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zoom RSS 生命の樹を探そう。

<<   作成日時 : 2009/01/07 21:02   >>

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 丁度一年前の刊行になるのですが、いつものように新聞の下のほうに載った新刊の広告を読んでいて(私結構この部分読みます)、なんとなく読みたかったので購入した本があります。

  田口ランディさんの、「キュア」

 広告を見て、欲しくなって、読みたくなって、多分近くの書店に行ったんだと思います。したら、すぐにそこにあったんだと思います。手にとって帯を読んで、開く事もなくそのまま買ったんだと思います。
 そして、そのまま一年近く、読もうかどうかタイミングをみはからいながら置いていた本です。

 帯の言葉をそのまま引用させていただくと、

「現代医療は科学の恩恵か、呪縛か。神の手を持つ医師がたどり着いた究極の治療・キュアとは?

 命を救うのは悪いことではありません。」


 と在ります。帯の後ろには、簡単なあらすじ。・・・・・もうその時の感覚を覚えていないんですが、きっとこの帯の文章が切っ掛けで買ったんだと思います。因みに、出版社は朝日新聞社

 田口ランディさんという作家さん自体、初めて読むものなので抵抗があったんだと思いますが、読み進めるのは簡単でした。エッセイを書かれる作家さんは、大概文章がとても日常的で肌触りがいいものです。
 しかしまぁ、作家さんの力量よりも、この帯の文章を考えたコピーライターさん?いや、編集さん?の稚拙さには辟易です。ここ、私の怒りポイントです

 私が読んで感じた事と、帯の文章を考えた方が作家さんと対峙して感じた事は別の事というのかもしれませんが、私が感じた事の一つも、この帯の文章にはないんですよね。ってか、そう言う訳だから

「この帯、最悪・・・・。本の本質何にも表してないし!」

 と、苛立ち紛れで叫んだ訳です
 多分、期待の方向が別々だったんでしょうね。

 確かに、読み進めると私の考えていた物語とは全然違いました。どちらかといえば私の苦手なタイプの小説です。超人的な力とか、特別のテレパシーとか、現代医学という観点からは全然別個のものが息づいていますし。オカルトでもないけど、ファンタジーでもない。ミステリーでもないけど、純粋な「死」と対峙してどうという哲学的な感じのものでもなし。
 結局つまるところ、自分の生き様は自分が決めると言う事なのかな。

 科学は絶対でもないし、信念も絶対ではなく、神も絶対ではないと言う事。

 自分の死は自分で決められるし、自分の治療も自分で決められる。ただそこに医学があって、病院があって、医師がいて、代わりにやってくれるから委ねてしまう。けれど委ねてしまって後悔する事もあるし、絶望することもあるし、諦めもある。けれど逆に治癒があったり希望があったりする。
 全ての事は一長一短と言う事なのかな・・・

 何だかんだと書きましたが、あらすじがまだでしたね

 主人公は、神の手を持つといわれる外科医。「神の手」といっても、凄く器用という神の手ではなく、本物の超人的な特別の力を駆使しながら外科手術を行う、「神の手」なんです。他人の臓器から情報を得、電圧のようなものを感じ取りながら、澱んだ部分を切り取っていく。病院内ではこの医師の手術後の経過が以上に良いこと、傷の治りが早いことなどが噂になるほど。
 しかし、医師は自分で手術をした患者が転移により亡くなって行くのを目の当たりにしながら、外科手術で自分が治せるのはごく少ししかないと言う事に気付いていく。
 相手の身体に触れて、混乱する相手の体の中の情報処理、感情の情報処理を行う主人公。それはテレパシーとか心霊手術とか言う力。亡くなる寸前の、人工呼吸器に繋がれた患者の不安を取り除き、安らかな笑顔で逝くのを見守る主人公。

 けれど、彼は世を儚んでいる。
 生きたいと必死になる。

 何故なら、自分が肝臓がんで余命幾ばくもない事を知らされるから。

 癌を切り続けた医師が、癌で余命の呪いをかけられる。特別な力を持った自分に見合うキュアとは?手術も抗がん剤も放射線治療も拒み、それでも生き続けたい。生きる為に、自分に必要な「キュア」を捜し求める医師。そこにそっと寄り添うようにただ存在するキョウコという女性。

 「キョウコ」になりたいのだ・・・・

 最後の一文を読み終えたとき、激しく詰る様な胸の痛みを感じて、そう思いました。
 私は、「キョウコ」でありたいのだ。

 この本の中で「キョウコ」は、何をする事もない。ただ必要な時に飛び出してきて、ただ純真無垢に過ごしているだけで主人公を救ってしまう。
 死に怯え、体の不調にうろたえる主人公の横で、ただキョウコが居て「生活」する、それだけの癒し。

 キョウコはリストカットを繰り返す少女だった。自分でコップに自分の血液を抜き、貧血になって救急車で運ばれてくるような女の子だった。思春期病棟に入院させられ、家に帰る事もあまりせずに主人公の部屋に居座ってしまう。主人公とただ一緒に居てセックスをし、言葉を交わし、さり気ない優しさを交わす。

 そのキョウコが、彼の最後を看取る。

 「キスをして。」そう欲した彼の唇から漏れる、最後の一息を吸い込む。

 唇を離したとき、彼は既に息を引き取っていた・・・。



 最後の最後の一息が、彼女に与えられたのだと思う。彼が最後に吸い込んだ空気は彼女の吐息で、その吐息をはくこともなく自分の身体に永遠に留めて、彼は逝ったのだ。

 彼の体の機能が停止したその瞬間、体の中に残る彼女の吐息。

「あの日、新宿の救急病院で包帯を巻いてくれた時、一目ぼれしたんだと思う。先生の事を忘れた日はなかった。」

 キョウコはその後、医師を目指して勉強する。彼を救いも殺しもしなかった、現代医学という科学に向き合い、本当にそれぞれの患者に必要なキュアを目指していくのだろう。

 きっと、ホスピス医になるんだと思った。




 あなたの傍に、「キョウコ」はいますか?

 『京子』ではないのであしからずね。


        

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