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zoom RSS 君が教えてくれる医療の先

<<   作成日時 : 2008/11/14 22:51   >>

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 眠いです あいも変わらず当直明けで色々歩き回っていたら、やっぱり眠い・・・。といっても今回の当直、私にとっては非常に珍しい 前日の小児二次救急(二日続けてなのよ!)ではオールナイトで滅茶苦茶忙しかったらしいんですが、今日の私の場合、ぽつりぽつりと来るだけで、意外とあっさり

 以前から私とこの先生が組むと忙しい! という、あの2コールの達人小児科医との当直の上、忙しさを引き寄せる感のある小児科主任とのトリオでの当直業務。始まり際に

「だだだだ大丈夫ですかね・・・」

 と不安を訴えると、

「大丈夫よ!私はツキを抜けたみたいだから!」

 と主任さん。それまではかなり忙しかったらしいんですが、最近はそうでもないと言います。
 
「でも、私とこの先生は忙しいんですよ!!!

「・・・・だ・・・大丈夫!」

 今回、実はこの小児科医が指導している研修医の先生も一緒だったんですが、研修医の先生は色々別の用事でも忙しく、「可哀相だから起こさない。」と小児科医は夜間に入ると殆ど自分一人で診てました。けど、それって研修にならんのんじゃない?

 ある程度夕方からは途切れなく患者さんが来ていたので、合間に先生が

「もしかして今日もやばいかもーー!」

 と弱音

「・・・・大丈夫だと・・・・思います・・・

 もう私たちはお互い「暗示」にかける以外になくなって来てます。看護師は二人いるけど、先生は一人だけだもんね。先生の気持ちの重圧は計り知れないよね
 20時を過ぎたところでぱったり患者さんの足が途絶え、点滴をしている患者さんもなくなり、

「少し休もうか・・」

 という位に。
 
 けれど・・・・

 先生がふらりと入ってきて

「こなくなったね。」

 とおっしゃり、

 そこから





 3時間おしゃべり。




 小児科の主任さんと小児科医とで、病棟の色々や小児科医師たちの色々、まぁホントに凄い暴露話を延々と 私はそのどれもにただただビックリするばかり 同じ病院内でこんな事が起きていたなんて!!!!という位。

 そーなんです ずーーーーっと、それこそお腹が空くほどおしゃべりしてました 私なんて途中で「お腹すいたからなんか食べてくる」といって、自分で作ったスイーツをつつきに席を空けたほど 
 主任さんの毎日の病棟でのストレスも凄いもので、それを日頃からこの小児科の先生がよく聞いてあげている様子。主任さんが席を空けていたときに

「主任さん、大変そうですね。」

「そーなんだよ。結構色々抱えてるみたい。」

「それを先生が聞いてあげてるんだね。相談役なんだ

「ん〜〜、そうでもないよ

 といいながら先生、時折主任さんがぽつりと話す愚痴に結構親身に付き合ってあげてる 頷く姿にちゃんと相手に向かう気持ちが込められていて、見ていてほっとします。 (先生の愚痴には誰が付き合ってくれるの?)
 考え方とか感じ方がホントそっくりの熱血漢の二人だからこそ、通じるところがあるのかもしれませんね。主任さんと話していた事を偶然先生も同じ風に表現されたことがあり、

「それ、主任さんも同じ事言ってました。」

 というのが多かったです。私は間に入って相槌係、笑顔担当。
 テンションが上がってくる先生は、実情を知らない私に向かって、

「考えられる!? 分る!?」

 と、いきまいて説明してくれる。ちょっとばかり『引き』が入ったぞ、私
 熱血漢で正義感のこの小児科医、意外と思われるかもしれませんが人生の全てを医療に捧げると言った人ではありません。そこはクールでしっかりしてるなぁと思う位ですが、オンとオフをしっかり分けて考える方。
 その考え方もよくよく聞いていれば納得がいきます。切り替えが出来ないとのめり込んでしまうタイプだから、と自分の事を言ってましたが、忙しくっても平気な割りに、自分の時間を大事にする先生です。大体決まった時間に仕事から帰れる、という規則的な生活をしているだけで体重が5キロも減ったというくらいの人ですから、以前はどんな不規則勤務をしていたんだか・・・。

 病院でよく行われている『呼び出し当番』のあり方についても熱く語っていました。

「当番の先生が決まっているのに、何でもかんでも主治医に確認を取らないといけないって言うのは最近ナンセンスだよ。」

 ・・・・これ、話をよく聞くまで私は理解できなかったんですが、

「点滴のオーダーとか、治療にかかわる事以外の事は、その日の当番の先生に指示を聞くのがいいと思うんだ。そのための当番制だろ? 自分が当番の日はそうやって心構えが出来てしっかり対応できるけど、そうじゃない日は切り替えたい。」

 主治医として患者さんの全てに責任を持つということは、医者を疲弊させる原因の一つです。何でもかんでも主治医の判断でないと動けない、となると、その人が退院するまで主治医は人間としての生活以上に、医師としての生活に重点がおかれることになります。受け持ち患者さんは一人ではないですし。
 医師だって人間。家庭があったり、自分のプライベートな時間があったりします。そこは仕事に対する気持ちを前向きにする為にも重要な時間だったりしますよね。リフレッシュって言う言葉があるくらいだし

「だけど、主治医にしか権限がなかったら、いつ何時電話が鳴るか分らないんだよ。はっきり言えば、お風呂入ってる時間すら自由にならないと言う事。」

 先生は段々ヒートアップ

「自分がそうした当番の日なら、それはちゃんとするよ。全責任があるんだから。携帯だって手放さないよ。けど、それが毎日って言うのはしんどいよ。」

 最近の医療はチーム制とか言ってます。主治医以外にも、主治医だけでなく、関わっている科の先生全員でフォローしていくと言う事。だからこそ回る『当番制』という制度。それは医師の人間としての生活を保障できる制度だったりします。
 けれど、これが上手く回っていないのが小児科のようで、看護師は何でもかんでも主治医にコール 言葉は悪いけれど、どの先生が判断しても同じ事を判断するだろうと言う事まで、

『主治医でないといけない!』

 という風潮があるらしく、先生の携帯には休みでも夜でもいつでも、病棟からのコールがあったりするそうです。医師という職業柄当然だと思われるかもしれませんが、これがどけだけ辛いかは、オペ室の私にはよく分かります。彼氏からの電話だって、くだらない事で頻回にあったら時には怒りたくなるでしょ?
 オペ室も当番制という制度があります。それが、休日の待機当番。休日にはそうした当番が付いているので、当番以外の人は携帯の事なんか全然気にしないで済みます。気分的に凄く楽です。
 けれど、平日はそうもいきません 平日は皆同じように仕事をしているので、当番を回すには人が足りない。だから平日だけは誰が呼び出されるか分らない。という事は、私たちの携帯はいつ何時緊急オペの指令が入るか分らないと言う事です ご飯に行ってても、携帯電話は机の上が定位置。

 なので、平日の私たちオペ室看護師は、携帯電話を手放す事はありません。病気かという位チェックしてます だって何時自分が呼ばれるか分らないんですから この緊張感は、思ったよりも過酷。それが毎日
 まだしも私達はオペなので、指令が出れば出かけると言う事で済みますし滅多にないことの方が多いですが、医師となると判断と診断と指示命に関わることだってあり、回数だって半端ない

 命にかかわるような緊急電話なら許せますが、実に対した事ないことでも電話は鳴ります。既に出している指示表に書いてあるのに、という事だったり、カルテに書いているのに見落としている事だったり、翌日でも十分間に合う事だったりと・・・・つまりは看護師の判断能力不足って言う事なんですけど・・・

 このしんどさについて、先生は前から医局に提案しているようですが、中々受け入れてもらえない様子。先生たちも好き勝手にしてる感が強いんです。自分本位というか

「自分に当たったらちゃんとするから、自分の患者も見て欲しい」

 というこの先生の主張。本当に先生は、別の医師の患者さんの事もちゃんと診て把握している様子。 (別の先生が主治医の子の話をしてもちゃんと知っていらしゃるしね。) 何があっても何を相談されても対応できる余裕がある様子。なのに他の先生にはそんな余裕も無ければ優しさも寛容さもなし
 医療は医師と看護師・コメディカルのチーム医療だけれど、看護師の中でもチームワークが必要で、医師の間でもチームワークが必要 チーム医療を掲げて、別の医師が治療や診断、指示に関わる事を患者に明言しているのが整形外科病棟です。けれど、これもまた半分位しか機能してないんだけどね 医師の横の繋がりや縦の繋がりって、未だにちょっと未知数

 で、その緊張感のしんどさについて熱く小児科チームが説明、『自由に何かをする時間がないんだ!』と訴えている時、よくよく考えたら・・・・・

「・・・私も平日、何時電話が鳴るか分からない状態で過ごしてますよ?」

 先生、絶句

「私達オペ室のナースと同じってことですよね?毎日、トイレ行くのも、寝るのも携帯は手元ですけど?」

 先生はちょっと考えてから言葉を飲み込み、

「・・・・そうでした、すいません・・・」

 ぺこり

「同じです、文句言ってすいません・・・」

 ぺこり

「時に電話無視してすいません・・・」

 ぺこり

 ・・・・・私、もしかして地雷踏んだ!?
 ごめん、先生

「あ、でも先生とは責任の重さが違いますから〜

 なんてフォローしたけど、その後先生の言葉の勢いは減りました

                         

 その3時間のおしゃべりのあと、何人か患者さんが来られ、明け方にまたぽっかり暇な時間ができまして。

 またまたおしゃべり

 小児科の主任さんが結構おしゃべりなんです 疲れた疲れたって言うのに、口は滑らかです。言いたいことが溜まっていたんだろうなーってお察しします。本人も

「こんなにおしゃべりしたの、久しぶりよ。」

 と言ってました。病棟ではいろんな意味で煙たがられる存在なのだと自分で言う主任さん。真っ直ぐで真剣で、何事にも正面切って頑張る看護師さんだからこそ、最近の「なぁなぁ」な風潮の若者達と相容れない様子です。

 その病棟の若いナースにも問題在りの様子 聞いていると、人間関係の築き方というものにちょっとした軋みを感じます。それは病棟の特色による「慣れ」だったり、染まってしまったりしたものだったりするので、あながち全て本人の人間性を疑うことではないのですが 
 しかも、主任さんの個人的な主張なのかと思っていたら、患者さんからも病棟看護師名指しで苦情の投書が来ている様子。本物の「歪み」がそこにはあるようです。根は思ったよりずーっと深い。

 先生もそれを言葉にはしないけれど感じている様で、病棟にはあんまり寄り付かないと言います。若い子たちに任せるより自分でやったほうが早いと言う感じだそうです。
 恐いな・・・任せられない看護師に仕事を頼まなければならないって、先生も恐いだろうな。安心して仕事が出来ているんだろうか?と言った疑問も生まれます。

 病棟の看護師たちの「恐さ」をまざまざと感じたのは、一人の子供を入院させたとき。外来では詳しく診療するより、兎に角早く病棟で点滴などの処置を優先させた方が良い感じだったので、ばたばたしながら病棟に上がったわけです。私はレントゲン写真を撮って患者さんと病棟へ。先生は先にカルテと資料を持って病棟へ。
 その子の外来診療に私は関わっていなかったので、申し送りするのに情報がないなぁどうしようかなぁと思いながら病棟へ行くと、先生が既に待っていてくれてました。

 ぐったりした子供を点滴に室に入れ、対応してくれた看護師さんにとりあえずの状態を説明。

 したんですがっ!!!!

「えーっと

 と言いながらいなくなるのは何故!?

 代わりに先生が入ってきてくれ、

「点滴と採血するから。」

「じゃ、よろしくお願いします。」

 と任せたら、研修医の先生と一緒に扉をパタンと閉じてしまいました。勤務の看護師さんは3人、ナースステーションのカウンターでそれぞれの書類を手に何をするでもなくうろうろ

「・・・・申し送り、誰にしたらいいの?」

 誰も聞きに来ないし、患児にまるで関心を示さない様子が気になった私は、3人に声をかけました。きっと私より全員年下、下の子たち。

「・・・・えっと・・・・誰にする?」

 リーダーをしていたであろう子が、ぽつり。


 はぁ!?


 入院する部屋決まってるのに、部屋持ちが決まってないなんてどういうこと!?

「誰でもいいんだけどさ、私もあんまり知らんのよ 紹介受診だから前医の紹介状がなかった?」

 私はテーブルに置かれていた外来カルテを探しだし繰って行くけれど、見当たらない。

「あぁ、あれならファックスしました。」

 と言って、ファックスの隙間からさらっと出してくる。

「読んだ?」

「・・・・・いいえ。」

「先生には状態を聞いた?」

「いいえ。」

「なんか言ってなかった?」

「いいえ。血糖値を測れとだけ。」

「何の為に?」

「さぁ。測れといわれただけですし。」

「誰に?」

「主任さん。」

「先生とは話した?状態聞いた?」

「いいえ。」

        ・・・・上へ戻る・・・・????

 私が患者さんを連れてきたとき、先生は既にそこにいたよね?
 紹介状も持ってきてあったはずよね?
 情報は先生の頭の中の方がいっぱいあるんだけど?


「じゃ、どーすんの?」

「お母さんに聞きますから。」

 診断の予測までお母さんに聞けるのかーーー!!!!???

 体の中でどんな事が起こっているのか、お母さんに分るなら入院せんわーーー!!!!

 患者の状態に興味はないんかーーー!!!!

 状態と予測が付かんのに看護できるんかーーー!!!!

 どうやってそんなんで看護計画できるんなーーー!!!!


 アナムネって、経過を聞くだけよ?今の患者さんの状態がどんな感じで、どういうことが起きていそうで、何でその処置が必要で、何処を重点的に見る必要があるかとか、そういう判断は何処でするわけ?状態の分らない患者さん、しかも小児なのに、どうやって看護するの?

 私、不思議でなりませんでした。

 バイタル一つ聞いてきませんでした。吐き気と虚脱状態で、腹部レントゲン写真を撮っているのに、その結果にも興味なし。見るからにぐったりしている子供の様子を「何時からこんな状態ですか?」と一言も聞いてこない。
 訳分からない状態なのに、知ろうとしない。お母さんから聞いたことだけで状態が把握出来るなら、医師は要らん
 その子の全てに興味を持たなくては、看護できないと思うんですけど

 私、間違ってる?分らないことに対して分らないまま何をするの?

 経過を詳しく知らない私もいけないんだけど、それでも私は状態の変化を見ています。その情報すら引き出そうとしない病棟看護師もどうかと思いました。

 普通私たち看護師は、病気の知識と症状に対する知識や予測と患者さんの状態を掛け合わせて、先回りの看護をします。変化の徴候をしっかりキャッチしたり、先手先手で苦しみや痛みを和らげます。そのためには、知識も十分必要だし、なによりその判断材料となる患者さんの状態、医師の診断と考え方、治療方針等が分らないとちぐはぐになってしまうんです。医師と看護師の連携って、患者さんのゴールを同じものにする言う意味でも必要な事です。

 その情報がないままって、恐いと思うんです。私だったらどんな情報でも欲しい。バイタル一つでもいいから欲しい。熱があるのかないのかだけでもいい。

 けれど、聞いてこない

「お母さんに聞きますからいいです。」

 と言われ、私は用無しに。それよりも、先生に詳しく聞くのも必要なんじゃない?カルテ見たり、紹介状読んだりしなきゃいけないんじゃない?けどその全てって、私があがってくる前に出来た事よね?それ読んでたら、子供がどんな状態で上がってくるか、想像できたはずよね?血糖値が必要な理由も分ったはずよね?

 色々聞いていた後だっただけに、本当に大丈夫かな?と心配になりました。けれど本人たちはとっても自信満々。後は先生、よろしくねってことで救急外来に帰りましたが、その様子を主任さんに話し、

「大丈夫ですかーーー!!!???私あの子の今後が怖いんですけどーーー!!!」

 と泣きつきました
 看護師としての自信、それは必要な事だと思います。けれど、違う方向へ伸びていってる子が多い気がします。それを軌道修正してあげるだけの教育が出来ていないのも問題。全ては上手く「教育」が回っていないんです。先輩のやり方も、上の考え方も変、と言う事。

 オペ室って、恵まれてる

 心から思いました。少なくとも、まともな看護師さんたちの集まりです。自分の限界を知っています。それでもその限界値を少しでも広げようと頑張るやり方も知っています。看護の力がどんなものか知っています。それだけでも、強み
 主任さんにそう言ったら、

「あなたがそう感じるのは、あなたがちゃんと成長してきた証なんだよ。」

 と・・・・ 一歩引いて仕事を俯瞰して見られるようになったからだと言います。それが出来ないと、井の中の蛙のようなもの。周りが見えていないから、自分の全体像が分らない。

 納得

 小児科の先生も、そう言う事には頷いていました。

 自分を客観的に自分で評価するって難しい。けれど、自分という看護師が出来ることをちゃんと見極めていないと、同じミスを繰り返すんです。そしてミスをミスだと気づかない。その「ミス」って、言葉の意味の「ミス」ではなく、患者さんに少しずつ積み重なっていく不安や不満といったもの。傷。
 痛いな・・・それが一番痛い事かもしれないな・・・・

「人間性とか常識とか、そういうものはちゃんと必要だと思う。」

 先生は言います。

「僕は挨拶が出来るかどうかが人間として一番の根本だと思う。」

 そうですね

「挨拶も出来ないような人がいい人だとは思えない。」

 矢張りそう考えてましたか、先生。

「基本でしょ、やっぱり。」

 最近の若い先生たちも全然挨拶をしない、と言う事に一回切れたことがあるらしく、

「懇々と説教した

 と・・・・やりそう。目に見える

「私、小児科の先生に大無視されたことありますよ!」

 ここぞとばかりに言ってやりましたけど。この先生は苦笑いで

「また言っとくよ

 ・・・・いえ、いいんです。自分でリベンジしますから!

 でもそうですね この先生だから頷けることが多い、と言う事ではないんですが、考え方に一本しっかりとした筋が通っているからこそ、ちゃんとした印象があるんです。話をすればするほど、そう行った事を話してくれ、

「医者も人間だから。」

 と言われます。医者だから、看護者だから、患者だからという視点ではなく、結局は人間と人間。そしてその人のもつ人間性というものが大切と言う事。
 
 この先生が診察に入る前に言う

「こんばんわ、どうしたの?」

 という一言に、深い響きを感じていた私としては、やっぱり気持ちがあったかくなるお話でした。

「急いでいたりタイミングを逃したりって言う事は仕方ないかもしれない。でもすれ違う時の軽い会釈だけでも、全然違うもんだよね。」

 先生、学校の先生みたいですね

「その点、オペ室の人は凄いよね。必ず挨拶してくるから。」

 ・・・・・・ん?

 私たち?

「結構挨拶されるよ。」

 ・・・・・てへっ

「ある意味オペ室って、一期一会じゃないですか。始まりが肝心なとこですし。」

「そうだね。」

 手術の前に一言

「おはようございます。」「こんにちは。」

 と笑顔で声をかけること、私も大事にしてます。そこで患者さんがちょっと驚くけれど微かに微笑まれるのが、好きなんです

 そういえばこの小児科の先生、赴任してきた最初の頃、私たちオペ室の看護師の事なーんにも知らない時から挨拶だけはちゃんとしてたよなぁ・・・。私たちも相手が白衣着てるから「誰?」と思いつつも「お疲れ様でーす」って言ってた気がします。
 あの頃の先生、「おっつかーれさまっ!」って感じで挨拶返してくれてましたよね。何故か印象的な覚えてます。いやぁ、若かったよ!
 今は挨拶より先に世間話が始まったりすることもありますけど・・・・

 今回は、患者さんとの印象的な出来事はなかったけれど、医療者として主任さんと小児科の先生と色んな話が出来て、有意義でした。

 私たちは、一人ではないんですね。
 というか、一人はしんどい。
 

 医師も一人では辛い事もいっぱいあるんです。
 だからこそ私たち看護師が出来ることを精一杯する。
 それが治療にかかわる事じゃなくても、治療効果をあげる事は出来る。
 そして先生を助けることになる。
 
 引いては患者さんの為になる

 それが、チーム

 今回の当直、「チーム」ってことを凄く感じました。私はその下でつかいっぱしりみたいなもんだけど、少しでも引っかかっていたらいいな。

「凄く良くやってくれてるよ。」

 という先生の言葉と、

「凄く助かったわ!」

 という主任さんの言葉が、今日の私の勲章です
 何にも出来なかったけれど、働いている時間を笑顔でパキパキ仕事すること、疲れたって言わない事、しんどいって言わない事、患者さんに見せない事、それだけは頑張ったつもりです。

 素敵な小児科二人組みに医療者としての自分の在り方を考えさせられた一日でした。

 いい医療者になるためには、いい人間である事です。

 私自身が輝いていないと、いけないんですね。

 いえいえ、光っていなくても、


 曇っていなければいいんです


 自分の仕事に向かう心に霞がかかっていなければ、光に巡りあうたび輝ける。


 主任さんは言いました。

「自分のしている苦労は、これからの自分にとってとても大切なことになるの。」

 辛い事もしんどい事も泣きたいことも怒りたいことも、全てがこれからの自分の糧になる。ならばその意味をしっかり自分の手の内に握っていないといけませんね。

 患者さんの少なかった平和な福山の一晩、私は少しだけ、「いい人」に近づけた気がします。色んなことを教えてくれる、小児科の先生と主任さんでした。
 二人とも、相手を丸ごと受け止める名手です。ほわっと包まれるような優しさで相手を癒す名人です。私はこの二人に守られて、一晩を過ごしたんですね

 ありがとうございました。
 いつも私はこうして守られてばかり

 何か返せる事はあるのかな・・・・
 
 もっともっと、「私」を求められる人間にならなくてはね!

「あなたに聞いて欲しいのよ。」

「あなたになら言えるわ。」


 そう言ってもらえるまで!

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