〜近畿☆瀬戸内☆うまうま交響楽団 ♪

アクセスカウンタ

zoom RSS 雅言

<<   作成日時 : 2010/01/11 01:31   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 溜まりに溜まった携帯電話の「受信メール」を整理していたら、日付が変わっていました 皆さんはこの携帯のメールどうしてます?来て読んだら直ぐ消すっていう人も居るだろうけど、私はダイレクトメール以外とりあえず残しておくんです。だから常時結構な数のメールが残っていて「そういえばあの人のあのメールに書いてあったな・・・・」というメールを探すのは苦労します。

 大事なメールは全部保護して消されないようにしているんですが、用件メールだったり、どうしようかなと悩んでいるものを整理していた訳です なのに、友達からの沢山の励ましメールだったり苦言メールだったり、宝物のように一杯あって消すに消せず、結局全部読み返して一通も消さずに終わったのが今

 なんだったんだ?

 単に読んでその時の気持ちを思い出したりしていた次第です。
 面白いことに(いや、全然面白くないんだけども)2008年に私が恋愛をしてから、色んな話を友達に聞いてもらっていたので、その返信メールやら励ましメールやら「どうしてる?」メールがかなりいっぱいあって、読みながらウルウル来てしまいました
 このときから考えれば未来である「今」に、こんな況になるとは露も知らず、私が右往左往しておろおろしてバタバタして友達を引っ張りまわしていたのが良く分かります。恥ずかしいような、愛いような・・・・

 読み進めていたら、丁度彼の異動が決まって「どうしようって私がパニクって居た時に友達がくれたメールに、やっぱりまたまた目を惹かれます。その当時もそのメールがとても私の支えだったんですが、今読み返しても「あぁ、そうかも」って思ったりします。
 彼の異動が決まって、どうしようって思いながらもパニクってて、ますます小さくなってた私に、その友人は

「ちゃんと気持ちを伝えなさい」

 と言ってきたんですよね。それは異動と関係なくずーっと前からそういわれていて、けれど考える間もなく彼は結婚してしまって、既婚者にそんな事言って追い討ちかけてどーするよ!?って気分だった私。でも異動するってことになってしまえば、言わないことの方が後悔しそうだっていう気持ちとの間でグラグラしていたんですよね。思い出します、その時の事 もうそんな悩む歳でも悩む状況でもなくて、答えだって分かっていて道は行き止まりなのに何考えてんだか!?って言うほど悩んでたっけ

 そしたらその友人が、

「絶対伝えないと駄目だよ。本物の愛なら、ちゃんと伝えないと。

 こんなに好きで、身体壊すほど好きなのに、

 その思いを大好きな人が知らないで居るなんて、駄目だよ。」


 と

 結局この後2月になるまでちゃんと言葉には出来ずじまいでしたが、このメールが私に「あ、そうか。」って思わせてくれたのは事実。あの時の気持ちを、読んでいて思い出しました。
 「伝える」って大事な事だなと 自分がこんなにじたばたしているのも、自分がこんなに悩んだり体調崩したりしているのも、伝えないと相手は気付いてくれないし、それほどの思いなんだと分かってくれしないんだと。
 ただそれだけでなく何故かそうだなっていう気分になったのは、私の我侭じゃないはず。今更押し付けは良くないって思っていたあの当時の私の気持ちが、不意に緩んだのがこのメールでした。

 相手を愛するってことは、相手は愛されるってこと。

 それが一人ひとりにどんな意味を持つかは、自分自身の中で噛み砕くとして、その当時の私は一方的にしか見えていないんだなと思ったし、今言葉に出来るこんな表現以外にも、何だかこころづよく響いてきたのを思い出します。
 だから2人でご飯にも行けたし、メールとはいえ自分の気持ちを綴って送れたんだと思います。

 携帯電話片手に、そんなことを思い出していた今日の私。
 2008年の私は、2010年の私がこんな思いでいることや、こんな状況でいることを考えもしなかっただろうな。

 こんな状況って言うのがまた複雑なんだけど・・・

                    

 とまぁ私の携帯メールには、そんなこんなのすったもんだが一杯詰っていて、その合間合間に彼のメールが入っています。2009年の3月24日に貰った、たった数行の最初のメールを読んでいたら、涙が止まりませんでした

 ま、いっか。私の恋バナはもうお終いだよね

 世の中昨日から3連休なんですよね 私も久しぶりに待機のない3連休ではあるんですが、昨日お琴の練習がはいっていたのでどこかへ出かける予定も立てることなく過ごしています。
 明日は退職しちゃった看護助手さんのお宅へお邪魔するので、完全フリーなのは日曜日だけ。本当だったら乗馬に行く予定にしていたんですが、レッスンの予約を入れ忘れてしまい、気付いたらクラブも閉まっている・・・・。また初乗りが遠ざかります

 お昼まで本を読みながら過ごし、午後から相変わらずぶらぶらとドライブへ出かけました 去年見つけた美術館めぐりの一つをしようと思ったのですが、今この時期は展示の入れ替えなどで企画展が殆どやっていないんです。
 常設展だけだとしても見応えはあると思いなおして高松へ出かけたんですが、なんか気が乗らなくて結局街をぶらぶらしただけになりました。

 高松の町って、四国のどこよりも本州に近い雰囲気があります。徳島の街の大らかさだったり、松山のかしこまった感じ、高知の大雑把だけど大陸的な大きさを感じさせる雰囲気っていう、「四国」ならではの感覚が高松にはあまり無い。
 日本のある程度の都会って言うイメージそのもので、狭い範囲にぎゅうぎゅうに沢山のものが詰っているイメージは、四国の街にありがちな「ドンブリ」的な感覚が無いんですよね。松山の道も狭い広いが両極端だけど、高松の道は結構せま目。高松に住む乗馬クラブのお仲間さんが以前

「高松と松山は『四国第一の都会』の取り合い

 と言っていたのを思い出して、思わず噴出しました。瀬戸大橋から近い分、松山よりは本州の都会と繋がりがある高松の方が本州に似た街になりやすいでしょうね。その点、松山は『マイペース』。 まあこれは私の感じた町の感覚なので、本気にしないでくださいね。高松をぶらぶらしていて感じたことだけです。でも自分が身近に知っている街と雰囲気が似ているので、親近感はあります。

 帰ってきたらわんこの熱烈歓迎を受け、暫くしたら

画像


 何で遊んでくれないの?とばかりに、この顔で睨まれました。

                    

 今日は実はこんな事くらいしか書く事がなくて、正直スランプ〜〜 休日の私には『話題』がないのですよ。

 そんな中。

 いつもテレビの前が指定席のうちの父が、今日の夜のドラマ「筆談ホステス」を興味深げに見ていました。 (絶対本は読んでいない。)

 同じ部屋に居るのでどうしても私も見てしまうんですが、そのドラマの中で里恵さんが書いた一言の中に、マザー・テレサの言葉があったのに気付きましたか?ドラマの中では何の注釈もなかったので、知らない方は里恵さんが考えたことだと思うかもしれません。 
 でももしかして里恵さん自身が同じことを考えていたのかもしれませんね(すいませんが私も本を読んでいないので、原作がどうなっているかは分からないのですが。)

「大切なのは何をするかではなく、どれだけ心を込めるか。」
 
 言い回しは色々なものがありますが、これはマザー・テレサの言葉です。何故分かるかといえば、私が一番好きな言葉だからですし、この言葉を私も同じように彼の人に贈りましたから

 もしかして里恵さんは、マザーと同じことを考えて、マザーと同じ結論に至ってこの言葉を書いたのかもしれません。だから『彼女の言葉ではなく、マザーの言葉です』と言うのではなく、『マザーと同じ言葉です。』と言うのが正しいですね

 私はマザー・テレサから知ったこの言葉、この気持ち。
 里恵さんは心の言葉で綴りながら、その極意を知っているのかもしれません。

 美しい上に教養もユーモアもあるなんて、素敵ですね
 しかも、美しい字です。
 おまけに万年筆はモンブラン書き易そうで、私も欲しい!!!!





    父が何故このドラマを真剣に見ていたのか、その理由は闇の中
 
 

にほんブログ村 犬ブログ 犬 闘病生活へ
にほんブログ村

にほんブログ村 病気ブログ 看護・ナースへ
にほんブログ村

2011.10.21より参加しています。ぽちっと応援よろしくお願いします。

初心者なので、どの記事にもどちらも載りますです。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
雅言 〜近畿☆瀬戸内☆うまうま交響楽団 ♪/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる