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zoom RSS 私流「私」

<<   作成日時 : 2010/12/15 19:55   >>

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 休日が続いていたというのに、なんだか疲れました。体調上り調子というわけでもなく、偏頭痛が酷くてなかなか熟睡感がなく、結構しんどい。

 お琴の練習ついでに帰省してのんびりしてきました。帰ることは親にしか言っていなかったので、友達と会うこともなくただもうのんびり、ぼーっと。

 何故か最近仕事でも嫌なことが重なり、重なりに重なって、自分的にもう限界かも、というくらい落ちこんでいたので、誰かに合うのもしんどくて、グータラして、ストレス解消とばかりに買い物ばかりしてました。お陰で、ちょっくら後悔もしていたりするからして、踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂ってこのことなんでしょう。

 仕事場では、何人かがすでに退職の意志表示をしていて、喜びもあれば悲しみもあり、なんだか複雑です。簡単に辞めてしまえるなら、私だって手放して帰りたい。けどそうもいかない、何だか変な意地と悲しさがあったりする訳で・・・。
 嫌な事ばかり、それも自分が今まで体験したことがなかったようなことばかりにぶち当たり、そのたび自分の幼さと器の小ささと馬鹿さ加減と・・・なんというか全部が嫌になってしまうのです。だから何にもしたくなくなるし、誰とも会いたくなくなるし、逃げ帰ってしまいたくなる。

 実家に帰ってわんことまったりして、買い物して、とにかくどこへ行くでもなくドライブして。

 リフレッシュできたかと言えばそうでもなくて、逆にいろんなことを考えてしまいます。ドライブで色んな風景を見ながら、自分の居場所を考えていたりします。

 最近、池田晶子さんの哲学書を読んだのですが、あまりにも『哲学』な感じで分かるような分からないような、でも何となく分かる気がするしよく考えたら全然分からないっていう感覚で読み進めました。
 この方、『私』っていうものをとてつもなく考え続けているけれど、それも面白そうに考えているけれど、そうしているうちに気持ちが萎えたりしないんだろうか…と思ったりします。哲学というイメージそのままの池田さんの表現なのに、全く抵抗なくさらっと言葉が頭に入ってきて、それをしっかり噛み砕くと大変な意味を内包していた、という類の本。
 
 同じように『私』の意味を考えているけれど、私の考えている『私』は、どこか池田さんの考えている『私』と違う。私と彼女という個が違うのではなく、求める『私』のものがちがう。

 池田さんは生きている意味とか価値とか、そんなのどうでもいいってな具合で『私』を考える。けれど、たいていの人は『私』を考えるとき、私を含め、私の『意味』を考えてしまう。

 でも、分からないんではなく、彼女の言う、面白く考えるところの『私』の考えっていうのもすごくよく分かる。それがわかれば、生きている意味とか存在している理由なんてどうでもよくなるくらいのもののはず。きっと、そんなことを考えるよりも、池田さんの言う『私』を考えてみる方がずっと意義深いことなのかもしれないけど。

 欲深で俗世的な私には、やはり『私』を考える時、やはり「私」よりも何故私は「いる」のか、という事に終始してしまいます。

 きっと池田さんのように考えられれば、世間がどうなろうが、どうしようが、誰がどう影響しようが、ぶれないでいられるのかな。残念ながら、池田さん自身は逝去されてしまいましたが・・・。

 というわけで、転職後、何回目かのブルーなんです。矢張り、人生は苦在れば楽あり、楽あれば苦あり。でもその比率が同じとは限らないという注釈をつけて・・・。

 
 いきなり寒くなって、余計に偏頭痛が治らない。
 皆様、風邪などひかれませんように!

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