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zoom RSS 全てを認める神の業なり

<<   作成日時 : 2010/06/06 23:06   >>

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 焦点って何ぞや?






          



 ただ今、自分の目なのに何処を見ているか分らない状態。
 眠いのか眠くないのか、しょぼいのかしょぼくないのか。
 痛いのか痛くないのか。

 目の焦点、合わなさ過ぎ。

 お陰で今日はセンターラインを何度超えた事か・・・・。


          

 あっという間に6月です。といっても私の五月は本当にしこたま長かった気がします。いろんな事があって、色んな思いがあって、考えてみたらそんなにバタバタ忙しかった割りに、思い出というものが殆ど無い
 深く思い起こせば2010年の2月から、思い出というものが殆ど無い事に気付いたりします。なのに傷ばかり増えていく・・・難儀な人生歩んでいるうまうまでござんす。

 6月には言ってからと言うもの・・・・というにはとてもとてもこんな感じ→ですが、毎日ブログをつけるのが本当に


 無理


 な程の毎日でして、こんな事は口実にしかならないんだけども、とりあえず言い訳 前回の記事から気付いたらもう一週間近く書いていないことに成りますが、それでもちらりちらりと訪問してくれている方がいらっしゃるみたいで、嬉しい限りです



 うまうま、生きてますよ〜〜〜

 元気に手を振っております〜〜〜

 いつもより余計に回しております〜〜〜!!




    ・・・ナニガだ?

 生きているのは確かですが、「ちゃんと」生きているかは最早判別不可能。
 
 忙しいのです。
 とにかく目の回るような忙しさってこの事!?

 決して仕事がバタバタして残業ばかりと言うのではないんですが(それもあるけど)、気持ちもいっぱい、心もいっぱい(どちらも同じ?)、考える事はいっぱいで、身体以上に発酵した脳味噌がしんどいんです。

 毎日眠りが浅いので余計にだるいししんどいし・・・



 うわ〜ん!!!! 愚痴しか出てこないよ〜〜!!!



 という程、ちょっぴり感情も瀬戸際。きっともう少ししたら誰かに素で暴言を吐く 
 最近、自分がいっぱいいっぱいなもんで、人の「嫌なところ」が目に付いて仕方ないんです。逆に患者さんにはメッチャ優しくなれたりするので、先生に対しては毒舌吐きまくり。そのターゲットが大抵新藤先生だったりする。意外に新藤先生が唯我独尊?的な感じに見えてきて、そろそろ「新藤先生」の名前を返上しようかと思案中。
 
 そんなこと考えるなら別の事考えろよ〜〜

 ・・・てな具合ですけど。
 お陰さまで、ブログ休憩中も生きていましたとよ。(←私の周りは九州人が多い)
 生を続行していましたとよ。(←しかも方言を結構使う)

 前回の記事の患者さんの手術を無事に終えた後、今度は外科の患者さんの外回り看護に付き、そこでもオペ前のオリエンテーションが出来ないくらい患者さんと世間話や昔話で盛り上がってしまい、気付いたら一週間まともに患者さんと手術の話をしていない事になりました。あははっ・・・・

 外科の患者さんは既に手遅れと言えなくも無いほど、体中に転移が見られた方でしたが、それは検査上でのこと。データ的には決してよいとはいえない状態でも、会ってみたら患者さんはとてもバイタリティに溢れ、生き生きとした口調とキラキラした瞳で

「子供達に歴史を教えてあげるのがすきでね。」

「地元の歴史等を語ると、子供達がとても喜んでくれてね。」

「よく家内には『アンタは余計な事を言い過ぎ』って怒られるんだけどね。」


 なんて、色んな患者さん自身の事を話してくれました。長い間の仕事生活を抜け、自分なりに今後の人生の道筋と生きがいを見つけ、平均寿命を越えて尚

「人生の最後まで、青春は続くんだと思うよ。」

 と笑顔で語る患者さん。身体の中では色んな生命の戦いが繰り広げられているのに、その事実を患者さんは知らないでいるのに、やりたい事、遣り残した事を、未来への希望と共に語ってくれる方でした。
 ついつい私もそのお話に引き込まれ、飽きることなく患者さんの話に聞き入り、

「次は?次は?

 と、やっぱり前のめりになって聞いてしまっていた次第です。
 翌日の手術では、思ったよりも生命力をたたえた臓器を見、

「問題なく患部を取り出したよ。」

 転移部分には手を触れられずに終わったにもかかわらず、先生は満足げに私に言いました。こんな仕事をしているからなのか、「死期」を迎える患者さんの雰囲気には敏感です。何となく「あぁ、そういう時期だな」と感じてしまう。それは医療関係者なら誰もが感じている「感覚」でしょう。
  
 まだまだお迎えは先なんです。神さまは、この患者さんにしてもらいたい沢山の事を、退院後のこの方に用意して待っているに違いありません。そこに、沢山のみんなの笑顔を求めているのかもしれません。

 私に信じる神が居るわけではないのですが、人間の人智を超えた力がこの世にはあることを、看護師でありながら感じる事はあります。

 必要なところに道は開け、必要でないところには扉は出来ないし道は開かれない。けれど、行き止まりの道はどんどん出来て行くんです。同じように華々しく、木々に囲まれ、鮮やかな彩で。
 きっとその行き止まりの道は、自分の為に必要な道ではなく、誰かの為に私が行かなければならなかった道なのだと、今はそう理解できます。
 私は今まで色んな行き止まりの道を通ってきて、私の人生と言う道はきっと数え切れないほどの行き止まりが枝を伸ばしているはずです。そしてのその行き止まりの向こうに、誰かの幸せな人生が広がっていて、行き止まりに辿り着くたび、どんなに辛くてしんどくて暫く動けなくて膝を折っても、来た道を元に戻って歩き出しながら、私は私のためでなく、私は誰かの為に生きているのだと感じられる瞬間を生きているのだと思います。

 それを感じられるのが、それと気がつけたのが、私の人生の一つの成果なのかもしれません。

 私がいたことで誰かが幸せになることができるなら、行き止まりの道に愕然として倒れても、休憩を挟んでまた歩き出す事ができる。いいえ、きっとまた別の誰かの為、歩き出さなければなりません。元気に、行き止まりの道を突き進んでいかなければいけないのです。

 私がどんなに望んでもどんなに力を込めても私を消す事ができないのは、神がそれをお望みだから。
 誰かの為であっても、誰かの為に幸せを紡ぐ私と言う存在が、必要だから。

 そう思うのは、独りよがりかもしれませんけど

                  

 話が変な方向に行きましたが、何故人は生きていると思いますか?

 鶏が先か卵が先かの問題でもあるように、人間は何処から生まれたのでしょう?

 科学を超越して、人は何故作られたのでしょう?

 ただ存在するだけでなく、魂を作り、人という形に込めたのでしょう?

 意思を持ち、記憶を持ち、情報を操作し、記憶するのでしょう?



 誰も答えを知りません。自分が生きている意味をぼんやりと理解する事はできるかもしれませんが、そもそも人間が何故生まれ、何故創造されたのか・・・?進化という科学を超えて、何故「動物」だけではダメだったのか?魂を語り、情報を得、言葉にし、数にして、記録して記憶する。


 「神のなせる技なり」 
          森田 健 :著  アメーバブックス


 その一つの仮説が、この本です。ダンテの「神曲」で神の世界(?)を感じた訳ですが、それに続いてこの本を読むと、何故か全く別の次元の物語のはずで、「神」を語る方向すら違うのにしっくりくるんです。昔々も今も、何だか同じ事を考えて同じ事をぐるぐる巡っていたんだなと言う感じです。

 「神のなせる技なり」の中では、量子コンピューターが人間の記憶を操作したり、あの世とこの世の通信が出来たり、どこかしら科学的であるのにファンタジックです。ありえないことを難しい化学や物理が、さもありなんといったかんじで説明してくれます。

 私は二次元と三次元と四次元の区別もつかなくて、初めはちょっと戸惑いました。

 紙に書いた立方体は二次元で、高さが出たのが三次元で・・・
 そこまではよかったのですが、四次元ともなると「超」なんとかかんとか・・・・????
 五次元の壁?

 五次元って、一体どんな世界?

 質量がなくてエネルギーがあって?
 質量が無いから瞬間移動が出来て・・・?

 とまぁ、私の人生で一番暗い闇に追いやった化学とか物理とか数学とか、そんな分野の話で進んでいくので、難しくもある部分も在るんですが、それが不思議!根っから文系、いとおかしの世界の私でも、面白く読める物語です。

 輪廻転生、知的生命体の存在の理由、なぜ神は宇宙を創造したのか?

 そこに迫る一つの仮説。あくまでも仮説。だって神さまの正しい答えなんて誰も知らないですから。他にどんな仮説が在るのかは私も詳しくは知りませんが、科学に則って解明される一つ一つが、何だかとても面白く思えます。もしもしこの仮説が正しいとすれば・・・・この仮説に則るなら、私達が体験する一つ一つが重要なものである事が良く分ります。哲学でありながら人生論で、化学であり物理でありながら心理学のよう。

 物語の作り手は決して小説家ではないので、臨場感溢れる表現だったり、リアルな抽象だったりする事はないのですが、だから寧ろ淡々と進んで行く物語が「ふぅ〜〜〜んと読めてしまうのかも。

 二次元のものが三次元になってひっくり返せて・・・・

 と言うところからケッつまずいた私が言うのもなんですが。しかも、脳外科医が脳の専門家で、だからと言って脳の科学を理解して脳のようなコンピューターを作り出すというのも「ん?」という感じだったけど、そういうのもありね。
 
 性格は記憶に左右されて、
 神は悪も善も裁くことはなく、
 情報はビッグバンを通過する。

 色んな言葉が印象的な響きで語りかけてきます。
 ただし、「情報」と言うのが一体何次元の話なのか、私に皆目検討も付きません。

 ・・・・こんな読者でごんめよ〜

 でも、お勧めです。決して難しくは無いけれど、生きているうちに起るすべての事が、確かに科学的に必要な「情報」となりうること、そうした経験の一つ一つが「自分」の性格を形作る事、そんなことを考えさせられます。

 精神的に分ってる事なんだろうけど、科学的に言われてしまっては頷くしかないかな、と言うにが笑いの呈でもあるんだけどね。

                       ♪

 という訳で、いろんな事に頭を使い、いろんなことに身体を使い、心身ともに極限の慢性疲労という事は分かっていただけました?

 てへっ

 この週末も、お琴の発表会やら何やらで、何キロあるんだコラァ〜という程重いお琴を担いで走り回っていたのです。 お陰で、私達門下生は皆漏れずに寝不足。

 一年で何度かある大きな舞台が一つ終り、やっとこさ



 終わったぞ〜〜〜!!!!



 という気分です。
 ヘロヘロに疲れていたので、思いっきり力いっぱい、違う小節を弾いていた私。

「間違っても思いっきり弾け!」

 と、いつもお師匠さんが言うアドバイスに従いました。
 

     ・・・・面目ない・・・・

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