〜近畿☆瀬戸内☆うまうま交響楽団 ♪

アクセスカウンタ

zoom RSS ここに居られたらと思う…。

<<   作成日時 : 2011/01/30 02:47   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 人を嫌い、蔑み罵倒し、憎む事は簡単。
 けれども、人を赦し、受け入れ、そして求めることは何と難しいことかと思う。

 その本が世に出たのは、だいぶ前の事だったと思う。私の記憶ではかなり長い間本屋で平積みの状態で、または棚の上で表紙をこちらに向けた状態で並べられていた。どの本屋でもそうして私は目にして、その本を知っていた。
 経験上、そうして手に取らずあらすじも読まなかったけれどもその存在を知っている本というのは、その後どうにかして繋がってくるものだ。長い間、もう何年も、そうして私とこの本は背中を向きあいながらも付き合っていたような感じだ。

 題名と著者しか知らないまま時が流れ、初めてその本とのつながりが出来たのが、NHKのドラマだった。

「八日目の蝉」

 何を意味するタイトルか知らないまま、あの本だと思った。食い入るわけではなく飛び飛びに、付けたときに丁度やっていれば見て、何となくの想像を膨らませた。
 あらすじはすぐに分かった。複雑と言えなくはないかもしれないけれど、よくあるパターンだと思った。けれども、見ればその時間は全てを忘れて没頭するくせに、痛ましくて次は見られないと思い、次回予告も時間も曜日も確認しない。

 何よりも印象的なのは、主演の檀れいさんが、ただただそれはもう美しく感じられること。まるでその人が『女優』であることを忘れさせられるほどの圧倒的な何かに、魅入られていたと思う。それが彼女の演技なのだと思うけれども、その役は特に威圧的なカリスマ性もなく、地味でおどおどした女性の一人なのだけれども、その役を演じる彼女の美しさと共に吸い込まれていくような何かがあった。目を離せない何か、画面の彼女を目で追うような何か。
 それがなんなのか、今でも分からないけれど、そこには私の理想とする完全な美しさがあって、それ以来私の『美』というものや『優』というものや『雅』というものは、大抵彼女のその時を基準に定められてしまった。ついこの間の事、遅い遅い理想像の出現。今でも変わらず、私の求める美しさはあの時の彼女の中にあると思う。

 ドラマは結局、全部を見ることなく気が付いたら最終回で、見ていられないような気分でさらりと見た。悲しいような希望のような、前を向いて歩く旅立ちの時の泣き笑いのような寂しさや、そんなものがないまぜになりながら、最後の言葉を聞いた。

 母親とは、そういうものなのかと思った。

 それ以来、ドラマ化されたことで本の帯に登場した檀れいさんの横顔の写真を、まるでただそれだけ見るためだけのように本屋でしばらく眺めたこともあった。そこまで気にしながらも、平積みになった本を手にすることなく時は過ぎて、つい先日この近畿の新聞の片隅にある新刊情報で、この本の文庫化を知った。


「八日目の蝉」  角田光代:著  中公文庫


 何故かとてつもなく欲しくなって、その日のうちに本屋へ行って迷うことなく買った。
 何故かとても並列読み出来る気がしなくて、読み始めていた別の本を慌てて読み終えた。

 読み始めると、NHKドラマで見た数々の場面がよみがえってきて、あのドラマがとても原作に忠実だったのを思いしる。あぁ、こんな場面あったなァ…その時の檀れいさんの表情までよみがえってくるみたい。あらすじを殆ど知らなかったのもあって、ぶつ切りになった記憶をつなぎ合わせるみたいな感じだったけれども。

 何も考えずにどんどん読み進めて行って、気が付いたら終わっていたという感じ。
 そして思う。

 受け入れ、赦し、愛することのむずかしさと、簡単さ。

 考えることもなく私たちが母国の言葉を話すように、考えることもなく子を愛する親がいて、考えることもなく親を受け入れる子がいて、その反面、考えることもなく人を傷つけ、考えることもなく自己中心的になれる。それを気づくことができる人が、どれほどいるのかと思う。
 そんな話ではないのかもしけれないけれど、子供を得ることのない私はそう思う。

 この本は、簡単に言えば親子の物語。
 被害者と加害者の親子の物語。

 けれどそれ以上の何かが、不意に思い出される。きっと、どんな人でもふと思い出す何かがあるだろと思う。それぞれ、何かしらの記憶が。子育ての記憶、恋の記憶、旅行の記憶、昔の夏祭りの記憶、故郷の田んぼの匂い、両親の思い出…。


 ボロボロ泣きながら読み終えて、よみがえる記憶が私にはあった。

 思い出す記憶の当時、私の周りには不妊で悩む人たちがたくさんいて、反面妊娠の喜びに沸く人たちがたくさんいて、何の憂いもなく子供を持つ親もいて、悩んで悩んでようやく子供を授かった人もいた。
 
 何故私が? どうして私には? と悩む人の間を、子育ての苦労を自慢する人たちの笑い声と、妊娠を喜ぶ祝福の声が入り乱れていたと思う。中間の私は、どちらにも理解を求められ、どちらの事も分かる立場にいたと思う。
 私には子供がいないので、子供がいない人のことも悩む人の事も悲しむ人の事も、亡くした人の事も(少しあいまいだけど)分かる、相手にとっては分かってくれるだろうと期待される立場にいたし、独り者で未婚だったので(今もだけど)これから起こりうる可能性もあるものとして、妊娠した喜びや子育ての優越な苦労、自慢、笑い話にも同じように笑い茶化し、祝福でき、また相手にとっては祝福し、笑いあってくれるだろうと当然のように期待された立場にいたと思う。

 女として子供を産むという行為が勝ち負けではないことはよく分かる。だけれどもどこかそんな風に見られる要素が世間にはとてもあって、そうじゃないと人は言うけれど、結局結婚すれば「子供はまだ?」と言われるのも何となく「能力」の有無を言われているような感じもある世の中で…。難しいけど。

 だからどうしても、不妊に悩む人たちには『悩み』以上の悲しさややるせなさが付いて回る。そして『持たない』この年の私には、どちらかと言えばその気持ちの方がとても重くのしかかる。そして、何とかしてあげたいと思うけれど、この両手には成すすべもなく、支えるものも励ます言葉も持っていない中途半端で無力な自分に気づいて、何してもダメな人間だなと思ってしまう。それは今も同じ。

 丁度その中間の立場の無力が私の中でとてもとても重く重くのしかかってきていたとき、話をした人がいる。

 親しく顔を合わせてくれていた、以前の職場の小児科医。
 
 小児科医であるという事は、子供と関わらざるを得ない職業。いわばどうかすると「子供がいるのが当たり前になる」商売。病んでいる子供中心であることは悲しいことだけれど、きっと小児科医ほど世に子供が生まれることに、世に子供が居ることに疑問を持たない人はいないんじゃないかとも思える。そして、不妊に対して最も遠い存在のようにも思える。

 その先生と、なんの話をしていてこんな話題になったのかは思い出せない。最近のニュースなどで、子供の犯罪や虐待死が多かったことを話していたのかもしれないし、別の話をしていたのかもしれない。仕事中で、患者さんの話をしていたのかもしれないし、別の場所だったかもわからない。

 この人なら分かってくれると思ったのでもないのは確か。どんなに話しても、曲がりなく理解されたことはなかったことだと経験していたから。
 ただ、この中間の立場の重荷と無力感を、少しでも誰かに話たかったのかもしれない。それも、同性ではない誰か。女性であれば、必ずその人の立場からものを言う。私も然り、そういう物差しで生きている種族なのだと思う。そういう物差しでしか生きられない種なのだとも思う。人間なんて、そんなものかも・・・・。

 そしてどこかで、不妊で悩んでいる人、子供が出来ないことで悩んでいる人の気持ちを、どうにかして一人でも多くの人に分かってもらいたいと思ったのも確か。世には色んな体験談の本やドキュメンタリーがあるけれど、都会の話ではなく、この身近にも、こうして普通に子供の話や妊娠の話をするすぐそばにある事に気づいてほしかったのかも。

 何故?
 どうして? 

 そう悩む女性が、どれほどの思いでいるのか、何故その人なのか、何故自分なのか? そう悩む堂々巡りの思い。
 女って残酷だなぁ…なんて話をしながら、本当に生めればその気持ちは片づけられるのか? 傷ついた心は治るのか?どんなに悩んでも、生んでしまった人は生めなかった人の事を顧みることはない現実、語る言葉がすべて嘘くさく響くのは何故か?男の人には分かる筈もないこともぽつぽつと話たのも覚えている。

、そしてその反面で虐待する親もいる。けれど、好きでしているはずのない親もいる。確かに本気で子どもを愛せない親もいるのだろう。 だけれども、虐待のすべてがそうではない。
 振り上げた手を止めれなかった、振り上げずにいられなかった、ひどい言葉を発せざるを得なかった衝動を、どうして誰も理解してあげられないのだろう? そうした衝動がどれほど強いことかを知らないまま、全ての悪を背負わせて、そうさせてしまった周りにいる「自分」は逃げようとするのか?自分が何もできなかったことから逃げようとするのか?
 何故人は、何か起きてからでないと、痛みを知らないと分かれないんだろう?
 その先の痛みを知っているのに、回避できないのだろう?

 行ったり来たりの問答を繰り返しながらも根気よく私の話を聞いてくれるその先生に、何故か私は安堵していて、今まで誰にも話せなかったいろんな思いを話していたと思う。気が付いたら涙があふれて、場違いにもぼろぼろ泣き出すのをとめられなかった。
 突然の私のそんな感情の爆発にも、それでも止まらない色んな思いの吐露に、その先生は驚くことも狼狽えることもなく、前かがみの姿勢を崩さずうんうんと相槌を打ちながら聞いてくれていた。
 自分の意見や議論をお互いに挟み込みながら話は続いて、なんでこんなことまで話してるんだろう?と我に返って苦笑いをしたとき、彼は言った。

「こんなに熱く話が出来のたは、初めてだな。」

 何のことかと思ってきょとんとしていたら、

「こんな風にしっかりこういう事について話が出来たことは今までなかった。」

 小児科医として、色々考えることはあったけれども、私のようにこんな話題を振ってくる人も、しっかり議論をする人も、感情的だったかもしれないけれど、自分の意見をきちんと話す人には今までいなかったという。
 それは彼が男性であるということもあるんだろうけれど、

「君みたいにきちんと話す人は、初めてだ。」

 と言う。そして

「君が子供を持てたら、きっと変わるんだろう。」

 ともいう。

「変わる?」

「変わる…ん〜、君がと言う事じゃなくて、何というか世の中の考え方が…かな。」

「あはは〜、そんな力はないし、私が子供を持つことはないと思うよ。」

 笑い声でおどけながらでそういうと、彼は少し困ったように微笑み、

「こういう話が出来て、今日は良かった。君の考えは凄いと思う。きちんとものを考えて、ここまでちゃんと話ができる人はなかなかいないと思う。」

 それはきっと、小児科医として子供の事を考えての事の言葉なのかもしれないし、先生自身がそういう事を考えることがなかったわけでもないという感じの言葉でもあったし、本当のところはどうだかわからない。彼が何を「話ができてよかった」とおもったのかは未だ分からないこともあるけれど、一人の『男性』にいろいろ話が出来て、ふっと気持ちが楽になったのもあるし、逆に自分がどうしようもない人間であることも倍の重さで感じたような気がする。

 「八日目の蝉」で、不意に思い出したこの思い出。

 私の周りには、なぜか子供を巡る不幸が多い気がする。そしてそこにある、『女性』の悲しみ、悲しみと言えない複雑で痛々しくも脆い締め付けられるように苦しい思いが多い気がする。
 どうかすると私はその思いに引きずり込まれて、どちらかと言えば生んでいないのではなく、生めないのだと思い込んでしまう。実際そうなのかもしれないけれど、そう思う事、思われることが嫌で嫌で仕方ないわけでもない。

 彼女たちの思いを理解して背を押すことができるなら、それでいい。
 子供を持つ人たちの喜びある苦労話に笑い声で相槌を打つのも、彼女たちの喜びならそれでいい。

 誰の物差しで測られても、私は自由に伸びた縮んだり出来るようになりたい。それをその人たちが望むなら、それでいい。私が持とうが持たまいが、きっと彼女たちには問題ではないのだから。

 
 「八日目の蝉」は、物語に熱中しながらも、没頭しながらも、どこかで私のこの思いがあふれる。
 どの人の物語も理解できる、どの人の想いにも寄り添える、そういう人になりたいと思う。

 そういう、物語。
 最後に圧倒的な愛が残る、物語。


 愛は地球を救わなくてもいい。

 ただその人を…
 小さくうずくまって泣いているその人一人で良い…
 
 どうかその人を、救ってあげて欲しいと思う。

にほんブログ村 犬ブログ 犬 闘病生活へ
にほんブログ村

にほんブログ村 病気ブログ 看護・ナースへ
にほんブログ村

2011.10.21より参加しています。ぽちっと応援よろしくお願いします。

初心者なので、どの記事にもどちらも載りますです。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
ここに居られたらと思う…。 〜近畿☆瀬戸内☆うまうま交響楽団 ♪/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる