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<<   作成日時 : 2008/09/18 22:12   >>

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 命って、素敵です この仕事をしていて今までに命の不思議は色々感じてきたりしましたし、命の終わりについて色々考えたり実際に様々な『終わり』に出会ってきましたが・・・

 命の出会い

 の不思議さについては、私のような手術室の看護師よりも、助産師さんや産婦人科で働く看護師さんたちの方が一杯知っているのかもしれません。
 けれど、命の出会いや「始まり」について、矢張り一番考えるのは身近なことですよね。

 8月に私が師匠!とあがめる友達が、無事男の子を出産しました。妊娠期間中にも、命を育む不思議について本当に色々教えてもらった気がします。人が人の中で人として育っていくなんて、実際は当たり前のような出来事ですよね。
 お父さんとお母さんが居て、子供が出来て生まれる・・・本当に『当たり前』以外になんて表現していいのか分からない程ごく普通の出来事だったりしますよね。
 中には望んでも駄目なこともあったり、私のように結婚すらままならない独身女性だって居たりするわけですが、自分が生まれてきたように次世代を担う子供達は生まれてくるわけです。

 この神秘が、とっても不思議に思えます。

 物事を色々な方面から考えられるようになるのが、私にとっての「歳のとり方」なのかもしれません。昔は「○○だから□」という通り一遍の考え方しか出来ませんでしたが、「考え方の違う人達」と出会い交流して行く中で、物事には色んな側面が存在して、立ち位置を変えて眺めると別の一面が見えてくると知りました。これも当然の事ですが、私にとっては衝撃的なことでした
 かつて学校で「自分と違う意見を持つ人に出会うのは素晴らしいこと。」「他人と違うことこそ大切」ということを説かれた思い出があります。確かに・・・ 今なら大きく頷けますが、当時も私はこの言葉にかなり支えられていた気がします。自分にとって耳が痛い意見も聞くべきだし、自分が誰かの『別の意見』になることも大事と言う事。

 そうして培ってもらった私。けれど、一風変わってるって言うのがみんなの意見だったりします いやいや、今日はその話題ではなく、

 命の出会い

 です

 私はかつての記事のどこかで、「その人の命に感謝する」と書いた覚えがあります。
 かつての記事の中で、「晴一くんの命が好きなんだ」と書いた覚えがあります。

 その人の命がそこにある事が、本当に素晴らしいことだと最近感じます。
 その命の輝きが、何だかとっても嬉しいんです。


 その人が好き、彼が好き、という表現では言い表せないものが、命の愛おしさだったりします。

 命って、何処から来て何処へ帰って行くんでしょう?

 どうやって生まれ、どうやって繋ぐものでしょう?


 0.5の卵子と0.5の精子が出会って1になった瞬間の細胞から、命の輝きが始まっています。その命の輝きは、どこから生まれるんでしょう?

 私たちがごく普通に当たり前の様に、そして当然のように享受している「生きている」と言う事。自分が今ここに居ると言う事の根本を、説明できますか?

 生きていく意味、生きて行く価値、行き続ける理由、存在する限り自分がなすべき義務なんてことを考える前に、私たちは命としてここに「在る」ことを説明できますか?

 人間は文明と叡智をもっています。言葉を持ち、科学を持ち、進化すら手中にしそうな勢いです。だからより高度なことばかり考えすぎてしまったり、より高いところへ自分の意味を見出そうとしがちですが、

 生きている今の自分の生命の存在を、実感できますか?

 ただ心臓が鼓動している、深呼吸が出来る、そういうことより根本のことです。

 私たちは何故命を持っているの?

 と言う事に・・・

 きっと命を持っていることに絶望の答えしか見出せなかった人が、悲しいけれど自死を選んでしまうのかもしれません。けれど、その人達は答えを見出したという証を立てているようなもの。

 答えを、持っていますか?

 生き続けることに対する答えは見出せる気がします。自分が成すべき何かを、成しえるはずの何かを一生探していくのだと・・・。けれどそうして生きていく根本の命の存在に、今、答えはありません。

 「命」の凄さ、本当にさり気なく私たちに寄り沿う「命」の素晴らしさ・・・

 赤ちゃんを見ているとそういうことをいっぱい感じます

 今日、師匠の赤ちゃんに会って来ました。生まれて一ヶ月半、ようやく一ヶ月を過ぎた「命」です。

画像


 命の重みは、身体の大きさではなく、積み重ねた年月でなく、かけられた愛情の深さでもなく、出来ることの多さにも寄らず、知っている言葉の多さにも関わりません。勿論、学歴や家柄や、職業や、姿形、癖も全く関係なく、知り合った人間の多さにも関係しません。
 つまり命の大きさとは、私たちが人を見る物差しで計れるものではないと言う事。感覚的な「好き・嫌い」でも測れず、貰った賞状の枚数でもなく・・・。

 なのに私たちは、命の大きさ、存在の素晴らしさを無意識に比較しすぎていませんか?私たちがもしも命の重さを下に見ている人が居たとしても、別の人から見ればその人の命は誰よりも尊いもの。頭では理解できることだけれど、そうして平等に対応できる人が何人いるでしょう。

 赤ちゃんを見ていて、思います。

 この子が育つ道程に、どうかどうか、優しさがそっと寄り添いますように。

 生まれた瞬間から死に向かって歩むことを厭わず生まれてきたんです 「終わり」を厭わず、「終わる」ことを知っていながらも、彼女たちの子供としてこの世に生まれることを欲した命。

 親が子供を欲しがるとか、子供を作るとか、そういう響きの言葉ではなく、自らが生まれることを決めた命。生まれることで多くの苦悩と葛藤、傷も痛みもあることを知っていながら、それでもこの世に生まれようと決めた命なんです。

 そしてそれは、私もあなたも同じ。

 実際に多くの痛みを知り、壁にぶつかり、それでも死を選ばずに生きているんです。
 そこに、当たり前のように「命」の尊厳を観る思いでした。

 赤ちゃんがそこで生きているのを見ていると、何故か「あ、死ななくて良かったな・・・」という気持ちにさせてくれます。それは、友達の赤ちゃんだからと言うだけではなく、何かを考えているような、どこまでも透き通った瞳に魅せられて感じます。
 
 私たちは、この世に起こること全てを許して生まれてきたのだと感じます。
 この世に起こること全てに、納得して生まれてきたんです。

 泣くことも傷つくことも。
 喜びも哀しみも。
 出会いも別れも。

 
 赤ちゃんの手を握り返しながら、大好きな人を思い浮かべました。

 その人が幸せならそれでいいと思う自分の気持ちに、誇りを持っていたいと感じました。

 

 初めまして、師匠の赤ちゃん

 君の笑顔に、救われました。
 君の命の素晴らしさは、神秘です。

 師匠をママにしてれた君は、それだけで人生で一番の大仕事を成しえたんだよ。

 そしてこれから家族の一員として、胸を張れる功績を一杯作っていくんだろうね。

 

 この世界に、ようこそ



                        

 この赤ちゃん、実はポルノライブに参戦歴があります。

 9th live circuit「ポルノグラフィティがやってきた」 高知公演初日。

 この子は、お母さんのおなかの中で、一緒にそのライブを聞いていました


 何年か先、今度は一緒に手を繋いで、サーキットの旗の下に集まろうね。

 その力強い両手で、タオルを振り回して飛び跳ねようね。


 ポルノグラフィティのお二人さん!

 その頃には何回のライブが巡っているでしょう?

 何枚の新曲が届けられているでしょう?

 

 確実に、晴一くんは何冊かの本を出版していると思うけどね。



 私は、その頃何をしているかな・・・
 

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