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<<   作成日時 : 2009/11/13 00:09   >>

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 忙しいです。

 何がって言われればよく分からないんですが、そういう忙しさってありません?気が付いたら何時も何かをしていて、時間がないって焦ってるような。けど急いでやらないといけないことも「まぁいっか・・」なんて考えてみたり。だとしたら一体どこへ時間が飛んでいっているんでしょう!? お金と一緒で、いつの間にかなくなってるんです。

 そんな「いつの間にか」なんて、やだなぁ。

                    

 仕事が忙しいかといえばそうでもなく、勤務時間内にはもうハチャメチャに忙しくて、忙しいなんてもんじゃないのですが、終わってしまえば「まだ定時内」という状況で、残業もなく退勤してます。これだとますますお金が稼げない。普通のオフィスレディと変わらないくらいのお給料。常勤の看護師さんなんて、そんなものです。うちの手術室には特別手当だってないし。

 お金お金って言ってもなんだか淋しいですが、老後の事を考えたら本当にお金って大事。まさしく孤独死しないためにも、お金!!!! 世継ぎがいない今は、本当に自分しか頼りにならないって、しんどいですわ。頑張って働きます。働いてお金ためて、人生楽しんで生きていかなきゃね! 楽しむ為にもお金が・・・・(なんだか守銭奴みたい)。

 にしても、私の財布の紐はストレスと正比例して緩みっぱなしですけど。

 今日のお仕事は、不思議なことにマイナー手術ばかり。しかも、人間の穴という穴に突っ込みまくりの手術内容でした。唯一、整形外科の膝関節鏡についたけれど、それだってACL損傷だったので、膝関節の穴にカンシ突っ込んで処置した訳ですけど。

 木曜日のマイナー手術と言えば、耳鼻科と泌尿器科。

 耳鼻科は鼻の穴、
 泌尿器科は尿道と肛門にそれぞれ。

 私って、シモばかり!?

 にしても、痛いです。見ているだけで痛いです。

 耳鼻科手術についていた時、手術をするのは左鼻だったのですが、患者さんは右鼻に鼻炎を患っていて、一緒に焼灼術をしようという事になったんです。
 鼻の粘膜の内側からレーザーで粘膜を焼いて行く処置です。

 内視鏡でやっているので、先生以外は手出しが出来ない。直接介助で先生の前に立ち、一緒にテレビ画面を覗き込むだけの私。内視鏡では気を利かすことも少ないので、あんまりの手持ち無沙汰に

「これ、花粉症に効くの?」

 ぽつりと先生に聞いたところ、

「うん、これ、花粉症用のレーザー。」

「そーなんだ。じゃ、鼻炎とかは?」

「それは、アルゴンレーザーで焼く。」

「どう違うの?」

「鼻の粘膜の中を焼くか、表を焼くかの違い。」

「あ、そういうことか。」

 レーザーにも色々種類があり、丁度そこで使っていたレーザーは、鼻の粘膜に針のように先端を突き刺し、その中身を焼くもの。ゆで卵の黄身たけを焼くようなものです。アルゴンレーザーは、外科手術で止血目的にも使われる焼灼用のレーザーで、耳鼻科で使うときには、鼻の表の粘膜を焼くそうです。

 ここで疑問。

 焼くだけなら、永久治療じゃないような気がする。

 やけどが元に戻るように、粘膜も再生しちゃえばもとに戻ってしまうのでは?

「うん。2年ほどで再生しちゃうよ。」

「2年?」

 それが長いのか短いのか。
 実は花粉症ではない私には分かりません。

 2年の時間が、花粉症の方にはそれでもあり難いと感じるのか、結局また同じに戻るのかという程の短さなのか。

 アレルギーにはなかなか根本治療がなくって困ります。

 かく言う私も、アトピーが酷くなってきています。もともと頭皮に出ていたものはじくじくしたままだし、首筋(うなじ全体)に出てしまったものは段々かさかさの瘡蓋が出現してきていて、一枚皮膚が分厚くなった感じです。肌触りもごりごりで、哀しいほどにぼろぼろの私。
 左腕にもともとあった軽いものも、ここ最近酷くなり、今日は4件も直接介助で清潔手洗いをしたら、腕全体がかさかさで痒い痒い。

 何日も雨降りではあるんですが、乾燥肌で粉吹いている私です。

                        

 疲れすぎてなーんにも考えられないうまうまで、今日はぐったり。
 何冊も新しい本を仕入れているのに、ちっとも読み勧められずです。

 そんな中、漫画を読みましたことよ。もともと漫画は大好きなんですが、最近面白い漫画がなくって、本屋の漫画コーナーにも足が遠くなってしまいました。

「この世界の片隅に」
        こうの史代   双葉社

 戦時中の広島県、呉を描いた漫画です。こうのさんの漫画は「夕凪の街 桜の国」が映画になったと思います。これも戦中の広島が舞台。
 
 この作品は、戦中にも当たり前にあった生活を描いた、当時誰にでもあったどこにでもあった物語です。

 原爆の話というよりは、「戦時中を生きた主人公」の話です。物語の中には、とても印象的な流れが幾つもあるんですが、読み手それぞれがそれぞれに感じるモノは違うと思います。
 物語中のそこここにある出来事に、不意に感じる「生活感」。特別なことでなく、昭和20年にも同じように一年の生活があって、人々の営みがあったわけです。私達はどこかしらで戦争や原爆やhiroshimaを特別に思ってしまっているけれど、実はそんなに特別なことではなく、ただただ「大切」で「大事」な時間なだけなんだなと思うんです。

 「大事」っていうのは、忘れてはいけないって意味で、リボンを掛けてとっておく意味ではなくて。難しいけれど。

 今から考えれば悲惨な戦中、戦後の話なのに、今とは違う「情」があって、それは寧ろ心地よいくらいのもので。平和な今の方が、物の豊富な今の方が、どんなにか生き難く辛い事が多いものかと思う次第です。

 平和と引き換えにしてしまったものがあって、
 それは容易く「豊かさ」を感じられる何かで、

 けれどそれを捨てて得た平和の、
 なんと切なく脆く、薄いものか・・・。

 なんて・・・天邪鬼な考え方をして見たりします。

 戦時中に誰もが夢見た「平和」は、今のこんな平和なんだろうかな?
 もっと崇高で、もっと誇らしく、もっと胸に迫る豊かさだったんじゃないかな。

 爆弾が空から落ちてこないこと、
 怪我をしないこと、
 不安を掻きたてるサイレンで目が覚めることがないこと、
 防空壕を掘らなくていいこと、
 生活の傍らに遺体が放置されていないこと、

 食べるものがいっぱいあること、
 最愛の人を戦死という形で失わないこと、
 学校へ行くことが出来、働くことが出来ること、

 それだけが「平和」だったはずなのに。

 

 なんていいつつ、体重が増えている自分はかなり凹みます。
 美味しいものがお腹いっぱい食べられることは、平和で幸せな事の上位のはずだけど、今は違う。

 今は、哀しくて後ろめたいことの上位。
 これは、「幸せ」とは呼べないな。

 
 つかれたぁ〜



 思えば「この世界の片隅に」の中には、疲れたとかしんどいとか、そんな言葉は全然無いんです。作品最後のお手紙は、とてもとても胸に来ます。

 そんな風に、生きてみたいと思うんですが・・・。
 

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