 6月に入ったとたん、気分が物凄く上向きなのはこのせいだと思います。まだ一日目なんだけどさ。
 5月は忙しかった上にあんまりいいことがなかった気がするので、6月に期待です。折りしも運勢的に凄く好調期に突入と言われています。こういうときは少しの事でも嬉しくなってしまうんですよね。
 そうそう、新人さんへの「伝え方」に対して、またまた考えるところが出て来ました。悩みは尽きないです。
 熟考して言葉を選びながら、どういったらよく分かるか例えを出しつつ原理・原則を教えているんです。けど、何となく手ごたえが無い 分かってるんかな?ということばかり。
 こうなったらストレートに治すところを言うしかない!と思い、

「オペ中は器械台をとにかく綺麗にしたほうがいい。」

 とアドバイスしたんです。限りある台の上に色んな器械を並べなければならないので、ぐちゃぐちゃだとどこに何があるのか分からなくなってしまうので、兎に角「綺麗に整理整頓、自分でものがどこにあるか一望してすぐ分かるように。」と言ったんですが、実はこれがとっても難しいことのようです。

 ほかの人からは「術野から目を離すなと言われているようで、術野を見るなら器械台は見れない、器械台を整理していたら術野は見れない、というジレンマに陥ってパニック状態

 ん〜〜〜、伝え方って難しい。一本気な新人さんが多いようです。

 臨機応変って言葉、こういうときに使っていいですよね?

 ちなみに私は、術野をチラ見しながら器械台を片付けています。この方法が兎に角伝えきれない。もどかしいよぅ・・・・
 器械台の綺麗な人は、オペの介助も上手です。ベテランと言われる人の中でも、器械台がぐちゃぐちゃの人がいます。ベテランなのでそれなりに仕事をこなすし、「人それぞれ何かな・・・」と思いますが、その人の介助は見ていてとっても危なっかしく感じます。これ、経験の差もあるけれど、実はその人の「器」の差なんだと思ったりしてます。←超失礼な態度?

                           

 さて、仕事話は置いといて、6月ですから

 久しぶりに晴一くんのインタビューが少しでも載っていると言う「B〜PASS」を買いました。どうしようか迷っていたんだけど、立ち読みって言うのが出来ない根性なので(ananはそれでも1分で立ち読みする。あんなにキラキラした雑誌買えないよ〜)、結局お買い上げ。来月は巻頭なので絶対買うけど。

 晴一くんの一人写真、久しぶりに見た気がします。愛媛公演の頃から

「何か変な髪形だな〜

 と思っていたら、本当に個性的な髪型だった。
 いえ、髪型の話ではなく、彼の写真の話をしよう。

 岡田さんもどこかで言っているように、晴一くんの写真って、凄く「癖」が強い気がしません?初めて見た時、晴一くんがああいう写真の撮り方をするとは考えられませんでした。人を撮っている写真なのでこういう雰囲気になるのかもしれませんが、感性的にちょっと「引く」こともあり・・・。
 新藤晴一と彼の撮る写真とが私のイメージでは全く相反していました。これを「良い」方へ評価すれば長所になり、「悪い」方へ評価すれば短所になると言う感じなんでしょうけど。
 
 彼の撮った写真を見て、アーティストに別の一面があることを垣間見たりするということも書いてあったけど、私は逆だったな。
 彼の撮った写真を見て、新藤晴一氏にこんな一面があったことを知りました。写真って、それほど影響の強い「自我」みたい。彼の感性を「詞世界」でしか知らなかった私として、晴一くんの写真は衝撃的でした。

 なんというか・・・何というか・・・・

 どんな写真にも、「自分」が写っていると言うような・・・・。

 それは私の好きな動物写真家:岩合光昭さんには無い、被写体とのなぞり合いというか・・・少し人間くさいと言うか、肌の触れあい見たいな感じ。頬ややわ肌の温みまで感じさせるような、きわどいものでは内腿の柔らかさまで感じさせるような・・・。んー、こんなんで伝わるんだろうか。裏を読みあったかけ引きっていうものを感じるんです。

 晴一くんが動物風景を撮るとまた別の感じになるかもしれませんね。
 
 人間を撮るということと、瞬間を切りとる動物や風景を撮るということは、感性の引き出しも違うんだと思います。アーティストを撮るのは、「作り上げる」とか「雰囲気」とか言うものが作為できますしね。誤魔化しがきくといえば否定的な感じになるなぁ・・・
 
 昔々、原秀則さんが描いた「部屋(うち),においでよ」という漫画があったのを覚えていますか?私、当時カメラが好きで(今も好きです。フィルムカメラ派です。)テレビドラマ化もされたし、全巻買って読んでいました。
 その中で、主人公の撮る写真の表現として、作品に撮り手の存在が無いという感じの言葉があったんです。正に岩合さんの写真のような・・・。でも主人公の被写体は人間なんですけどね。
 これを思い出して、

 晴一くんの撮る写真は逆だな、と思ったんです。
 
 撮り手の存在がありありと分かる写真。それはきっと被写体のアーティストが「カメラマン:新藤晴一」を別の名前で知っているからなんですよね。だからいつもと少し違う顔が出る。友達にとって貰う写真が自然体に映るのと同じ感じ?
 私はたまたま人物を撮った写真しか見ていないけど、風景や動物を撮った写真も見てみたいです。

 それ以上に、昭仁くんを撮って欲しいなと思う。
 晴一くんが昭仁くんを被写体にして写真を撮ると、どうなるんだろう!?

 「ムッとする」ような要求を出して苛めるんかな?
 それとも、めっちゃ素の笑顔だったりして。

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