〜近畿☆瀬戸内☆うまうま交響楽団 ♪

アクセスカウンタ

zoom RSS 心の深淵

<<   作成日時 : 2010/05/31 23:13   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 近頃の私の周りは、

 夫婦観

 がテーマ。

 何の事かと思ってるけど、

 「それぞれの家庭にそれぞれの夫婦の形があって、
 
  それぞれの幸せがあって、

  比べようもなく、比べるものでもない」


 と言うような感覚。当たり前っちゃ当たり前。

 何故か独身予定無しの私がそういう事を第三者的にしみじみ感じてしまう訳です。

                  ♪

 事の発端はまぁとあることではあるんですが、その発端の次にひょいと顔を出したのが、スタッフの中でのこと。後輩達が結婚してそれぞれの家庭を作り、主婦大ベテランの先輩も居てっていうモグラーず社会の中の孤独なもぐらっちの私ですが、ふと何気なくぞれぞれの様子を俯瞰して眺めていると、

 家庭の色ってそれぞれで、夫婦の形ってそれぞれだな。

 と思う事仕切りです。(そんな事を考えるきっかけは別にあるんだけど)
 友達みたいな夫婦もあれば、恋人の延長線上みたいな夫婦もあり、子供がいてようやく幸せを得た家庭もあれば、居なくても平気って言うところもあり、作れなくて悩んでいてもお互い支えあっている夫婦もあり、共稼ぎで顔を合わせる時間が少ないにもかかわらず信頼関係がぶっとく強固なベテラン夫婦もあり・・・。

 人と比べてどうだってことが出来ないのが幸せの形であり、夫婦の形やあり方だったりするんだなと思ったりします。地位や名声、数や形で判断できるものに囲まれている昨今、思わずそうして形のない触れないものや、他人の感覚のものまで数字や言葉で表現しようとしてしまいがち。
 けれど、それって絶対違っていて、どう見ても幸せそうなのに顔色が浮かなかったり、どう考えても「嫌だ」と見えることでも本人達には喜びだったり、頭では「そりゃそうだよなぁ、人と自分の物差しは違うよなぁ」と思っているくせに、実際、思わず比べてしまっている訳です。無意識のことなので、私だけではないはず。

 そんな話をしたのが、仲良くさせてもらっている先輩の一人。

 自分は本当に幸せなのか?と考えて考えて考えすぎて押し黙ってしまう。幸せなら喧嘩なんてしないんじゃないか、喧嘩するのは幸せじゃないから?なんて考えて考えて考えすぎて、俯いてしまう先輩。
 そういう性格を根本に持っているからといえばそうなんでしょうが、この先輩は自分と同じ位の幸せを相手が感じているかどうかも心配になるほどの相手主義者。だから考えすぎて自分が幸せを疑っていたりすると、向こうも疑っているんじゃ無いかと心配になる。

 傍から見れば「そんなこと!」って思うけれど、本人は真剣。

「友達の家にお邪魔してね・・・お暇して家を出た瞬間の、あのなんともいえない空虚感・・・・分る?」

 そういわれて、何だか微妙な気持ち。思いすぎて思いすぎて、やっぱり気持ちが過ぎてすれ違うんだよなぁ〜なんて思いながら、それでもいいアドバイスもなんもできなくて、

「比べるものじゃないですよ。自分が幸せと感じる形を思い描いて、向かっていくだけじゃないですか?」

 なんて事しか言えない。
 思い描く幸せの形が、相手と違うんじゃないかと、また先輩が心配するんだろうけれど・・・。

 上手く伝えるのって、難しい
 
 夫婦のありかたって、本当にそれぞれ。どれが良いとかもなければ、どれが正解もない。
 自分が大切に思う相手だからこそ、自分と同じように感じて欲しい。
 自分よりも大事な人だからこそ、自分よりも幸せを感じていて欲しい。

 なのになんで上手くいかないんだろう?

 そんな、堂々巡り。
 愛しすぎると、愛されすぎると、またそれも空回りしてしまう・・・

 勿体無い!

                  

 そんなこんなの「夫婦観」ですが、今日はそれに重なってまた珍しい体験をしました。珍しいって言うのも変な表現ですが・・・・。

 明日の手術の為に、術前訪問に出かけました。本当は私が直接介助で後輩が外回りなので、担当の後輩が行く予定だったのですが、丁度手が開かず、のんびりしていた私が代打をかって出たのです。直接介助だし、患者さんの情報を直接仕入れるのは嬉しい事。

 一通りの情報を得て患者さんの病室に伺うと、ベッドから帰ってきた声は何だかちょっとけだるげ。お年を召した方だったし、入院生活でしんどいのかなぁと思っていたんですが、顔が見える位置まで来たらにっこり微笑まれ、

「どうぞどうぞ。」

 と言われる。

 手術は何度も別の病院で経験されていて、特に全身麻酔でどうのこうのとはなす必要もなかったので、私自身も手術の情報よりも患者さんとの会話を楽しむつもりで状態を聞いたり、日々の生活の事などを聞いていたんです。
 ちょっと私達の病院に通ってくるには遠い場所に住んでいらしたし、情報によると数年前に旦那さんを亡くされて一人暮らしとのこと。話される口調や様子を伺っていたら、それでも精力的にしゃきしゃき動いているおばあちゃんなんだろうなと思っていたら、

「主人が亡くなってからというもの、何にもやる気が起きなくて・・・・」

 あら・・・・

 今回は足の手術だったのですが、同じ手術を過去された事があるんです。
 その事を聞いている途中のこの言葉。

「以前の手術はまだ主人が生きていましたし、何が何でもよくならなければと思っていたんだけど・・・」

 その手術の後暫くして旦那さんが他界、その後一人で家を守りながら暮らしていたら、同じようにまた足が痛み出してどうにもならなくなったというんです。
 
「以前手術してもらった病院へ行こうと思ったんだけど、今よくしてもらっている兄弟の息子がこっちに近くて。まだ主人が生きていれば、自宅から近い向こうの病院に行こうかと思ったんだけど・・・・」

 そうだよなぁ・・・自宅遠いよなぁ・・・

「それに、私の友達の○○さんがココの病院で手術をしてもらってね。とても良い先生だからって言われて、じゃあって決めたの。」

 これぞ口コミ。

「家での生活も私一人でしょう?だから何にもする気が起きなくて。」

 生きている中で受けるストレスの大きさを、数字で表したものがあります。ストレスコーピングなんとかかんとかの勉強で習ったのですが、生きている中で配偶者の死というのは、ストレス度第一位です。
 それを目の当たりにするようなご夫婦だったのです。

 それから暫く、家の事やご主人の事を聞きました。聞いているとこっちもどんどん聞きたくなって、「うんうん」と相槌を打ちながら、「ええっ!」「凄いですね!」と驚きながら、ご夫婦の歩んできた道程にのめり込んでいってしまいました。

「主人と一緒に生きてきた土地だから、身内が全員こっちに居て、こっちへおいでって言ってくれても、何だか離れられなくて・・」

「分ります・・・」

「恥ずかしいけれど本当に大きな家でね、使っている部屋より余っている部屋の方が多いくらいなの。庭もただ大きくて、松やらなんやら、手入れが出来なくて・・」

「職人さんが必要ですものね、庭は。」

「田舎だし、もう誰も人が来ないようなところなんだけど・・・」

 患者さんは面白おかしく話ながらも、ふっとそこで遠くを見るような懐かしい目をして、

「主人が礎を作ったような町だから・・・」


 余計に離れられない・・・・


 夫婦の絆って、こういう感じなんだなって思いました。何か出来事があって、それを一生懸命2人で乗り越えて、どんなに素晴らしい奇跡とか愛の物語があっても何処かしら絆の薄さを感じたりする事もあれば、こんな風に何気ない毎日を2人で肩を並べて歩いているそれだけで紡がれ、強くなっていく絆もある。
 お互いが居なくなってもお互いが支えになる絆。もしかして別の夫婦から見たら「そんなこと」って思うかもしれないような事かもしれないけれど・・・私には、とてもとても素敵な事に思えました。

 主人がね・・・と言って笑いながら懐かしそうに思い出を語ってくれながら、ぽろぽろと零す涙が印象的でした。

「ごめんね・・・まだ涙が出てきていけんねぇ〜。」

「ううんううん、良く分ります。そういうものですね。」

「町の皆もよくしてくれるから、離れているのが何だかねぇ・・」

「元気になってまた帰らないといけんですね。家に○○さんが居ないの、淋しがってますよ、皆。」

「そうかねぇ・・」

 旦那様を亡くして、かれこれ5年が過ぎようとしていました。
 けれど思い出話で微笑みながら流す涙の暖かい事・・・。

「主人が働き振りを賞されたときにね、後にも先にも一回だけ、『これは妻のお陰です。』って言ってもらえたの。もうその言葉が忘れられなくて。」

「素敵なご主人ですねぇ

「そう、いい主人だったわ。」

 イメージするしか出来ない患者さんのご主人だったけれど、2人で思い出を偲びながら、

「戦争の時はそれはそれは大変だったのよ。」

 と、当時を語ってくれる患者さん。

 嫁ぎ先でどんなに苦労をしても、旦那さんが居たから良かったと語る患者さん。

 周りから「良い奥さん」と褒められるのがとても嬉しかったと言われる患者さん。

 全て全て、旦那さんって言う最愛の人がそばに居たからできた事だと断言する患者さん。

 自分の凄く頑張った事も、凄く必死だった事も、全部旦那さんのお陰にして笑う患者さん。

 そして、そんな家を離れられないと言う患者さん。

 今どんなに優しい親戚より、今は亡くとも旦那さんを求めてやまない患者さん。

 この夫婦にあった絆は古きよき日本の夫婦の絆で、今はもう廃れてしまいがちなものかも知れないけれど、戦争を知らず、物の豊かな時代に生まれ育った私が今聞いても「素敵」だと思える絆の物語でした。

「・・・・私達には子供がいなかったから。とてもとても欲しくて、作ろうと頑張ってお腹を切る手術もしたけれど、ダメだったの。」

 思い出話を語っている間に、ぽつりと患者さんが漏らした自分の過去。手術の事を話に来た通りすがりのような私に辛い過去をそれでも話してくれるのは、きっと今までどこかで話したいと、聞いて欲しいと思っていた事だったのかもれません。長い間、苦悩として抱え込んでいたものだったのかもしれません。

 通りすがりの人間だったからこそ、ぽろりと零れた本音・・・・そんなものなのかも・・・。

 周りで自分を気にかけてくれるたくさんの人達に囲まれながら、優しい善意に守られながら、それでも患者さんには抱え込んでいる過去や、話したい思い出話があって、それは自分を慕ってくれる人達には言えなくて、いつも笑顔で「元気」でいる。そういう人、いたりします。思い出話を語りながらぽろぽろ涙を流す事も、他人の私だからできた事なのかも。
 何年たって居ようが、その人がもうここにはいないことを思い切り泣きたい時も沢山在るはず。

 思わずもらい泣きしそうになって、

「・・・いい、ご夫婦ですね。」

 と返す私。

「ごめんねぇ、こんな話して。」

 なんていいながら、気がついたら手術の手の字も話さず部屋を出る私。
 患者さんにとって手術なんて、大した問題じゃないや・・・・なんて思えて、手術室ナース減点の私

 戦争も話も、当時の学校の話も、その頃の地元の話も、患者さんの人生のページを捲りながら、沢山してもらいました。

 これも、とても素敵な出会いの一つ。

 

 そしてますます、夫婦の織り成す「幸せの形」の不思議に思い至るのです。

 夫婦だけではなく、人と人が関わる限り、そこに生まれる「幸せ」の形を・・・・



 泣きたい気持ちを酌んでいける、

 笑顔の奥に無理やりしまいこんだどんな気持ちも見つけていける、
 
 「大切な事」を尊重できる、
 
 そんな人間になれたらと、再び心に思う今日一日でした。

にほんブログ村 犬ブログ 犬 闘病生活へ
にほんブログ村

にほんブログ村 病気ブログ 看護・ナースへ
にほんブログ村

2011.10.21より参加しています。ぽちっと応援よろしくお願いします。

初心者なので、どの記事にもどちらも載りますです。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
心の深淵 〜近畿☆瀬戸内☆うまうま交響楽団 ♪/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる