〜近畿☆瀬戸内☆うまうま交響楽団 ♪

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zoom RSS 秋ながら、耽りますな・・・

<<   作成日時 : 2009/09/23 00:49   >>

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 この連休、カゼッピキでぐったりのうまうまです。今日22日には、かねてから乗馬クラブのお仲間さんと座談会だったので、連休初日から風邪薬と頭痛薬と解熱剤の併用で、とにかく薬漬けだった私。肝臓がやられたのか、はたまた腎臓が一時的にダウンしたのか、一日中寝ていても平気なほど倦怠感と無気力です。

 しかし、いつも動いている私が一日寝ていられ寝るかといえばそうでもなく、寝ていたいと脳は言っているにもかかわらず、身体がストップ!

 寝たいだけ寝ていたら、腰痛悪化!!!!!!

 腰が痛くて腰が痛くて、ふかふかマットに寝ようもんなら足が痺れてしまうんです。もともと固いマットと重い布団が好きな私。居間のフローリングの床で寝ていても平気なんだけども、肩甲骨が、腰骨が、鎖骨が・・・・身体にめり込んでしまう・・・。
 自分のベッドのマットも、柔らかいとはいいがたいものですが、そこに脳が要求するだけ寝てやろう!と意気込んでも、6.7時間程度で身体がピーピーです。上向きになっても横向きになっても腰が痛くなり、起き上がれといわんばかり。なので、適当に起きては時間を稼ぎ、仕方なく階下に降りてご飯食べて・・・をくりかえしていたら、よく考えると連休は何にもしていないんじゃないか!?

 家半分のリフォームが終り、新しい東側2間にパソコンを運んだり、出していた荷物を整理しなおしたりしているところですが、如何せん薬漬けの私には「飽き」が早い。薬漬けに成っていなくても早いが・・・・。少ししてはゴロン、少ししてはゴロン、そんな中から大学時代の実習記録が出てきたりなんかして、

 恥ずかしい。

 の一言。指導教官からもボロクソに指導された跡がありありとあり、大学時代の私がいかに落ち零れだったかが分かります。しかも、私の落ち零れ具合って、基礎看護学と成人看護学で酷かった。(成人って言っても、本当の成人って意味で。)
 アセスメントって何ぞや?の世界だったので、それをすぐに理解した同級生達のすごさに、凄いというよりも人間としてみてなかったんじゃないのか?私の記録からは、なんの焦りも感じられないまま・・・。

 元来、人と比べられるのがとても苦手な私。

「○○さんのようにしなさい。」

 とか、

「○○さんを見習いなさい。」

 とか、

「○○さんは出来てるのよ!?」

 とか言われるのが、何故か腹が立つ。腹が立つというより、人と比べてしか叱れないのか?という気分になるわけです。人と比べてアナタがどうだとか、そういう判断で良い悪いを区別するなんて、変だと思っている私。
 私自身、良し悪しや善悪について人と比べる事はしてないつもり。まぁ、冗談とかでいう事はあるけど。なので、一年目の指導やローテーションの指導、昔ちょこっと当たった事のある学生指導でも、人と比べて怒ったことも叱った事もありません。反面教師として応用させてもらったことはあるし、見本として例に出したことはあるけれど、同等能力とか、同期とか、そう言った比べてどうか?というものを対象にした事はないです。

 反面教師であれ、見本であれ、比べることなど出来ないほどベテランさんのものだったり、新人さんのものだったりと言った、そういうものです。

 出てきた実習指導には、ありありと、

「○○さんのを参考にしなさい。」

 とか、

「○○さんに教えてもらいなさい。」

 とか、そう言ったことがじかに赤ペンで書きなぐられていて、これを受け取ったときの自分がどう対処したかどうかまでは覚えていないけれど、今考えてみたら、当時の私はそれほど落ち零れ立ったのだろうなという以上に、指導教官の共感のなさにビックリします。
 確かに当時、とても恐くて完璧で、とってもとっても厳しかった先生。この人のお陰で私は今、アセスメントがなんであるかを知り、人間を全人的に見、全てを含めてその人であることの意味を教えてもらったわけですが、その勉強の裏に、ちょっとした敵愾心があったのも確かです。
 きっと、添削されたこの記録を受け取ったとき、私はとっても落ち込んだんでしょうな。人と比べて、しかも小さな三流大学の新規看護学科の100名程度の人間の中で、自分の位置がとてつもなく小さく思えて、吹けば飛んで行って、「もういいよ。」っていわれる、そんな存在なんだろうなと、哀しかったんだと思います。だけれども、どうして自分がこんな風に言われるのかもわからなくて・・・。

 だってその記録には、どこをどう直すのか、どこがいけないのかと言った指導もなく、ただ一言「○○さんの・・」云々が書かれていただけ。きっと記録を読んでいて先生も憤慨して、途中からどうでもよくなった、そんな記録だったんでしょうね。自分だったらどう書くかなと思いながら読み返すけれど、健気に頑張ってると思うのは、それが自分の字だからなんでしょうかね。

 人と比べる・・・人間の社会には、小さい頃からそれが蔓延っています。受験だってそうだし、幼稚園や保育所の頃から、親が無意識にしている「比較」の対象として、そのように扱われている子供達だっているものです。妹だから、姉だから、と言った事でもそうだろうし、古いけれど本家だから、分家だからといったこともあったり。
 そんなのが全くなくなるって言うのは絶対無理だし、順位とか位とかがあってようやく「敬う」気持ちだってあるわけですしね。

 順位があるのは別に良いし、自分の実力で高くなるっていうのも頷けて、かけっこをしたら一番二番が出来るのも私は納得がいく話。
 けれど、「人と比べ」て叱ったり怒ったりするのは、ちょっと違うと思う。人と比べて褒めるのがいいのかどうかも分からないけど、叱られたり怒られたり指摘されることが人と比べられるなんて、ちょっと切ない。比べられる対象が近ければ近いほどそうかな。
 
 そこに「贔屓」が在ったりするのも人間だし・・・・って考えてる自分が小さいんだろうけど。

 叱り方とか指導の難しさは、そこなんだろうなと感じます。自分が指導する立場になったとき、自分が言われて嬉しい事、自分が言われて嫌なこと、凄くすごく考えながら伝えます。時にはぶちまけることもあるけど、誰かを出してきたり、誰かと比べたりなんて事だけはしてないはず。その人をちゃんと見ていたら、その人のいけないところは言葉で伝わるはずだし、それが指導ってものなんじゃないかなって思ったりします。一遍に100人近くの指導をしている先生には、なかなか難しいことかもしれないけれど、看護がそうであるように、教育にも個別性が大事だと思うんですがね、私。

 なんというか、昔々の記録を見ていたら、申し訳ないけれどこの先生は、私という学生に対して指導する気はまるで無く、それは引いては「指導するに足らない」ので、もう少し勉強して来いという事なんでしょう。そういうのがとても読み取れて、過去の自分ながら悲しくなった訳であります。
 学生時代の私はそんなこと考えもせず、ただ自分の落ち零れ具合にへらへら笑っていたのかもしれないけれど、色んな体験をして、大学を出て大学の教育のありがたさと実用性を感じた私としては、この指導すらも後に役に立ったんだなと思いなおしたりするわけですけどね。

 その時は必死で、周りの事も何にも考えずに看護やアセスメントや患者さんと向き合っていた学生時代。ここでこんな風に突き放されながらもなんとか細々と勉強して身につけた考え方や教育が、社会に出て臨床で、今も枯れずに残っている訳です。嫌だ嫌だと思っていたアセスメントが、患者さんを前にして波立つように考えられるのも(言葉にはなかなか出来ないけれど)、この指導のお陰。

 学生時代の私が、私という学生に匙を投げていた指導教官に対して奮起して勉強を頑張ったかといえば絶対そうではなくて、兎に角脱落しないでついていっただけなんですが、それだけでも役に立っているんだなとしみじみかんじる、卒後12年目の秋でありました。 (じゃあその時私に対して、○○さんは!といわれていたあの人は、余程凄い地位で凄いことになってるんだろうなぁ・・・ってか、なってて欲しいなぁ。)

 私がいた頃の大学の勉強は、兎に角自分でするだけでした。一般的な流れは教えてもらうものの、あとは野となれ山と成れ。吸収するか流すかは自分次第。アセスメントも、言葉と意味は教えてもらったけれど、結局やり方を教えてもらったわけではなく、試行錯誤で実習記録を作成し、その都度

「これはアセスメントではない!」

 と突っぱねられて開眼するといった感じでした。だから今でも、アセスメントって何?と問われても、何だか上手く説明できません。職人技というか、見て習え、体得しろ、感じて得ろという感じです。そしてまた、正解もないものです。(なのに不正解だけはいっぱいあるんだよなぁ〜)

 大学って、自分の勉強する姿勢一つで善にもなり悪にもなるもんです。私は勉強が嫌いなので「勉強しただけ返って来る大学がいい」といって看護大学へ入りましたが、今になってようやく分かります。勉強嫌いの私がそれでもなんとか進んだ勉強の道は、とりあえず一つの取りこぼしもなく、漏れなく私の血となり肉となっているんです。
 
 ならばあの実習記録に投げられた「匙」も、一つの愛の鞭だったのかしらね?



 長くなったけれど、人と比べて誰かを叱ってはいけませんよというお話でした。


 え? 違ってたっけ?
 

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
あまり深刻にならないで人生楽しめば良いんじゃないですか?例の玉袋の話の続きが聞きたいです
ななし
2009/09/23 12:14
 玉袋の話って・・・続きがあるようなものでしたっけ?

…この手の話を書き過ぎて、どこへ行ったのか分からなくなっているような気がしないでもない私です。
 シモネタもあるけど、なかなかそこは書けないものです(^^;)流石に女を捨てなければ!!!
 ご期待に沿えずすいません
うまうま
2009/09/23 22:45
例の「タマ切る」とかいう会話ですよ。
楽しそうに書かれていたので。
うちの旦那は風呂上りに全裸でベリーダンス・・・
玉袋がまさに引き千切れんばかりに・・・
ななし
2009/09/24 01:35
 お返事遅れましてすいませ〜〜〜ん。

 あの玉袋の話、そんなに楽しく書いてました!?豪快下ネタで行ったほうがいいですかね(^^)
 実はあの話、最後は尻すぼみですよ。実際のオペに付いた後輩は、「お話の通り、玉を切ってました!」と報告してくれまして。
 「玉がどうのというより、先生にヤキを入れてしまいました。」といわれたんで、「何があったの?」と聞いたら、

「先生と看護師の私2人でオペをしていて、『ここを電気メスで焼いて』と言われてそのとおりにしたら、先生の手袋が破れていたみたいで、

『あち〜〜〜〜っ!!!!』

 どうやら電気が先生の手まで焼いたみたいです。」
 
 とのこと。その時の先生のリアクションが、かのリアクション王もビックリするほどのモノで、持っていたセッシは吹っ飛び、先生本人も手でで玉を支えていたのを放り出して飛び上がり、術野から2メートルほど後ずさったと言います。
 そんなこんなで、玉とは関係ない締めくくりだったのですよ。

 旦那様も、玉袋にはお気をつけくださいませ♪
うまうま
2009/09/26 21:14

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