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<<   作成日時 : 2009/01/11 23:56   >>

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 今日は疲れて、ブログの更新は出来ない!

 話題もまとまらないし、するもんかっ


 と思っていたうまうまを、お許しくださいませ、神さま
 本気、真面目にスルーしようとした私です。


 けど、翻って何で書こうと思ったか
 お分かりでしょうが、一冊本を読みました。そのことが切っ掛け。
 読んだのは、重松清さん官能小説として代表作にもなりつつある(と勝手に自分で解釈している)


「なぎさの媚薬 霧の中のエリカ」


 です。この一連の小説、段々中身がバイオレンスで哀しく切なくなっていく気がします。重松さんの連作短編小説は、大概そうですね。後になるにつれて、想像の世界の爽やかさよりも、人間のエゴや醜さが綯い交ぜになったものに変わって行きます。
 だからといってリアリティがあってというものではなく、あくまでもフィクションという所が読み続けられる因子でもあるんでしょう。これでリアリティが在りすぎたら、恐いです

 なぎさの媚薬シリーズの中でも、現在の世界で高校生が主人公なのは初めてではないでしょうか。過去に戻り、大事な人を救うことが出来る媚薬と言っても、高校生の主人公の帰れる過去なんて知れたものだと思っていたけど、その背景をすんごく過激にする事で、「救い」は簡単に訪れてしまいます。

 大概一冊2時間程度で読めます。けれど、今回の「霧の中のエリカ」は、なまじ高校生が主役なだけに、大人にも答えの見つからない、誰も応えることが出来ない疑問がわき上がっています。

 過去に戻り、「救い」とは言い難い2度目の現実を生きた主人公と女の子。二人の間で紡がれた、一瞬で永遠の愛の物語から生み出された疑問は、ここで書くには私の言葉が稚拙すぎます。
 読んで知ってください。そして、読んであなたの答えを見つけてください。

 愛は、何ですか?

                         

 まだ最終話まで読めていないそのシリーズですが、「過去に戻れる媚薬」という設定は色濃くなってきています。2作目辺りからなぎさの存在が「巷の噂」的に当たり前になり、偶像から現実化してきて行るんです。
 5作目のこの作品、途中から私は本当に知らず知らずに泣き出してました。横になってぼんやりページを繰っていたんですが、ぽたりと一粒涙が零れたら、もう止め処もなく・・・ 最近の私の涙腺が弱いという現実はまぁちょっと置いといて、本当に知らない間に泣けてきて、知らない間に胸がつまり、嗚咽が零れます。

 過去に戻って、大事な人を救いたい

 その切実で、本当だったらありえない設定がそうさせるのかもしれません。人は誰しも、何かしらのそうした過去を持っていて、その時の自分を顧みるたび、どうしようもない罪悪にさいなまれる生き物なんでしょう。もしもなぎさが本当にいたとしたら、きっと誰しもが彼女に会いたくて渋谷を彷徨うことになるのでしょう。
 
 けれど、なざきは、女の私も救ってくれますか?

 本を読み進めながら、私の頭の中にあったのは、一人の人です。なぎさが男を誘って、その人の大事な人を救わせるように、女の私もなぎさの媚薬で誰かを救えるのでしょうか?
 官能小説という背景でその人を思い浮かべたのではなく、ただ淋しく切なく、何が正しく何が悪いのかも分からなくなるような愛の物語を読み進めているうちに、不意に思いました。

 出来るなら、あの人の過去を救ってあげたい。

 心からたった一人、本気で愛した彼女と一緒になれず、今も虚ろな現実と向き合うしかないその人。私にとって、本当に本当に、大切な人なんです。
 私が関わることのない過去でも、なぎさが救ってくれる手伝いをしてくれるというなら、私は自分の過去よりも、彼のそのたった一つの淋しい過去を、救ってあげたいんです。

 私があずかり知らぬところで起きたその過去を、彼が今でも淋しく思っているのを知っています。心に澱としてずっと溜め込んでいるのを知っています。そして、その思いがあるにもかかわらず、別の女性と一緒になって「家庭」を背負っている姿を知っています。
 
 いいえ・・・・その人は今、幸せなのでしょう 例え過去に、これほど愛し、生涯を共にしたいと望んでも叶えられなかった愛を胸に秘めたままでも、今隣にいる人を別の愛で満たし、喜びを共にして、お互い笑い合っているのでしょう。
 その喜びが永遠である事、その幸せが永久に続く事を願いながら、彼が会話の途中にふと浮かべる笑顔の中に見つける少しの戸惑いに、

「一人だけ、いたんだ・・・・」

 と零し、たったその一言で、深い愛を語った彼の言葉を重ねてしまいます。

 人は、どんなに幸せを両手に抱えていても、叶えられなかった一つの願いを持っている限り、人生の終わりに、自分が心底幸せだったと感じる事はないのじゃないかと思います。人がどう見ても誰がどう評価しても、その人の一生が幸せで素晴らしいものだったと結論付けても、その人の胸の中に残る、叶えたかったけれど叶えられなかった、そして生涯昇華できなかった想いが一つでもある限り、死に際「幸せだった」と心が頷く事はないのだと思います。

 なぎさなら、その「過去」を救ってくれますか?

 今までの人生の大半、「愛」を模索して生きてきたその人の、今両手にある「愛」が救いとなるでしょうか?
 それとも、矢張り「過去」に救いを求めなければ成らないのでしょうか?

 なぎさなら、その答えを知っていますか?

 過去に戻って私がその時間に触れられるのならば、私はどちらを選んだらいいのでしょう?
 その人の為に、今の愛の深さを知らしめればいいのでしょうか?
 それとも、過去の愛の真実を暴けばいいのでしょうか?

 いいえ・・・・

 結局、過去に戻れる事はないのです。その人が自分の中の深い愛を、たった一言の「一人」という言葉で語れる限り、彼は救われることはないのだと感じます。今、最愛の人は彼の隣で微笑んでいます。けれど、「一人」に含まれる彼の中の真実の愛は、彼女には得ることができません。
 彼の心の中に、その人がいる限り。

 彼の過去を救うことは、彼を救うことで、彼女への愛を救うことなのかもしれません。




 そして同時に、私も救って欲しいのです。




 幸せかと問う問いに、彼が笑顔に何かを隠さないでいいように・・・。

 なぎささん・・・・
 愛を手放す為に、彼を見つけてあげてください・・・

 

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