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<<   作成日時 : 2010/11/08 21:38   >>

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 今日は休日をもらったので、お昼寝と買い物に費やしました。

 なので、昨日・一昨日の話。

                 

 すでに日付と曜日の感覚がなくて、いったいいつにどんな患者さんと会ったのかも分からなくなってる事態なんだけど、救急外来には色んな患者さんが来ます。
 いろんなといっても、病態もいろいろ、診療科もいろいろ、患者さんの年齢も性別も、生活背景も貧も富もいろいろといった具合。よく戦争や内乱や、そういった類の漫画や読み物を目にしていると、社会主義はみんなが平等でみんなが同じというイメージで描かれていて(実際モットーはそういう事なんだろうけど)、そこには貧富の差がないといった意味合いで出ていることがあるんだけど、はたして社会主義だ、資本主義だという事だけで平和はやってくるのかも疑問で、貧富の差って結局人間の中に差別意識とか劣等意識とか特権意識がある限り無くならないもんで、つまりは支配するものされるものという図式がある限りは平等なんて言葉はないもので、じゃあひいては平和ってなんじゃらほいってことだなぁと思うわけです。

 小さな病院の一救急外来で一日仕事をしているだけで、『平和ってなんだ?』と思える、穏やかそうで穏やかならぬ日本の一場面です。

 日本は世界から見てどんな風に思われているのかは別として、良いイメージとしては治安が良かったり町が綺麗だったり、平和で穏やかで、とにかく安全でみな中流意識で、識字率が高くてっていう感じなんだろうけれど、小さな島国日本の、小さな一地域では、貧富というか、生活の質のレベルは天と地との差があると感じるのであります。
 医療現場、特に救急などでは、その人の生活のさまっていうのがよくわかります。生活のレベルだったり、価値観だったり、経済状態や家族の様子まで、そりゃ個人情報なんのそのって感じです。ヘタしたら冷蔵庫の中身まで想像できちゃうかもしれない。(それほど、人って毎日の生活習慣が自分の中に沁みついているのですよ。)

 だから何が言いたいのかと言えば、平和そうに見えている地域でも、『平和』って言葉が何を意味するかによって全然違う風に見えるっていう事なんです。

 平和って言葉が戦争がないってことになれば、戦闘機が飛ばなくて、銃を突き付けられなくて、道端で倒れることがないっていうことなら確かに平和。どこへ行っても日本は平和。
 では平和ってことが『死なない』ってことなら、それはありえない平和。急に死ぬことがないとか、自殺や事件がないとか、事故がないとか、そういう事であっても永遠に平和ってないんだろう。人が生活して進化していく限り、そういう意味での平和ってなくならない。

 んでは、平和って何ぞや?ってことになる。

 突き詰めていったら平和って人の心の中の問題であるような気がしてくる。思いやりがあって、人を憎むことも羨むことも妬むこともなく、平静としていられること?

 生活の中での悪いことって、大概そうした人間の感情の行き違いから生まれる気がする。困窮も甘えも上目線も妬み、嫉み・・・全て人の心のなせる業。憎んだり嫌ったりするのも、結局自分にとって『嫌な』事だから。自分中心の世界の中で、自分にとって良いと感じるものばかりではない限り、『平和』ってないんじゃないかと思うと、結局平和って誰にも作り出すことのできないもののような気がしてきたりする。

 一時間生活するだけで、いい感情よりも『悪い感情』に支配されることの方が多いこともある。

 なんだこの人?
 なんで私が?
 どうして?

 そう言った感情。人によっては全て受け入れている人もいるけれど、受け入れるまでには葛藤があるはず。そこに必ず負の感情がぴりっとやってくるもの。
 
 虐げられることを受け入れる人はなかなかいない。「いつかきっと」と思いながら、そのいつかがいつになるかわからない不安に生涯耐えられる人なんていないはず。どこかで折り合いをつけるように爆発したりするものだし。
 虐げられると、逆に開き直る人もいる。私がこんな風なのは、○○のせい・・・。この考えが実は富める人にも多い。自分は素晴らしい才能を持っているのに、発揮できないのは○○のせい・・・。これは人間の『逃避』のために必要な考え方の一つなんだろうけれど、それが横行して『当たり前』になってる気がする。

 私が働くのはなんのため?
 私が生きているのはなんのため?
 私がこんなにしんどいおもいをするのは、何のため?

 その答えを、結局人に求めてしまう。こんな心の葛藤がなくならない限り、平和ってないんだろうなぁと、自分の生活を振り返りながら思う。
 んで、仕事場に来たら、所謂低所得者層と言われる人たちの生活の営みや社会の在り方や、開き直りなんかをまざまざと見せつけられて、何のために私は今ここにいるんだろう?って気持ちになる訳です。

 世間は、上下の関係がないと成り立たない世界。上司、部下に限らず、富めるもの、貧しいものの上下も。そして気持ちの上でも、侍るもの侍らすもの・・・。虐げるもの、虐げられるもの・・・。

 看護師って仕事は、医療現場で下になりやすい立場。医師からも患者からもわがままを言われる立場で、それを受け止める立場のようなイメージがいまだにある。患者さんはわがままを言うべきっていうカラーが出来上がりつつあって、無理難題をたくさん言ってくる。それがまた、生活に直結していたりするから返答に困るんだけど。

 いろんな患者さんを見ていると、日本が平和ってのは、武器が飛び交っていないっていうだけで、人の心なんて平和どこか低レベルまっしぐらなんじゃないかと思ったりする。ってか、もともと日本人はこういった自分本位の気質を持っていて、それをうまいこと隠しながら生きてきた人種で、日本において軍国主義がああまで激烈になったのも、ドイツでナチスが台頭したのも、似たような経緯なんじゃないかと思うわけで・・・。

 いやはや、『99年の愛』を見ていたら、色んな事を考えちゃいました。
 たまたまあの一家はいい人たちに巡り合い、本当に作り上げた物語の一家だけど、実際ああいう風に生きる人は少なくて、今この世の中でも、人生に疑問を感じたまま死んでいく人の方が絶対に多いんだろうと思う。
 医療現場で大変な病気や症状に苦しんでいる人を見るたび、その人がいずれやってくる『死』をどんな風にとらえるんだろうって、誰が看取り、誰に看取られていくんだろうって考えてしまう。お節介なんだろうけど。

 結局、人は自分勝手な生き物なんだなと感じる毎日。道を歩いていても、仕事をしていても、買い物をしていても、そこにいるのは『自分』。まぁ、そうなんだけど。他人にはなれないし、他人は自分じゃないし。・・・・何が言いたいのか、分かるような分からないような?

 人を思う気持ちが最近空回りしている私。それを周りのせいにしようとしている、自分勝手な私。
 でも、自分の辛さを人のせいにしないでおこうと頑張る。
 自分がしんどいのは、自分が不幸なのは、自分が辛いのは、結局自分勝手な自分のせい。
 誰のせいでもなく、誰も何もしてくれない。

 だって、自分が自分勝手なように、人も自分勝手な生き物だし・・・。

 生きている限りついて回る人間関係。たった一時すれ違う人であっても、そこに『関係』が生まれていく。医療現場ならなおさら、関係は一時間でも濃厚。

「ごめんなさい。」
「すいません。」

 を繰り返しながら、思う。
 この言葉に、どれほどの気持ちをくみ取ってくれるんだろう…?

 いろんな言葉にこめられた『思い』を、自分勝手な人間がとどれほど汲み取ってくれるんだろう?

 気持ちひとつで戦争を起こしてしまえる人間の心。
 心ひとつで人を殺してしまえる人の思い。
 笑顔一つで隠れてしまう。

 なんか、しんどいなぁって思う。

 今更ながら、生きていてもしんどいことばかりだなぁって。
 何のために生きているんだろうって。
 なんで私は、ここにいるんだろうって。


 昨日、部屋に置いていた香水の瓶を倒してしまい、きつい匂いに頭痛がする頭でいろいろ考える、うまうまさんでした。


 あぁ・・・・無香空間じゃ足りない・・・

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