〜近畿☆瀬戸内☆うまうま交響楽団 ♪

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<<   作成日時 : 2008/12/29 21:57   >>

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 昨日の記事で、「ミュージックステーションを見逃した!と連絡(?)しましたが、今日のたった今、テレビを見ていた母親の横を通り過ぎようとして、


 ♪ 〜 ちゃらりら

     ちゃらりら ちゃらりら ちゃらりら   

           ずちゃずちゃずちゃずちゃ



     こよいっ つきはっ 


       どこをってらすのっ!? 〜 ♪


「んぬっ!?」

 足が止まりました テレビ画面には、昨日師匠が「昭仁くんのパツパツ白パンツはどうかと思うとメールを送ってきたそのままの昭仁くん。

 ありゃ、このことか・・・

 いや待て!




 何で今頃ミュージックステーションやってんの?




「これ、何でやってんの?」

 と、思わず知るはずもない母に聞いてました。

「知らんわ。」

 そりゃそうだ
 
「これ、金曜日のミュージックステーションよな。」

「そうじゃな。たもりさんがやっとったもん。」

「何で今頃?再放送の予定なんかなかったけど?」

「知らんわ。けどこれ、BS-Aとかって書いてあるで。」

 テレビの右上には、Aの文字。

「それ、何?BS-Aって。」

「知らん

 じゃろうな

 徐に新聞を取り出して、テレビ欄を眺めたけれど、どこにもない。
 大体、民放の番組をBSでするの?

「じゃ、CMとかも流れるんかなぁ。」

「じゃろうな。」

 ・・・・・ってか、何でそんなことになってんの?

 

 というわけで、見逃したミュージックステーションのポルノグラフィティ部分、今日見ました! 昭仁くん、髪伸びてよくなってた!二人ともなんだかちょっとふっくらしてたけど。

「歌詞間違えましたー!」

 と叫ぶ昭仁くんは、正直者です。
 
 ごめん・・・・ギタリストさん、見逃した
 昭仁くんのパンツに釘付けだったわ

                        

 ボーぜんとテレビを眺めていたけど、動く彼らを見るのは本当に久し振りですね。気がつきました ライブ以来。体温が伝わってきそうなあのクアトロ以来です 演奏している彼らを見ながらの音楽は、やっぱり一味違いますね。ライブで魅せる彼らならでは。
 今年何枚もシングルを発表したのに、一曲だけの披露って言うのが淋しかったですけど 私が見た部分のパフュームでも2曲だったのに!売り出し中の彼女達とは勢いが違うって事か

 久しぶり、生ポルノでした。(録画だけど)

 いやぁ、やっぱいいね

 好きなものは、見るのも聞くのも、いいね!

 神さまはいい事と悪いことを平等に与えるって、本当なんだな。それが同価値かどうかは別として。価値って、自分自身でどうとでも変わるものだからね。
 いやいや、全く持って、人生のめぐり合わせの不思議に感謝です。見逃した私自身の方がずーっと罪深いんだけど・・・。

 さて、昨日一日寝て過ごしたワタシ。けど今日もお昼過ぎにようやくベッドを離れたという、脅威の睡眠時間を記録してしまいました。こんなに寝ると大概頭痛のオンパレードで、いつもはこんなに無防備に寝たりしないんですが、起き上がれなかった次第です。

 背中が痛くて・・・という訳ではなく、ただもうどろどろで、起き上がれなかったのですよ。背中の痛みは大分よくなってきています。ご心配かけました やっぱり寝ているのが一番痛いけれど、何とか痛みで起きることは少なくなってきました。寝返りも大分ましになってきたし仕事がお休みになったから、ストレス半減なのかな?

 お昼に起きてブランチして(そんなにカッコいいものではない・・)、夕方までずーっと読書をして過ごしました。ここ何日かで、3冊程度の本を読みました。読書熱って、意外とぱっと来てぱっと醒めたりするものです。

 随分前に買っていた、五木寛之さんの小説「凍河」

 やっと読み上げる事ができました 五木寛之さんといえば、「生きるヒント」だったり、「大河の一滴」だったり。私の中では読みたい作家さんというより、難しい作家さんというイメージが強く、小説というより随筆家としてのイメージが大きい人。物書きさん、という感じですね。小説だけではなく、いろんな物を書いて、自分の趣味や自分の心の求めるものをちゃんと作品にしたためていくような作家さんです。
 なので、今までちゃんと読んだ小説はないんです。巷の噂で色々聞く程度。よくよく見たら、新聞掲載の小説が多い気がします。現在私の家に届く新聞の中にも、この方の連載小説が載っていますし、紹介するこの「凍河」も、当時どこかの全国紙に載っていた新聞小説。

 新聞に掲載されていた時期はもう随分前で、初版が出たのは1980年代。なので、かなりの時代の差が在ります。ついでに言えば、一応舞台が病院なので、医療のあり方も違ってきてる感じですし、それぞれの登場人物の背景もまたちょっと変わったものだったりします。

 私がこれを読もうと思ったのは、何故だか良く分らないんですが、帯に「五木寛之の恋愛小説」と合ったのが印象的だったからではないでしょうか。恋愛小説と、五木寛之という作家があんまりつながらかなかったのも在るし、わざわざ編集部が「恋愛小説」と表して来るのが「ん?」と思えたのかも知れません。
 別に恋愛小説だから読みたくなったというわけではないんですが、難しい事を書いている作家さんの恋愛小説って、一種独特な感じがあって面白かったりします。ケータイ小説という分野が進出してきて、「恋愛小説」がより身近でリアルなものになってきて、恋愛小説しか書かない方も一杯います。
 逆に恋愛小説とは言えないけれど、恋愛を絡めた小説を書く方(つまり私のイメージで言えば五木さんとか?)の本物の「恋愛小説」っていうものに興味があったんだと思います。

 1980年当時の恋愛って、どうだったでしょうね?今ほどラブラブなこともなく、時代の流れによって崩されてきた恋愛のタブーもいっぱいあったはずですね。だから、現代の恋愛小説を少しでも読み齧っている私としては、

「これが『恋愛小説』?」

 という感覚も無きにしも非ず。
 けれど、流石に恋愛小説です

 同調も共感も、きっとそんなものは現在の若者達には全然ないと思いますが、それでもそこに漂う「純粋さ」に、ほぉ〜となり、

「こんな恋愛もあるんだ

 と思うわけです。
 社会的弱者を愛してしまった時、『社会の中でも弱い者たちの側へ立つ』んだと表現したところがあります。今でこそ、それはなんとなく差別的なイメージで捉えられがちでしょうが、私は何だかすんなりと「そうか・・」と思えたりました。
 社会的弱者(というのがどう言う事を指すのか、差別なのか・・・・分らないんですが。)である女性を愛してしまった時、それでも自分の立場へ引き揚げようと諭したり強制したりするのも愛するが故なのでしょうが、この小説の登場人物は、「彼女の立場へ降りていく愛」です。
 
 愛するが故に、強要することもなく、寄り添うことを良しとした愛です。相手の「弱さ」を認識し、その弱さを「弱い」として批判する事も否定する事もなく、その弱さ自体が彼女自身であること、ただその弱さを守るものが間違いなく正しいものでなければならないと、彼女の周りを守り抜く事を良しとした主人公の愛です。

 何と表現したら一番ベストなのかはよく分かりません。読み終えて、読んでいて、激しい感動や涙や驚き、そういったものは全くなく、ただ胸に「自分はどうかな?」という想いだけが過ぎります。淡々と進む物語は、起承転結という言葉を波にしたとしても、高低差はごく僅か。なのに最後まできちんと読み手を捕らえて離さない魅力があります。

 それは、現代にはない無垢で純粋な愛の形なのか、主人公の人柄なのか、彼女の真っ直ぐな気質なのか、はたまた脇を固める登場人物の様々な人人物模様なのか・・・。それは読んでからのお楽しみです。確かに、読んでいてつまらないと感じる人もいるかと思います。そう言った類の『恋愛小説』。きっと誰もが共感できるものではなく、おそらく誰もが

「こんな愛があるのか?」

 と思うものでしょう。その真意は反対だったり賛成だったりするでしょうけれど。
 深い愛というものがどんなものか、男女の仲で取り交わされる以外の愛の本質とはどんなものか知りたくなったとき、読んでみるといいかも知れません。「愛」って言葉は、『恋愛』だけの「愛」ではないんだと、分ります。

 本物の、恋愛小説です。

                        

 もう一冊、ご紹介です。最近読書話題が減ったなぁと思っていたところです。
 昨日の当直明け、ブログ更新してからずーっと読んでいたもので、とまらなくなって全部読んでから眠りました。

 重松清さんの、「青い鳥」 。

 村内先生という一人の非常勤講師の脇役を筋にした、何篇かの短編小説です。
 村内先生は、言葉がつっかえてうまく話せない。だからこそ、大切な事しか喋らない。その大切な事が、どんなに単調に響いても、すっと心に溶け込んでいくんです。

「一人ぼっちと一人ぼっちが一緒になったら、もう一人じゃなくなる。」

 一人ぼっちの人に自分が寄り添えば、その人はもう一人ぼっちじゃなくなる。だから、自分がいるんだ・・・。村内先生の、温かい言葉の一つ。
 私達は日々優しさと思いやりを持って人と接しているはずなのに、そんなことがとっても小さく見えるほど、村内先生の暖かさが響きます。救われていく一つ一つの物語に涙が零れる反面、自分の生き方がとてつもなく自己中心的だと思わされます。
 一人じゃないと思っていた自分だけれど、本当は一人ぼっちだったんだなと感じます。そして、そんな風に自分を一人ぼっちにしていたのは、自分自身だと気づきます。

 この本は、読んでいただくほか本当に伝える言葉がありません。ふと思い出す私の大好きな彼の人にも、読んでもらいたい。

 一人じゃないんだと、伝えてあげたい。

 本当に大事な事を、本当に大事な思いでつたえることが出来たら、そこに『孤独』『誤解』も無いはずです。うまく喋れないから喋らない、それは間違いなんです。吃音でなくとも、私達はうまく喋れない事は一杯あります。大事な人に大事なことを本気で伝えられない事は、一杯あります。
 一人ぼっちは、なくすことが出来る病。

 じんわりと心に染みる物語です。その人をその人のまま、その人の立場へ降りて思う・・・・。『凍河』にもあったように、私達一人ひとりは別々の人間で、価値観も考え方も何もかも違う。だからこそ、別々の立ち位置があって、それぞれの役割がある。
 お互いの場所へ寄り添う事が、人間関係の大事な事。背伸びもせず、窮屈にもならず、自分のまま相手の立ち位置へ、同じ目線へ。そういう風に、自分もされてきたはず。

 何だか、伝えづらいです。もどかしいです。その人を否定することのない関係・・・そういえばいいのかな。
 自分が一人だと感じるとき、逆に自分が相手を否定しているんです。『私を理解してくれない』とかね。『誰も私の気持ちなんて分ってくれない』とかね・・・。私にも耳が痛いことですが
 自分が相手の気持ちに寄り添えないのに、自分に寄り添ってくれないなんて腹を立てても仕方ない事。それこそ「空に唾を吐いたら自分にかかった」ってこと

 本当に大事な事は、伝わるんです。

 そう教えてくれた、本です。
 本当に大事な事・・・・伝わらなければ意味がない。

 本当に大事な事・・・・私もきちんと伝えないといけませんね。



 青い鳥は近くにいると気づいた。
 けれど、青い鳥は飛んで行った。

 
 何故青い鳥は、飛んで行ってしまったの?



                                    

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