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zoom RSS 逆は然りではない。

<<   作成日時 : 2010/12/21 00:47   >>

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 寒い。

 とうとう、インフルエンザが来院した。というか、私が関わった。しかも、インフルエンザで診断がついて、抗ウィルス剤を処方されているのに、「しんどい。」といって来院する患者さん。
 しかも救急車。

 ま、いいけど。価値観って人それぞれで、個人の考え方って人それぞれで。何を主義として生きるかは、まぁ逆にそういう筋があるんだから、確固たる人なんでしょうけど。

 自分が救急車を呼ぶその瞬間、タイミングの差で命に関わるホットラインを必要とする人がいるかもしれない・・・と考えたら、きっと「何にもできんじゃないか。」と思われる人もいるんでしょう。
 まぁ、自分がその「必要時」になったらわかるのかもしれないし、もしかしてその「必要時」に誰かの軽症救急車要請で命を落とすかもしれないわけで。
 それもその人の人生で、巡り巡ったタイミングで・・・もしかして私も明日そういう事になるかもしれないわけで・・・ただ、私は明日も病院にいると、それだけ。

 何が言いたいのかわからなくなってきたけど・・・?

 確かに、インフルエンザってしんどいんですよね。子供はぐったりして寝てるように見えるけど、大人っていろんな感情を知ってて知識を持ってて、それを表現できるからこそ、逆に辛いことに陥っちゃったり、おかしなことになっちゃったりすることもあるんですよね。しんどいーーー!ってのを表現しやすいから、アピールしたくなる。子供はぐったりしてるだけで親が心配してくれるけど、大人はそうもいかず、ましてや一人暮らしだと・・・。

 ・・・いかん・・・本当に明日のわが身のような気がしてきた。

 そのインフルエンザ、そろそろじわじわと猛威を振るいだしているようですが、毎年いうけど、予防接種受けてよね!!!!

 打ってもかかるからとか、そんなん言ってる場合じゃないし。

 予防接種受けてなくて危険行為(感染の可能性倍増の行為ね。)をしてて、いざうつって大変だーって病院来て、しんどいしんどいってアピールも、何だか同じパターン。もっと別の驚かせ方で医療者の度肝を抜いてほしいものだ。

 じゃなくて。

 私が考えるに、守るものがある人こそ予防すべきじゃないかなぁと、毎年思う。母親は子供に先に予防接種を受けさせといて、自分は受けなかったりする。子供が病気になるのも心配だけど、自分が倒れたらどうすんのさって思う。どっちが大事かって言えば、子供が病気にならない方っていうにきまってると思うけど、自分が病気になって子供に「申し訳ない」ことになるんだったら、親はいつも元気でいる義務があると思う。
 むしろ、子供のために自分は健康であるべき。子供の看病は自分ができるけど、自分の看病は子供にはできないし。

 そういう俯瞰的な大きな視点で、物事って先まで見越してほしいなと思う。って、自分は全然なんだけどさ、仕事でも生活でも。でも、守るものがあるってそういう事のようなきがする。先を見越して不安なところばかりあげるんじゃなくて、より損失の少ない方を、迷惑の少ない方を、手間がかかっても理がある方をって考えて欲しいなぁと。目先の事ばかりにとらわれて、上へ上へ積み重ねて、下の方がおざなりになっていたり忘れられていたり。
 新しいことばかり目について、古い事柄がほおりだされたり。

 何かあって医療従事者に頼るんじゃなく、頼る前に予防する手段があるものは活用すべき。勿論、その方が体にとって楽なわけだし。

 まぁ、予防接種と言っても、ぜったいかからないわけじゃ無いし、かかって軽症で済むってわけにもいかないことだってあるよ。体調とか、自分のその時の免疫状態とかによるから。だから、予防接種して健康的に過ごせばいいわけでしょね。
 人間、怠惰の方が楽だから、しかも楽しいことを優先しがちだから、そのあとに来るものが何かを考えるまでにはいかないんだけどね。

 ・・・・人のことは言えないので、自分の肝に銘じておこう。何せ女の一人暮らしほど病気が深刻なことはない。

 それで、ふと思い出した。

 この間、都会へ向かう電車の中でのこと。そんなにぎゅうぎゅうではないんだけど、座る席は空いていない程度の込み具合の電車に乗ったんです。ちらほらと立っている人がいて、席は満席。私はちょっと2.3駅の利用だったのでそのまま立っていたんだけど、見まわしたら4人がけのボックス席の傍らに、お腹の大きな妊婦さんが立っている。

 あら、妊婦さんだ・・・と思ったら、その横の座席に、子供が座っていた。3歳くらいの男の子。お出かけが楽しそうに、一生懸命お母さんに話しかけている。
 お母さんであるその妊婦さんは、電車の揺れに立ったまま揺られながら、嫌がる様子もなく返事をしている。

 この光景、日本では当たり前らしいのですが(私は当たり前に思えないけど)、海外の人が見たら結構ビックリするらしいです。

 海外では親子でも、子供が親に席を譲るものらしいのです。若さだけでいえば、もちろん子供の方が若いんだから、若い者が立つべきと教えられるようです。私もこの知識をどこが得たのかわからないのですが、なぜか日本は子供が座るケースが多いですよね。逆に「子供が立っていて親が座っている」状態では、『ひどい親』と言われること間違いナシ。

 文化の差とはいえ、何だか矛盾を感じた一場面。

 3歳の子に親に席を譲れというのは酷かもしれない。小学校位なら・・・というか、それでも何だか心に引っ掛かりを覚えたものであります。この感覚を説明するのは難しいし、きっとわかってもらうにも難しいと思うけど。

 まぁ、絶対親は子供に座らせるよな。
 それがいつからか、親を先に座らせるようになる。

 年寄りと子供には優しいが、その中間を誰が優しくしてくれるんだろう?と思ったりなんかする。



 最近、何も考えていない自分が嫌になる。
 考えるってことを忘れてる自分が嫌。

 昔みたいに、先進的な考え方ができない自分も嫌。
 前向きに、発展的に考えられなくなってる自分も嫌。

 最近ふと、転職は間違っていなくても、転職先を間違えたかなぁと思ったりなんかする。


 そして同時に、自分が相手を思うほど、相手は自分を大切に思ってくれていないことにも気づく。
 特別とか大切とか友情とか愛情とか、そういうものにとても差があることに気づく。

 私は情が厚いのか、それとも依存しすぎなのか、
 もしかして単に独りよがりなのか。

 自分の中のとても大切だったものが、大切だと感じていたものが、じつと相手にとってはとても薄っぺらで一括りのものだと感じる時の切なさが、大人になってよく感じたりする。

 逆のことはあまりない。

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