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zoom RSS 手の平の中の彼方

<<   作成日時 : 2009/06/01 01:16   >>

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 週末が兎に角嫌いだと書いてる最近の私。4月からもうまるまる2ヶ月がたつのに、3月24日のままで時間が止まっているかのようです。

 何歩も前へ行ったつもりで居たけど、週末になると立ち止まって、結局どれ程も進んで居ない自分に気付いて凹みます。忘れなければいけないという焦りが、逆に私に『何故?』と思いなおさせるんです。

 なんで、忘れなければならないの?
 何故、このままではいけないの?

 こんなに大切な人なのに、こんなに大事な人なのに、忘れなければならないのは何故?
 
 答えのない疑問です。何故鳥は空を飛ぶの?とか、何故地球は青いの?とか、そんな疑問と似ていて、ともすればきちんとした理論にのっとった答えがでるけれど、理解できないもっと深みがあるような疑問なんです。

 降って沸いたような偶然で、彼の人と同じ職場で働いていた人から、

「これ、あったからあげるよ。」

 と言って貰いものをしました。その人は私と彼との事を知っていて、私の気持ちも知っているからこそわざと、まるで要らないものを処理するような感じでそれを差し出したんです。

 手を差し出して受け取ったものは、彼がそこで働いていた時に使っていた、名前の入った文具でした。

 彼の人が居なくなって、こんな時期に、こんな風に、誰かの手を伝ってやってきた、彼の名前。ご丁寧にフルネームで書かれたその名前に、懐かしさと驚きと、まるで彼自身に会ったかのような嬉しさすらこみ上げてきて、

「・・・・ありがとう・・・」

 と素直に言い返していました。その人は、はっきり私が彼に抱いている気持ちを相談した人ではないんですが、それとなく知っているよと言ってくれた人。彼の側にあった、彼を支えていた文具が手の中に在る嬉しさと共に、そんな少しのかかわりの人でも、私の気持ちをこんなに大事にしてくれるんだと思えて、余計に嬉しかったんです。

 何度もメールに書いて、何度も呼んだ名前。

 彼が使っていた頃のままの姿で目の前にやってきたそれを眺めていると、涙が溢れて溢れて仕方ない。今はもう会えなくなったからという事ではなく、今はもう縁の切れた人だというからではなく、そんな哀しさや切なさではなく・・・。

 私に与えてくれた2月の時間に彼が自分で話してくれた、彼の家族の事を思い出してしまうんです。彼が彼の言葉で語った『家族』の意味、自分の『家庭』の意味・・・。彼を思うとき、いつも私はそこへ戻ってしまいます。どんなことを考えても、その時の彼の言葉が思い出されて泣けてしまうんです。

 彼の名前は、彼がご両親から貰った贈り物。
 生涯、自分を示す、唯一のもの。
 自分だけが持っていて、自分にしかなく、自分の全てをあらわすもの。
 それ程の大きな「自分」は、両親から与えられたもの。

 命の次に、差し出される、両親の無償の愛の一つ。

 彼の、丁寧に書かれた名前を見つめながら、何度も繰り返し読みながら、この名前に込められた彼のご両親の思い、彼が誕生してどんなにか喜んだだろう思い、そしてどんなに悩んでどんなに考えてその名前をつけただろうその幸せな悩み、その名前を呼びながら、小さな小さな生まれて間もない彼に向けただろう限りない愛と笑顔の存在に、思いを馳せてしまいます。
 名前を与えられない命が、あるでしょうか?名前なく生きている命がありますか?であった人の中で、名前がない人なんて居なかったはず。

 その名前は、どれほどの愛情を込めてつけられたのでしょう・・・。

 名前を呼ぶときの、あの甘くてくすぐったい響きは、そこにご両親が誕生を喜んだ時の万感の思いが込められているからなんだと思います。

 生まれ変わりが赦されるなら、こんな私でも生まれ変わる事が出来るなら、私は彼の肉親になりたいと願うだろう。他人ではなく、家族になりたいと願うだろう。それは他人同士が出会って築く家族ではなく、誰しもがそこへ帰っていく始まりの「家族」に。

 彼の、帰る場所に・・・・。

 誰でも、自分の『家庭』に居場所がある。そして、両親の居る『家族』へ、帰る場所がある。実家という表現ではなく、自分が持っていて、やがては消えていくかも知れないけれど、自分の中に残る『家族』。
 
 思い返す。彼とであったとき、彼に恋したとき・・・
 こんなにも彼を大切だと思うのは、彼の恋人になりたかったんじゃなく、

 彼の肉親になりたかったからかもしれない。


 彼が語る『家族』の風景の中に、生まれ変わって私も居られたら・・・・。

 
 久しぶりに彼の名前に出会って、彼がそこにいた証と対峙して、確かに2008年の彼は私の近くにいたんだと改めて気付いて、そして紛れもなく彼は、変わることなく今も私にとって大切な存在だと知って、心に満ちる不思議な気持ちに、涙が溢れました。

 そして我侭な私が思います。

 あなたがそこにいると、確かに感じられる毎日を、生きて行きかった。
 あなたの名前を呼べる日々を、過ごしていたかった。
 


 今、何をしていますか?

 今日、何をしてますか?

 元気ですか?

 頑張ってますか?

 そちらの環境には、慣れましたか?

 素敵な出来事に出会っていますか?

 友達になれる仲間が出来ましたか?

 笑顔を忘れていませんか?

 季節の変化に、気付けていますか?

 窓の外に広がる松山の街を、愛せていますか?

     幸せで、いますか?


 気付けば、5月が終わります。 
 あなたのいない二ヶ月に、まだ涙が止まりません。


 
 彼の名前を眺めながら、この名前をご両親が彼に贈った時の愛情を、感ぜずにはいられません。

 そしてその時の思いはこんな感じなのかなと、自分の思いを重ねてみたりします。似て非なる、けれども負けないくらいの深さで、彼の幸せを祈ります。


 この名前を呼べて、私は確かに幸せだったんだ。

 彼が彼だというだけで、こんなにも大切な存在なんだ。


 涙が出るほど、大事なんだ・・・。

 

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