〜近畿☆瀬戸内☆うまうま交響楽団 ♪

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<<   作成日時 : 2008/05/28 22:19   >>

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 眠いです

 途轍もなく眠いです

 お昼ごはんを食べた後から、眠くて眠くて、大切な手術の説明を聞いているのに意識がどこかへ飛んでしまいそうでした。
 明日も早いんだよな〜。

 といいつつ、のんびりパソコン弄ってるんだけど・・・。

                         

 今日、手術中に出た血液検査の検体を持って行った後、業務用エレベーターの前でとあるスタッフと出会ったんです。

 その方、手術室とは縁のない小児科の先生で、いつも話題に出る方とは違う、4月から新しく赴任されてきた先生です。
 手術室は小児科外来とは別棟だけれど同じフロアーにあって、小児科病棟は手術室のある棟の最上階という環境なので、小児科の先生はわざわざ手術室のドアをくぐって(といっても、何重にもあるドアの一番い前なんだけど。)、業務用のエレベーターで自科の病棟に行くのが常。外来に向かう先生がエレベーターから出てきてばったり!ということもあります。これは小児科の先生に限らず。外科も内科も大概エレベーターは使うからね。

 で、出会ったのはその新しい先生です。結構ガタイのデカイ、大きな先生。イメージ的に「熊さん」か「白くまさん」か、または「プーさん」。全部熊系  私的にもっさりのっさりした感じと捕らえています。一緒に仕事したことないし、話したこともない上に、見かけたのもこれで2.3回目。

 あぁ、あの新しい先生か・・・と思ったのが最初。私が通り過ぎようとしたら振り返られたので、

「あ、お疲れ様でーす!

 と、スタッフとして労をねぎらった訳です。

 同じ病院のスタッフとして。

 オトナとして。

 人間として!!!!


 普通出会ったら挨拶するよね

『挨拶は相手より先にしましょう

 と、顧客満足度研修で言われたし。電話でも挨拶するし、名前を名乗るし。
 当然よね!

 「お疲れ様」「おはようございます」なんて、慣用句。毎日何回言ってることか!

 ・・・いやいや、その続き。

「お疲れ様

 と声をかけた私。

 振り返られた先生とは、その時がっつり目が合ったんです。私は先生を認識していたし、先生は私がいるのを認識していたに違いない。
 手術室のスタッフだと分かっていたかどうかは不明だけど、「病院のスタッフ」とは分かるはず!何と言っても特徴的な格好でうろうろしてるわけだし、私たちモグラーずは

 そーよ!!!

 何と言っても彼は「新人」!!!!

 先生であろうがこの病院では新しい先生!!!!





 愛想





 って言葉、知ってる?





 人間関係の円滑化





 って言葉、聞いたことある?






 挨拶は大人のマナー





 って言葉、生きてきて聞いたことない?





 ・・・・・




 そーです


 大無視ぶっこかれました

 
 無視も無視、がっつり目が合っていながらの挨拶にもかかわらず、すーっと視線を外された上に会釈もなし




 お前は子供かーーーーー!!!!????





 挨拶は、大人の基本です。

 と、うまうまは思います

 例え嫌いな相手でも、挨拶は大事です。
 交わしていれば次第に相手の事も好きになります
 
 目の前で私の存在をかき消したその先生に背中に向かって、思いっきりあっかんべをしてやった・・・そんな私も、子供です・・・・

 久々に「カチンと来たね。
 私別にこの先生に嫌われるようなことはしてないし、嫌われるというよりも関わってない。
 紙一枚の関わりもない。
 同じ場所の空気を吸った事もない

      ・・・・はっ!!!!
          まさかあの師長から何か吹き込まれてる!!!???

          まさかアノ先生から「要注意」指定されてる!!!!???

     ままままままままま・・・まさかね・・・

 ところで何で私最近こんなに小児科に絡んでんだ!?

       ってか、この先生、私のこと知らないよな・・・

                            

 そんなナースのうまうま。今日はとっても『ナースのお仕事』話です。またまた話題がないと思ってもらっても構わんで。

 今日、ヘルプで入った手術は、壮絶でした。

 ある意味、外科医の腕をまじまじと見た手術でした。凄い、本当に凄い人間の神秘。
 そしてある意味生命との格闘です。

 私がその患者さんを知ったのが、4月の半ばです。
 近くの開業医から、急性腹症の患者さんが運び込まれると言う事を耳にしました。すぐにすぐ手術と言う事にはならないので、大変なことに成りそうだなー、軽いものだといいなーとみんなで話していたんです。一旦内科病棟に入院となったようで、内科的に治療が出来るほどのものかと安心していたら、その日の夜、緊急手術の呼び出しがあったそうです。
 
 病名は、急性膵炎

 炎症の酷い膵臓から消化液が漏れ、お腹の中に充満していたそうです。

 膵液は膵臓から出る消化液の総称。様々な消化液が分泌され、その消化液は3大栄養素の全てを消化出来るそうです。

 膵液がお腹の中で零れると、内臓が溶けていきます。だって消化液ですから・・・。

 緊急手術で膵液の流を止め、お腹を洗い、臓器の処置をした後、人工呼吸で鎮静をかけながら全身状態の維持を測っていたそうです。
 けれど、重症膵炎の恐ろしさは医療者であれば楽観視出来ないことは承知です。この状況の中で、誰もが『もう駄目かも・・・』と思っていました。執刀した先生以外の助手の先生は、「明日まで持てばいいほう・・」なんて、平気で予測してました。
 もともと診断の付きにくい病気である上、この患者さんの場合、内科医ですら見つけられず、外科医でも「コレをすぐに診断するのはかなりの困難」といわれるほどのもの。(もともと膵炎って見つけられにくいようです。)

 その患者さんが5月の末の今日、再び臓器の壊死を取り除く手術と相成りました。

 この間、外科病棟に足を運ぶたび、主治医の先生に会うたび、

「○○さんは元気ですか?」

 って聞いていたモグラーず。数々の薬やモニターに繋がれて、確かに痛々しい状態ではあったんですが、聞かずにはいられない。ナースステーションにおいてある看護記録を読ませてもらったり、先生から直接状況を聞いたり。

 主治医の先生はいつも、

「3日と十分な睡眠が取れることはない。」

 と弱音を吐いていますが(夜中によく呼ばれるんでしょうね。)、それでもいつも精力的。本当に細かい指示を出して逐一報告を待っています。

「頑張ってますね

 と、先生の事を言ったつもりだったのに、

「そうでしょ。○○さん、凄いよね

 と患者さんの頑張りを褒めたりします。
 
「勝ち目は、あるんですよね?」

 と尋ねたら、

「あると思ってるよ。あるように治療してるんだよ

 とのお言葉
 その静かな熱意は、単なる医療過多という事ではなく「充実した生命」という感じです。薬や医療処置に頼るだけでなく、本当に簡潔に、患者さんの「力」を信じて引き出そうとする治療、それがこの先生のやり方。
 それなりにお歳を重ねているお医者さんらしいやり方です。新しい先生や若い先生でこの治療方針が出来る人はまず居ません。というか、お目にかかったことがありません
 若いと言うのはそれだけで「何か」に真っ直ぐになってしまう感じがします。新しい薬や治療方法、処置などなど、患者さんの状況に見合った以上のものを追加して、患者さん自身の頑張る力を逆に押さえ込んでいるような感じがしたりします。勿論それが必要な時もあるんだけどね。
 その見極めって難しいです。その人の「生命」にちゃんと向き合っているんだなと感じるのは、この外科医のような先生。治療方法が患者さんの歩みと同調しているというイメージです。新しい医療は時に弱っている患者さんの手を引っ張って走り出してしまうこともあります。必死で付いて行かざるを得ない患者さんも居ることでしょう。
 新しいことだけが素敵な事かな?と思うのは、ベテランの先生達のこんな寄り添う医療を目の当たりにするときです。医療現場で働いていると、あれもこれもと追加する医療の忙しさに、間違った「充実」を感じてしまう人もいるんじゃないかな・・・・
 
 その人の「命」の疲れを見過ごさない医療、その方が安心です。頑張る力を残してくれる、頭を押さえつけない医療が出来たらいいのにね。
 「勉強しなさい!」って怒られるより、「宿題したの?」と聞かれるより、「しなきゃいけないな・・・」と思ったときに「えらいね。」とエールをおくれたら、そのほうが素敵な関係ですよね。(例えが変?)

 手術は膵液で溶けた内臓があちこちで癒着を繰り返している上、正常組織と溶けた組織の区別が付かないほどべっとりとした感じで、慎重に慎重を重ねての手術となりました。穴が開いてしまった部分や、壊死した部分を取り除き、切った臓器を繋げていく術式で、綺麗にお腹を洗った上、きちんと整理したというイメージです。
 内臓的には十分な治癒が見込めるほどの出来栄え。いつもの手術以上に疲れましたが、執刀した先生の明るい表情にはホッとしました。
 命と向き合うって、本当に素晴らしい体験です。

「先生、これでこの患者さんが歩いて退院したら、学会発表モノですね。」

 と先輩が言うと、笑いながら

「そんなことないよ〜

 という先生の嬉しそうな顔がとっても可愛かったです。
 そうなるといいね
 本当にそうなると、嬉しいね


 私が新人のとき、

「最後の最後まで、いいと思える全てをしてあげてください。」

 と家族が要望する患者さんに出会ったことがあります。
 一分一秒でも生きていて欲しいと願う家族の思いが痛いほどでした。

 けれど私は、毎日何本もある点滴や薬、処置に、「何故ここまでしなきゃならないのか・・・」と疑問に思ったことも在ります。患者さんの身体が既に「辛い」と訴えているのに、過剰なまでの医療にもう嫌だと思ったこともあります。
 看護師としてこんなことを思うのはいけないことでしょうけれど、「安らかな死」もあるんじゃないかと思いました。結果がどうであったとしても、その過程に本人が抜け落ちているんじゃないかと・・・。

 重症の患者さんを看る度、思い出されるその時の事。

 その方の当時の主治医は若く勢いがあり、家族はその勢いに付いて行っていた感じです。「賭けた」とも言えるのかもしれません。
 ある日、患者さんのケアをしていると家族の方がぽつりと、

「こんな身体になってもね・・・

 と言われました。それでも、生きていることが、そこに横になっていること、そこに「居る」ことが、私には必要なのよと・・・。

 深い深い言葉でした。まだまだ新人だった私が、何と言葉を返したか覚えていません。

 今日の患者さんもまた、同じなのかもしれません。
 そこに居る事が尊い意味を持っている。

 患者さんが頑張っている限り、誰も諦めてはいけないんです。医者も、家族も。
 10年目にして知る、諦めないと言う事の意味頑張ると言う事の真意

 それは、盲目のランナーの伴走者に似ています。医療、病気という盲目の世界に迷い込んでしまった患者さんの伴走です。伴走は、引っ張ることではないはず。

 ともに歩き、ともに走り、ともに感じる。

 自分の命を預けられる医師に出会っていますか?

 その人は、あなたの伴走者ですか?


 その人の笑顔が、常にあなたの命と共にありますように。

                         

 今日は仕事の前にわんこの病院に行って来ました。
 相変わらず病院の前で一旦はいやいやをするけど、帰ってきたら妙に元気になっているわんこ。

 おしっこを採って持っていったら、

「pHが大分改善されてきていて、いい感じです

 と。 ラッキー!!!

「おしっこの方は随分良くなってきているんだけど、腎臓にあったアノ石ね。問題はあれ。食事だけでどれ位変わるか、一ヵ月単位で様子を見ていかないとね。」

 そうですね・・・。

「だから、療法食はちゃんと続けていこう。」

 ・・・・・そうですね・・・・実に痛いお言葉です。

 ともあれ、わんこ、元気です。
画像

 
 このトドが病人だなんて・・・・・・p(;д;)ノシ

 因みに今日は18.2`でした。


 

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