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zoom RSS あなたを思い出す度・・・。

<<   作成日時 : 2008/03/09 20:47   >>

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 今日の日曜日、いつもなら乗馬に出かけているところなんですが、お昼辺りまで惰眠を貪りつくしたうまうまです。
 なんといっても仕事場の待機当番なので、福山から一日離れることができません。昨日のように尾道までドライブって言うわけにも行かず、とりあえずいつもはしない怠惰な生活をしてみました。

 その代償として、何故か激しい眩暈
 ご飯もちゃんと食べてるのに!!!

 目が舞うというより、頭がぐらぐらしている感じで真っ直ぐ歩けません。おまけに、ずーっとお菓子作りしていたので、右手がだるい ケーキ作りに大活躍アイテムであるハンドミキサーを買ったのはいいけど、コレが重かったんだわ重くて重くて、支えているだけで右手がパキパキしてきます。泡だて器で自分で混ぜていた方が楽だったかもしれん。

 明日、手術介助についてるんだけど・・・。
 右手も眩暈も、治ります様に!!!

                           

 そのお菓子づくりが一段楽した今日の夕方、「報道特集」「救急医療と臓器移植」の話題を扱っていたのを、ごらんになったでしょうか?
 私も父がチャンネルを変えていて、偶然見つけた話題だったんですが、凄くすごく考えさせられました

 臓器移植を考えるんじゃなく、何というか・・・死というもの、人を「亡くす」ということについてです。

 臓器移植について、「その人の身体の一部がまだどこかで生きている、死は無駄じゃなかったんだ。」と話す人は多いです。確かにそうだと思う事もあります。命はなくなるけれど、臓器は生き続けてるんですから。違う命に支えられて、生きているんだから、「臓器の死」ではないですね。
 
 けれど、死は無駄なものですか?敗北ですか?

 どんな死にも、無駄なんてないと思うんです、私は。臓器移植しないで死んでいった人の死は無駄なの?違いますよね。絶対違う。世の中に無駄な死なんてどこにもない。命を全うすることに無駄なんてないはず。

 まぁ、言葉の持つイメージという問題でもあるんで、深い深い本当の意味での「無駄」という感覚はないんだと思います。要らなくなったからポイッっていう「無駄」とは違いますよ。でも、実際臓器移植って、まだまだそういうイメージなんだなって言うのが、とっても心に残りました。

 北海道・札幌にある市立病院の救急センターを中心に描いたドキュメントは、本当に短いフィルムでした。医療者としては、もっともっと見ていたかったし、知りたかった。そこの病院の救命率の高さと臓器移植の決断例の多さに、私は圧倒されました。というか、私の身近に臓器移植と言う言葉がないので、とっても関心をそそられました。
 終末期医療に興味がある反面、実は私、臓器移植にも関心があります。それは単なる臓器のリレー、愛のリレーというものではなく、医学として。

 誰かの死を待ち、誰かの死がなければ始らない「治療」があるという現実を、不思議に思いませんか?
 臓器移植には、ドナーとレシピエントの間で命のやり取りがあると言う事、さらりと見逃してませんか?

 医学はそもそも「死」を遠ざけてきた学問。病気に打ち勝ち、再生を求める領域。けれど、その「死」に打ち勝つ為に誰かの「死」を待たなければならない医療があるなんて・・・。

 この矛盾、考えれば考えるほど不思議な感覚になります。そして考えれば考えるほど、手を出してはいけない神域のような気もします。けれど、そう感じるのはまだまだ日本の移植医療が発展していない証拠。私が医療者として移植医療を知らない証拠。移植医療は神域ではないのだと教えてくれる世界に、目をつぶっている証拠なのかもしれません

 日本は移植医療途上国。テレビのレポートの中では、40年前の和田心臓移植というトラウマを抱えている日本の移植事情があるからだと唱えていますが、それはちょっととらわれすぎ 私はどちらかというと、医師個人の采配や情熱にかけるしかない現状が誤りなんだと説く方に頷けたりします。
 だからどうしたらいいかなんてことは分からないんだけど、日本の臓器移植が発展しない理由に、周知している医師が不足しているのだと私でもあげられます。これは簡単。

 レポートの中に出てきた救急医の姿勢には、本当に感服しました 患者に最後まで付き添い、心を傾けるあの姿勢の裏に、患者家族が何も読み取れない訳がありません。この先生になら家族を預けられる、家族の最後を託せる、そう思える医師でした。私の周りにこんな先生いないなぁ・・・
 逆に、医師の仕事の大変さ、複雑さ、そういったものもひしひし 医師も一人の人間、移植を話す言葉の裏に心苦しさを覚えたりもするはずです。患者に寄り添った医療をすればするほど、葛藤にあうはず。
 けれど、医師は「その人の最後まで、責任を全うしたい。」と話されていました。「後悔しない死」を求めるんです。あぁすれば良かった、こうすればよかったという医師の後からの後悔ほど嫌なものはないと、その人は知っているんです。きっと様々な体験の中で教えられた数々の事が、そうさせているんじゃないでしょうか。
 移植手術を終えた最後まで、そしてその後の臓器の行く末まで、重い責任を負いながら仕事をするんでしょうね。

 医師って、凄い仕事です。

 「死」は、凄い仕事です。



 命を守る、命を繋げる・・・それは医療者の仕事ではなく、根本は一人ひとりの仕事なんですね。臓器移植を決断する個人や家族の仕事でもあり、関心を寄せる一人ひとりの仕事、一人ひとりの思い。
 
 命に一喜一憂するのは、そうした想いがあるからこそ。

 母が子供を育み、父が子供を守るように、人は人の命を守るもの。自分が生きているだけで助かる命がどこかにあると言う事。そこにいるだけで、涙が零れるという温もり。
 きっと元気に駆け寄ってくる子供を母親が抱きしめる、それがテレビの中のシーンであっても、あの瞬間の無意識下での親の思いがこれなんじゃないかな。あの瞬間、きっと何も望まない、何も求めない。ただそこに「在る」事を確かめる。温もりに触れ、命を感じる瞬間。

 移植医療に未来をください。誰かの「死」がなければ成り立たない医療ですが、「死」を願う医療ではありません。

 そこに「在る」温もりに涙が零れる医療でありたいものです。

                          

 なんだか段々話題が違う方へ流れていった感が否めないけれど、移植した後に「死は無駄じゃなかったんだ」といって安心するなんて淋しいと思いませんか?移植を決断した家族に、それだけの「罪悪感」があるなんて、辛いですよね。
  私の穿った考え方であったらいいんだけど・・・。

 介護にも同じことがいえるんですよね。介護される側にも気がねがあり、苦痛がある。そう言う事を最近よく感じます。
 どちらかの面ばかり見て「良い」という程子供ではいられないと言う事なんですよね。医療者として成熟するには、もっともっと角度の違う視点を持たなければならないと言う事。
 最近、コーディネーターという仕事にも興味がふつふつ。まだまだ成長できない私ですが・・・。

 なんにしろ日本の医療って、まだまだ発展途上なんだと感じます。
 技術ではなく、何かが・・・言葉には上手く言えないけれど・・・。
  
 医師ばかりに頼っていてはいけませんね。
 
 

 何気にポルノ話題を書こうと思ったけど、無理だったーー

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コメント(2件)

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おつかれでーす!

また来ちゃいました、石田です。
うまうまさんのいろんな考えに共感したり、考えたりすることが多くて、読むのが楽しいです。

で、考えさせられました。
特に若い人が死んだとき、ただでさえ辛いのに、その家族が移植決断するのはとても辛いことだと思います。

私は臓器移植の意志カードを持っています。
健康に生活して、ばあさまになった頃にピンピンコロリと死ぬつもりですが、それまでに死んだ時の備えに。

誰かが死ぬことで、その臓器を移植してもらえるという現実。移植を願うのは誰かの死を願うことなのでは・・・なんてことも思いますが、毎日どうしたってだれかが死んでいくわけで。私の死も知らない人からしたらどうでもよい訳で。

誰かの臓器を入れるなんてすでに神様の領域に入り込んでいるとも思います。

でも、誰かの体の中で生き続けられたら、私の臓器もきっと面白い臓器人生を全うするはず。相手もポルノファンだったら、きっと私の心臓はもっとドキドキすることでしょう(笑)
石田きら
URL
2008/03/12 11:49
 そうですね、きらさん。人の死は関係者にとっては「特別」ですけど、そうじゃないと知らないで過ごす出来事の一つなんですよね。毎日どこかで誰かが亡くなるというのが現実です。

 私も持ってますよ、ドナーカード。もうぼろぼろなんですけど(^^;)
 
 きらさんの考え、好きです!臓器人生を面白くする臓器移植なんて、素敵な考えです!おまけに自分の臓器がポルノファンに渡ったら、そりゃ凄く楽しくって嬉しいことですよね。

 私の心臓がもしも誰かに移植されることになったら、ドキドキの鼓動でいっぱい伝えることにします。ポルノグラフィティ大好き!って。

 死して尚、ファンを増やしますよ!

うまうま
2008/03/12 21:45

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