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zoom RSS 意味の意味?

<<   作成日時 : 2008/09/26 00:18   >>

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 自分が今の仕事を選んだ理由。

 ふと考えました。

 皆さんも考えてみて下さい。もしも学生なら、今希望している職業につきたい理由。

 


 意外と気持ちを表現するのって、難しくないですか?

 子供の頃は「だって○○じゃん!」と言って答えられていたけれど、今はいざ言葉にしようとすると、何だか身構えちゃいます。

 私が看護師になった理由・・・それは、命が好きだからです 結局、この言葉に行き着きます。母が看護師だったからとか、くいっぱぐれがないとか言う事も昔は上げていた気がするけど、根本は人間が好きなんですよね 
 人間の持っている命が好きなんです。それは人間に限らず生き物全てにいえることなんですけど。

 何でこんな話になるかといえば、またまた登場、例の小児科の先生。この先生と話しをする機会があって 仕事前のちょっとした立ち話みたいな感じだったんですが、丁度私が看護論文をいじっていたところ、「専門領域」の話になって、聞いたんです。

「先生はどうして医者になろうと思ったの?」

 この先生、自分の話題が私のブログのネタになってるって、知らないだろうなぁ・・・。

 先生が先生たる所以、先生が先生であることの意味、当直をご一緒させてもらっていて凄く感じていたんです。すごい先生だなーと思っていたから、いつか聞きたいと思っていたんです。こんなに前向きで「医師」である先生が、医者を目指すきっかけってナンだったんだろう?
 どういう契機があったら、こんな風に生きていけるんだろうって。

 以前に読んだ三浦綾子さんの「銃口」でも、主人公は小学校時代の恩師に感銘を受け、自らもその先生と同じ教師という仕事につきたい、同じように子供に接していきたい、恩師である先生のようになりたいと思い、小学校教諭として生きていく道を貫いていきます。
 そんな「自分の一生を決定付けるような出来事」があったのかな?と、思ったんです。
 それでなくても大概私、どんな先生に対しても「何故先生になろうと思ったの?なんでその科なの?」とよく質問してははぐらかされてますけど・・・

 その小児科の先生はいいました。
 いやにあっさりと、はっきりと、すっきりと・・・

「医者になろうと思ったのは、祖父が死んだからかな。」

 ・・・・・・え?

「そんなにおじいちゃん子だったの?」

 あんまりにも大好きだった親族が亡くなって、人を救う仕事につきたいと思った・・・・というのはよくある話。大概そう言った契機の人が多いはず。大好きな人の死をまざまざと見て・・と言う事ですよね?

 先生は言いました。これまたやけにあっさりと。

「ううん。違う。年に1.2回会うかどうかの人だった。」

 ・・・・・この先生、変わってるって誰かが言ってたけど、ホントに変わってるかも?

「そんなに縁のない人の死で、医者になろうと思ったの?」

「うん。」

 先生は続けて言いました。

「・・・凄い子供の頃はもう覚えていないけれど、物心付いて初めて体験した『死』だったから・・・。」

 記憶に残るだけの物心があって、その頃に出会った『人の死』だったというんです。
 その体験が、その後、先生が自分でも

「医者になる為に人の2倍も3倍も頑張った。」

 という程の踏ん張りをみせて行くんです。

 凄いな・・・・思いました、私正直に。
 
 私が物心付いた後に体験した初めての『死』は、ペットの犬の死でした。
 すごく辛くて淋しくて、なんで!?って思うこと仕切りだったけれど、



 獣医になろうとは思わなかった



 ・・・・・・・・・・先生って、凄い
 おじいさんの死って、子供の頃の先生にどういう風に響いたんだろう?
 そのおじいさんは、最後の最後まで、人に希望を与えてくれてたんだね。

 先生が先生になってくれたこと、感謝です。
 頑張って医者になってくれて、本当にありがとうございます!!!!

 医者になってからの大変なことも忙しいことも、先生はさらりと言って、

「あんまり忙しすぎて自分を見失いそうだったから、医者を辞めたいと思ったんだ。」

 と笑います。根っから医療が染み付いてる人のような気がしていたけれど、先生にはその優しさと強さを得るに見合うだけの苦しみや苦悩や葛藤や辛さがあったんですね。それはきっと8の辛い事に対して、たった2の喜びだったりするんでしょう・・・。

「でも、医者を辞めなくてよかったでしょう?」

 私の言葉に、先生は肯定の言葉も否定の言葉も漏らさず、ただ微笑みました。
 
 私が命の現場に出会うとき自分自身を殺さなくて良かったと思うように、先生もどんなに辛くても医者である自分を投げ出さなくて良かったと思う日々があるんでしょう。だからこそ、例え10の苦しみがあっても、そこに1の喜びの芽が眠っているなら、医師を続けていけるんです。

 医師であることを辞めなくてよかった。

 明日もまた、先生がそう思える日々でありますように
 
                         

 人は誰でも希望を持って仕事につきます。その職種に就いたら、こんなことをしよう、あんなことをしよう、あれをしてあげよう、これをしてあげよう、そう思うものです。きっとそう。そうした希望があるからこそ、頑張ってその職種への道を開こうとするもの。

 けれど、必ず付いて回る「現実とのギャップ」。私にもありました 忙しくって日課のように患者さんと接したり。今も時々感じます。時間になったらオペをして、準備をして、ただ機械のように器具と向き合っていたり・・・。
 こんなことをするために看護師になったんじゃない!手術場はそう言った悲鳴を上げることが多いです

 そんな時、頭を振って考え直します。

 こうすることで生まれるものが絶対あるんだとね・・・・。手術場に来て、がんばってそう思うようにしてます 手術後の凄惨な手術室を黙々と掃除しながら、 「私は掃除婦か・・・と自分を蔑んでみたりしますが、もしも物に心が宿ることがあるなら、

「丁寧に掃除してくれてありがとう」

 と言ってもらえるようにピカピカにしてあげようって 馬鹿にロマンチストですが、「モノ」相手のときは極力そう考えるようにしてます。ゴミだって、モノの本分を終えたからゴミになる。 
 『お疲れ様
ですよね。ちゃんと本分としての使命を全うしたからこそ、あえてゴミになる。

 そう思うようにしてますっ!!!!!!

 晴一くんが言っていたように、人から見て無意味に思えることも、そこに意味を見出せる人にとっては大事なことになるんだからね
 
 もしも今自分の立たされている位置、場所を不満に思うなら、たった一つでもいいからそこに『意味』を見出せるほど気持ちを込めてみたらいいんじゃないかなって考えました。今やっている事、手にしていること、その一つでいいから心を込めて意味を付加して行う・・・。それは何も仕事に限ったことじゃないかもしれません。

 昔、私、看護職を目指す高校生に向かって「看護大学へ入るための勉強法」について話してくれと依頼されたことがあります。別にしゃかりきになって勉強したわけでもなく、すんばらしい大学を出たわけでもないので、大したことは話せませんでしたが、『授業時間を大事にして』と言った覚えがあります。その45分を一生懸命に成れとね。私はそう出来ていたか分からないけど・・・・。

 それと、苦手科目の中でも、一つでいいから『出来る』と思える部分を見つける事。100点のうちたった10点にしかならない部分でも良いんです。そこでその10点を失わない為に。その10点がある為に、超苦手科目が「少し苦手」位に変わってくれればいいんです。数学だったら確率だけは出来る!とかね。私はそれで自信を失わずに済みました。出来る問題は苦じゃないもんね。

 実は私、学生時代は生物が兎に角大好きだったのです。当時の先生が教えてくれた蜂の『8の字ダンス』ですっころんだんです この契機、なんとも不思議なんですが、蜂が仲間同士でダンスをして教えあう、という生物の不思議にすっころんだのではなく、その生物の不思議を必死になって力説してくれる生物の先生に感銘を受けたんです
 この先生がこんなにも必死で教えようとしてくれている生物って科目は、凄いものなんじゃないか!!!!!とね。考えてみれば素直な話です。お陰で、生物って科目が大好きに成りました。言葉は好きだけど、国語はあんまり興味がなかった。

 ・・・・今日は何だか小難しい話になっちゃいました?

 やってることに意味を見出すって、何も仕事だけじゃないですよね。
 人間関係、恋愛だってそうです。

 その人とであった意味、

 その人を好きになった意味、


 そんなの考える事じゃないのかもしれないけれど、思わず考えて難しくしてしまいがちです。
 けれど、やっぱりそこには大切な『意味』があるって、私は思えます。泣いたり笑ったり、傷ついたり哀しんだり・・・。意味があるからこそ心が共鳴するんだと・・・。

 だからと言って、意味が簡単に分かる出会いって中々ないんですけどね。

 難しく考えて、深読みしすぎて期待して、欲張りすぎて駄目なこともありますけどね。

 難しくしてるのは自分なんですけどね

 哀しくさせてるのも自分。

 出会いの意味は、お互いに共通するのかな?とか考えたりして。

 ダメダメ!!!!

 私は私、あなたはあなた・・・・・

 
 とっぷり、息の出来ないみずうみにはまり込んでます。

      「好き」って、しんどい。
 
      「信じる」って、しんどい。

      でも、

      「好き」って事は止められない。

      そこに、『意味』はあるのかな?

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