〜近畿☆瀬戸内☆うまうま交響楽団 ♪

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zoom RSS ぐぅの音

<<   作成日時 : 2009/11/20 23:27   >>

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 金曜日の仕事が定時で終わって病院の正面玄関を出たとき、まだ薄明るかったのです。

「明るいなー。こんな時間に帰れるなんて久しぶりだなー。」

 お互いが近くに歩いていると何の気なしに会話が始まるものじゃないですか?その時丁度私の少し前を歩いていたのが、私の入社よりも前から病院にいるコメディカルの方で、何のかんのと知り合いの人です。他愛のない話も出来るし、仕事話もする。気の置けない先輩という感じの人。

「そうですね、そちらの部署はいつも朝早くて夜遅いですもんね。」

 暮れかけたとはいえまだまだ明るい中、少し遠い駐車場までを、その方と話しながら歩きました。随分と寒くなってきていて、街を歩いている人の中にはダウンコートを羽織っている人もいたりします。厚手のコートを出さなければと思いつつ、スプリングコートのままの私。少し寒い。
 2人して肩を竦めながら歩きつつ、その方が徐に言いました。

「ねぇねぇ、30代とか40代とかで、誘ったら来る人いない?」

 はい?

「30代40代? なんでまたそんな(微妙な)年頃?」

「今度、その年代の人達を集めて交流会をしたいって言ってきてる人が居てね。」

 この方、仕事柄色んな立場の人と交流があり、しかも男性ばかり。女社会の看護師たちにとって、結構「合コン」成るものを開いてくれる要の人だったりします。つまり、「交流会」といわれれば要は「合コン」、対象は独身オンリー。
 なので、話に困った時にはこの人に頼むのが院内に於ける一筋の藁。以前一回だけ私もお世話に成ったことがありますが、流石に後輩を連れて行ったので、皆年下だった・・・・

「20代ならいっぱいいるけど?」

「ううん、30代40代なんだよ。」

「うちの上司とかは?」

「前回誘ったら断られた。」

「やっぱりね

「誰かいない?」

「そーだなぁ・・・。」

 自分と、別の部署で働く後輩と、顔見知り程度の先輩の顔が浮かびましたが、話が先へ進むようなら誘ってもいいかな・・・程度の感じで『いることはいるけど・・・。』と曖昧に返事を返したら、

「そうかぁ。じゃ、この話握りつぶそうかなぁ・・・」




 
 もっと押して来いよっ!!!





                  

 因みに、この方は私を誘うという気持ちは全くないようで、「うまうまさんはどう?」なんて一言も言いませんで・・・。終始『誰かいる?』



 私が居るがな!



 と思ったけど、実際一人でも行くかと言われれば行かないので、突っ込みませんでした この歳になると、合コンの話も紹介の話もトンと来ないように成ります。変な話、この歳になっても一人で仕事していたら、

『男なんて興味ないんだ。』

 と思われるのがオチです。
 そう思われないためにも皆様、若さは保っておきましょう
 
 最近、恋愛については「恋がしたいと、結構色んな人に豪語しているつもりなんですが、誰も本気で取り合ってくれないんですよ。冗談ではなく、本当に 笑い話か冗談かと思われるようで、真面目に真剣に、涙目で訴えても

「あぁ、はいはい

 てな具合。
 私ってそんなに恋愛話に疎そうかなぁと、自分を省みたりします。

 モグラーずの中でも私のイメージは、意外とお堅いようで、話をしていると大概「先生みたい」と言われる事があり、ちょっとがっくり。

 難しいことをいってるイメージが強いようで、その筆頭が本の話のよう。

 モグラーずスタッフ、殆ど本を読みません。聞いても聞いても、聞く人聞く人「読むとしたら雑誌くらい」という感じ。時々のベストセラーなどは読んでいる子も居るんですが、私が読んでないので話が合わず。本の話は、大概応援できてくれている麻酔科の先生としたりしてます。
 看護研究の為、論文を書かなきゃいけない後輩にも、

「恥ずかしくない日本語のためにも、本を読め!今から読んだら一年後の看護論文は何とかなる!」

 とハッパかけているのですが、いつも

「無理ですー!本なんて読めませんー!」

 ・・・・読み書きできるだろう、君!
 とりあえず、活字を読んでもらわないと、日本語でない看護論文が出来上がりそうな気がするので、

「恋愛小説なら読める?」

 と聞くと、

「はい!それなら!

 元気よく答えるので、

「じゃあ、どれでもいいから、○○さんのどれかを読んでみたら?最新作でもいいよ。」

 と、大人のための恋愛小説の新鋭を説明しておきました。私が『ちょっと子供っぽい』と思った人だから、後輩には丁度いいだろう。
 
 さて、その本の話。
 ココのところ、珍しくファンタジーに嵌っている私。お陰で、晩御飯の後は大概お菓子を齧りながら本を読んでいるので、体重がやばい事になりつつあります。そして、ブログが歯抜け状態

 10月末から私の人生はとっても暗くて、自分の存在価値とか生きてる意味とか居場所とか、兎に角何もかもが暗闇なのです。仕事をしていても涙が出るほどしんどくて、胃が痛くて背中が痛くて、恥ずかしいくらいの不定愁訴に悩まされています。
 死んでしまう理由も見つからないけど、生き続ける理由の方がずーっと見いだせなくて、生きているのか死んでいるのかという感じの毎日。何の生産性もなく、ただ酸素を消費し続けているような非エコ人間です。

 それを救ってくれた訳ではないのですが、久しぶりに没頭できた本があります。といっても、2日だけまぁ、ファンタジーに嵌るという現象自体、現実逃避みたいなものなんでしょうが、そのファンタジーを脇に置いて耽ってしまったのが、


「若き友人たちへ  -筑紫哲也ラスト・メッセージ-」 
                  筑紫哲也: 著  集英社新書


 この一冊です。 新書という分野にはまるで興味がなかったのですが、この本は各書店でも人気ランキングの上位に入っている、今話題の新書の一つです。
 新書という形にした筑紫さんの想いが、何となくいつもテレビで見ていた、場面が終わる瞬間に俯き加減ににやって笑うあのイメージに重なります。随筆でも小説でもなく、新書。

 あぁ、ジャーナリストなんだな

 という思いです。 気がついたときから、筑紫さんは私の中ではテレビの中の人でした。けれど、新聞も雑誌も経験している、いわばジャーナリズムの全てを網羅してきた人。全てを深みまで追求した訳ではないのかもしれないけれど、この人は関わっただけで直感的にその分野のジャーナリズム論を理解してしまう野生の勘のような感性を感じます。だから、なんだか「凄い人」に見えてしまう。

 とても器用な考え方の持ち主で、その器用さの良さも間違いも知っている。つまり、自分をとても客観的に見ていて、自分で自分を見つめているような表現がとっても多くあるんです。この人ほど自分自身をちゃんと分かっている人は居ないんじゃないでしょうか?

 内容が大学での講義を主体としている為か、テレビでよく見聞きしていた筑紫さんのおしゃべりのスタイル、抑揚、表現の仕方や身振り手振りまでが活字に彩となって宿っているようです。きっとココからココまでの文章は、息をも付かぬ勢いでどわーっと喋って、あとから恥ずかしそうに笑いながら補足したんだろうなぁと、想像できるほど。
 言葉の使い方や喋り方が人となりを表すことはあるけれど、印刷された活字がその人を表現するなんて、面白いことだと思いました。

 そんな読みやすさもさることながら、筑紫さんの考え方自体がとても興味深く、面白い。でも、私には一瞬では理解できない
 読み直して読み直して、なんとか「こういう事かな?」と感じて読み進めていると、どんどんわからなくなることがあるんです。読んでいる間に声をかけられたら、どこを読んでいたか、どこを理解しようとしていたか分からなくなるんじゃないかという程。なんというか難しい。難しいけど、面白くて単純明快 目からウロコって、そういう事。難しいけど簡単で、簡単だけど難しいって事。

 しかも、この歳の人がこんな考え方が出来るのか?という程、私達に身近です。筑紫さんなら小難しいことをいっぱい考えていて、想像もつかないことを考えているようだったけれど、種を明かせばそういう事か!という感じです。しかも、大体が「そんなこと考えても見なかった」という事だったりします。

 題名の通り、大学で講義している筑紫さんから、講義を受けている若者に向けての語り口の本。

 その若者を、筑紫さんは「若き友人」と読んでいます。

 1935年生まれの筑紫さんは、生きておられれば74歳。
 講義を受けている若者達は20代。

 74歳の方から20代の若者達への話。

 私はその間。

 筑紫さんの言葉に「?」を飛ばす若者の事も分かるし、筑紫さんが「駄目だよ!」と嘆く「最近の若者達」への気持ちも分かる。

 だからこそ、面白く読めたのかもしれません。
 
 そして、そもそも自分とは何か?
 自分はどうなりたいのか?
 自分を取り囲む日本はどうなっているのか?
 どうなっていくのか?

 私達が信じてきたものの正体はなんなのか?
 私達は本当に自分で判断したものを信じてきたのか?

 ジャーナリズムに掛け合わせて、色んな事を教えてくれます。「これがこうだ!」という「教える」ではなく、考える道しるべをくれています。自分で何を考え、何を行うべきなのか?

 幸せになる為に、
 誰かを幸せにする為に・・・

 思えば、筑紫さん自身が何時もこの事ばかりを考えてきたからなんじゃないでしょうか?ジャーナリストとして、一人の人間として、家族の一員として。大なり小なり、自分よりも「相手」を思っていろんな事を一生懸命考えてきた最後の一歩が、この本のような・・・。

 後書きにかえて、筑紫さんが15歳の頃に書いた作文が載っています。




 15歳。




 15歳の筑紫さんの中に、74歳の筑紫さんが既に存在します。
 過去があって未来があるように、

 未来があって、過去もあるんだと思う作文です。

 


 話題のある本です。多分きっと、沢山の人が読んだと思います。
 きっとその大半の人が、今後の人生で2度3度とページを捲る事でしょう。


 本当に、なんとも言えず、面白いんです。      

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