〜近畿☆瀬戸内☆うまうま交響楽団 ♪

アクセスカウンタ

zoom RSS 分る時もある。

<<   作成日時 : 2009/01/06 22:02   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 失恋をして自殺をするという事を良く聞きます。病院という場所柄、そういう人がやってくる事もあります。流石にまだ当直では当たっていないけど、似たような事はしばしば。

 いえ、仕事とは関係なく、「失恋して自殺なんて、信じられない!」と思っていた自分です。

 しかし最近、その気持ちが良く分ります。

 何故か、「分るなぁ」と、しみじみしてしまうんです。

 「失恋」なんてこの4月からずーっとしているようなもんですが
 「失恋」って、一瞬の出来事じゃないんですよ!知ってました?

 こんなん知ってても自慢にゃならんが


 「失恋」が原因じゃないんですよね、きっと。それは切っ掛けに過ぎないんじゃないかと感じます。大好きな人に大好きだといってもらえることは、本当に凄く大きな奇跡だと言う事に気づいた去年。相手が好きな人というだけで何もかもが許せるようになるものです。そして、相手が好きな人というだけで、何もかもに頑張れて、何もかもが素敵に見え、何もかもが奇跡に見えるのだと言う事も。要は人間の心一つ。←まぁ、私は何度かこの事を言ってきてますが。

 奇跡の話ではなくて、失恋で自殺の話です。

 私が「分かるなと思うのは、失恋という状況と言う事ではなくて、自殺したくなる気持ちが良く分ります。失恋だろうが失望だろうが、それは全て切っ掛けなんでしょう。
 自分の生きる意味、存在の意味、役割の無力感。何と言うか、自分が居ても世界は何も変わらないし、自分がいなくても世界は回り続け、自分がいてもいなくても、誰一人の生活も変わらないという事実を突きつけられる。それが、切っ掛け。感覚的なことなので難しいんですが・・・。

 確かに、泣いてくれる人はいるでしょう。時折に思い出してくれる人もいるでしょう。もしもし私が「これから死にます」といったら、引き止めてくれる人もいるでしょう。励ましてくれる人もいると思います。

 それはとても喜ばしい事で、嬉しい事

 けれど、何人そういう人がいたとしても、私の死が、たった一人の人生を変えることもない「死」である事も確か。思い出して「そんな人もいた」とか、「懐かしい」とか思ってもらえることはあるだろうけれど、ずっとずっと覚えていてくれるとは限らない。覚えていて欲しいなら生きているべきだと思うんですがね
 「覚えている」という事も、ただ「覚えている」のではないんです。深い意味での「記憶」です。この感覚は、死にたくなるほどの「絶望」を味わわないと分らない事でしょうけど。「悼む人」には良く書かれています、この辺の感覚。)

 私がそんな絶望を味わっている訳ではなく、ただ何となく・・・・先日因島までミカンをふらりと買いに出かけて、帰り際、何故かそう言う事を考えていたのです。

 このまま私がどこかへ行っていなくなっても、きっと誰も困らない。仕事は代わりの人がやるだろうし、家族はもう子供じゃない私を必要以上に心配する事もないだろう。毎日音信の絶えない友達もいない。気ままにメールをやり取りするくらいなら、便りのないのは元気な印とも言える。彼の人が私を認識しているとも思えない。ブログが更新されなくなっても、「また?」と思われるだけだろう。そしてすぐに忘れられ、クリックすら無くなる。
 ましてやすれ違う人にとって私は、第三者どころか道端に転がった缶と同じで、そこに在れば「在る」とも思だろうけれど、なければないのが普通と思うもの。
 
 あぁ、私っていてもいなくても同じなんだな

 そう思ったのが切っ掛けです。ちょっと道が混んでいて、何気なくその流れに漂っていて、私にとって周りの車が「他人」のように、周りにとって私は「他人」。大好きだと信じているあの人にとっても、私は「他人」で、「道端の缶」。

 不意にそう思えて、「こんな時に自殺したくなるのかなって思ったのです。もしも「失恋」って切っ掛けがあったら、こんな時だったら迷わず飛び降りるかもしれないって。まぁ、私の場合その失恋って言うきっかけも慢性化しているんだけども?
 
 別に今途轍もなく死にたい気分ではないんですが、何故かふとそういう気分になったんです。新年早々、嫌なヤツですねぇ、私

 これから自殺を考えている人が、私のお気楽ブログなんか読んでいるとは思えないんですが(読んで馬鹿馬鹿しくなって自殺を辞めてくれたら、それはそれですごい事ですがね・・・)、もしもそうだとしたら、これから死んでもいいなぁと思う人がいたら、迷わず私は言います。

 その気持ち、分ります。

 何となくで悪いんだけど、分らなくないです。


 もしもそのまま本当に死を選ぶなら、それはそれで凄い勇気です。
 そしてもしもそのまま生を選ぶなら、それはそれで凄い勇気です。
 つまりどちらの選択も、自分で選び取ったなら素晴らしい分岐点だと言う事です。

 凄く良く分るわ!そうよね!そうなのよね!と、手放しで共感は出来ませんが、「死にたくなる」「自分なんて必要ない」「いてもいなくても同じ」「誰も悲しまない」なんて思っている人の心には、そっと寄り添うだけの共感があります。けれど私はこの疑問に答えが出せていないし、論を持っていないので、寄り添うだけで何のエールも出来ませんけれど
 
 強いて言うなら、

 ブログ始めてみれば?

 と言う事でしょうかね こんなお馬鹿うまうまの独り言に付き合ってくれる奇特な優しい方もいっぱいいることですし 付き合ってくれてるんじゃなくて、つき合わせてるんだろうけど

 新年から何だか低空飛行の話題が続いていますが、とりあえず元気ですよ。仕事でシコタマこき使われていますが、それもいいのかもしれません。

 ぽっかり空いた「間」にはまり込んでしまうと、抜け出せなく成りますしね。

 ここまで書いておきながらではありますが、『恋華』指定ではありませんよ。
 多分・・・。

                       

 そういえば、我らがポルノグラフィティのDVDの発売日が近づいていますね。HPのインフォメーションでも案内が出ていました

 DVDになるはずの(今更変わらないと思うけど、実際みんなが見たいのは『付録』部分じゃないのか?と思う気持ちが消えない、矢張り斜に構えているうまうまです。)淡路島ライブは、私の参戦したライブです。Aブロックの端っこがもしも映ることがあれば、飛び跳ねている私が映ってるかも!!!???だとしたら嬉しいけどね

 しかし、思い出せばあのライブ、カメラが多くて邪魔だったんですよ!見えん!見えんってば!という感じで、途中で腹が立った位。
 でも、とりあえず(?)楽しみですあの号泣ものの「愛が呼ぶほうへ」も入ってるんですね。最近のポルノグラフィティのライブは、必ずと言っていいほど泣かせ所があって、イケズな二人です

 予約はしないけど、発売日に買えるようにちゃんと書いておかなきゃ!ギフト券ってなんだ?また小難しい事して、ベスト盤の応募を忘れていた私を嘲笑うかのようだわ!

 ポルノグラフィティ、今年も本格的10年に向けて、頑張ってくれています。(って、私は何の関わりもないけど)

 音楽って、本当に誰も不幸にならない世界なんだなぁ

 夢の国だ

 けれど夢の国の住人は、意外と簡単に、下々の世界の住人に打撃を与えるよな。




 いや・・・・いかん・・・・


      最近自虐キャラ過ぎる!!!

にほんブログ村 犬ブログ 犬 闘病生活へ
にほんブログ村

にほんブログ村 病気ブログ 看護・ナースへ
にほんブログ村

2011.10.21より参加しています。ぽちっと応援よろしくお願いします。

初心者なので、どの記事にもどちらも載りますです。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
分る時もある。 〜近畿☆瀬戸内☆うまうま交響楽団 ♪/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる