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<<   作成日時 : 2011/01/19 23:46   >>

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 院内に空きベッドがない。重症患者さんがICUに入室後、状態が落ち着いたので一般病棟へ行きたくても出るところがない。すでにICUベッドですら一般外来の先生たちの狙うところとなってしまいました。次に狙われるは、私たち救急外来が担っている外来処置室のベッドかしら?でもそこって、点滴してる間だけ寝てるようなベッドで、なーんにもないんだけど。

 というわけで、院内あげて

「空きベッドを作ろう」

 大作戦中。病院としては経営も考えないといけないので、やれ退院を増やせだとか転院させろっていうわけにはいかない。ここが病院の矛盾で、事務は入院できる患者さんは取りたい(銭儲けにもなる)、医師だって入院しなきゃいけない患者さんは入院させたい(経営もあるけど、医者として)、だけど

 退院患者さんを出したくない。

 のは一致します。事務としては余分な空きベッドがでるのは勿体ない。
 医者としては、無理に帰して重症化してリターンしてくるのが嫌。

 事実、リターン患者さんが多いのがうちの病院。DPC導入とはいえ、田舎でのんびり療養している患者さんと接してきた私としては、リターン患者さんの対応をするたび、何だか敗北したような気分になるのでありました。理由は不明。(ここでいうリターンって、1日2日で帰ってくる患者さんの事さ。)
 そんな時の苦肉の策でどうするかと言えば、全患者さんの男女比を計算しながら、ベッド大移動です。それで大概1つや2つのベッドは空くのです。ただし、それを行う現場の苦労は並大抵ではないというわけですけど。

 そんな状態でも、病気になる患者さんは容赦しません。流石に救急車の受け入れは断らざるを得ないんですが、ふうふう言いながら自分で歩いてくる患者さんだっているのです。脳梗塞で右麻痺呂律困難になっても、『休んでたら治ると思って。』といって2日後にやってくる患者さんだっているのです!!!!!!

 ひーーーー!!!!!
 t-PAがぁ〜〜〜〜!!!!!


 即入院ですけどね、なんにしても。後の事は考えないで即入院です。4人部屋に5個目のベッドを入れようが、入院です。(そんなことはしませんが。)
 愚痴になってしまいましたが、それほどベッドがないのです。なぜうちの病院は400床しかないんだ!!!という気分の半面、救急外来が楽でいいわぁという気も・・・。

 さてその件の救急外来ですが、最近とてつもなく救急的な事が多くなってきました。
 そして同時に、

 非定型

 と言われる症状で医師を挙動不審にさせる病態の人が多くなってきました。それは時代のせいではなく個人の体の中の事なので、別に最近に特化したことではないんですが。

 その「非定型」というのは、いわゆる教科書通りではない症状や病態という事です。同じ診断名でも、ほぼ全ての人が似たような症状を訴える時、それが教科書に載る「定型」になると思います。たとえばアッペならマックバーネーの圧痛点とか、胆石の胆石発作とか。
 その典型的な症状が現れやすい病気で簡単に治療方針が決まる事もあれば、現れにくくどんな検査をしてももやもやと「どうかな?」と思わざるを得ない感じなのに診断名の通りの治療で軽快することもあります。

 たとえば前述の脳梗塞でも、脳のどの部分に梗塞があって虚血しているかによって、でる症状が違います。麻痺で始まる人もいれば、失語、呂律困難、意識不明、頭痛、頸部痛と、ばらばら。だけれども総称して『脳のどこかが詰まっている』と言えるので、その検査と治療で場所が判明していくのです。脳の専門家であれば、出てくる症状一つで脳のどの部分の梗塞なのかが分かるのが普通。(普通????)

 だけれども、昨日私が関わった患者さんは、

 不明熱。
 
 物凄く熱が高く、高熱を症状とするどの疾患とも類似しそうでしない。熱が高く、意識レベルも変動し、言動も不確かになりがちで、そうなると中枢系の疾患を考えるのですが、その検査にも微々たる反応を示すだけで、はっきり「これだ!」と言えない。大まかな予測を立てて治療を始めるのですが、何だか反応が芳しくない。
 内科的治療で、抗生剤やその他の薬をどんどん使うことになり、それによる別の障害が心配されるほど。なのに反応が少ないって、看護師以上に先生がどきどきです。

 こちらとしても、看護をしている以上介入するのですが、この熱を下げていいものか冷やしていいものか、普通の熱に対する看護をしていいものなのか、困ります。目の前で患者さんは明らかに何かをしなきゃいけない状態なのに。
 疾患によっては使ってはいけない薬もあるし、下げてはいけない熱もあります。熱があるからと言って冷やしてはいけないことだってあります。しかも、患者さんは特に熱の苦痛を訴えるでもなく、別の部分の痛みや辛さを訴えていて、それに対しての看護をしていいものかどうかも判断が曖昧。
 
 診断名が微妙な非定型的な病態であると、看護ひとつ一つに対する反応がもしかしたら治療の妨げになるんじゃないかという不安と恐れで、竦んでしまいます。救急看護の怖いところは、そういうところ。

 病棟での看護であれば、その人の病態や診断名や治療の方針などが決定していて、治療のゴールが定まっていなくても『診断名』と『主症状』だけで看護の介入や禁忌がわかります。というのも、そういう勉強を積んているのが看護師であり、それがいわば専門知識だから。(医師とはちょい違うプロの知識。)
 なので、誰が考えても患者さんの訴えがどの原因から来るのか、どこを治せばおさまるのかといった予測が立ちます。言いかえれば、看護にはそれだけ疾患に対する知識が必要なんです。薬あげて点滴してさすって検温していればいいだけではないのです!!! 看護師はそれぞれの患者さんの病態に見合った視点で検温しているのです!!!

 その点、救急はその『診断名』が未知なところ。外来でも同じですが、外来の看護は診療の介助というのが主な仕事になるので、患者さんが安心してスムーズに滞りなく必要な検査や外来診療を受けられるというのが大事。救急外来はそれと病棟看護との間のあたりになり、なおかつ「ふぁいと〜〜〜1ぱぁぁぁ〜〜〜〜つ!!!」的な立場。(←状況的に)
 診断名が付かない切迫した状況の患者さんに看護を提供するのですから、一般の『典型的』な知識だけではままならないことがたくさんあります。
 「非定型」な病態の患者さんも沢山いて、その「非定型」の病態が一体どこから来るものなのか、○○という診断名の教科書にはないこの病状をどう解明するのか、どうしてこうなっているのか、そういう事を医師と共に考えながら看護していくのです。
 
 その時の看護師の頭の中では、定型的な病態の知識をもとにして、人間の体の生理と解剖を加味し、その人のキャラクターまで考慮しながら、非定型の病態の原因と看護が介入できるポイントを探るのです。
 つまり、症状とは実際は『人間の体の中』で起こること。同じ臓器が同じ場所に同じ個数あるからと言って一人一人が同じ病態を示すわけではなく、一人一人性格が違うように臓器の感じ方だって違うのです。
 痛みの感じ方も違うし、そりゃ臓器の働きだって少しずつ違うのです。この人は肝臓が元気、この人は肝臓より胃が元気、この人は胃より腎臓が元気などなど、同じものを食べても同じように食中毒にならないだろうし、同じ場所にいてもインフルエンザにかかる人とかからない人がいるように。肺活量も尿量も、個人で差があるように。

 だから、実際は教科書に載っている「定型」の方が国会・永田町的学問。現場では本当に色々な『病態』が渦巻いています。
 けれども、その病態を解明するのに「定型」である教科書の知識が必要。


 つまり、「基礎」が大事


 今受験勉強をしている人たちもたくさんいると思うけど、いいですかっ!!!! 結局は基礎です。応用は基礎の上に成り立つ三角形。基礎がなってない人は応用ができない。基礎がないのに小手先で応用をするりと乗り越えていく人もいるけど、緊急の時には必ず破たんします。(どこかの企業みたい?)
 受験勉強に限らず、学生時代に習う国語・数学などの教科も、『社会に出たら役に立たない』のではないのです。社会に出たら、その上に積み重なっていく社会を生きるための知識のために必要なのです。教養ではなく、そこが自分の「基礎」。

 体の話から変な話に行っちゃいましたが・・・・

 定型の知識を持って非定型の病態に向かうというのは、そりゃ体力がいります。少ない脳細胞をフル回転させると、私なんか1日ぽしゃってます。しかも、同じ科の人たちばかりではなく、こちらで発熱、脳梗塞、あちらで心筋梗塞、心不全(同じ心臓でも、看護は全然違う)、別の所では尿路結石、胆のう結石、隣のベッドで喧嘩後処理、指つめ、骨折・・・。

 救急外来は忙しいです。なので、いつでもなんでもアカデミックに頭を働かせているのではなく、実は現場にしかない『体に染みついたもの』というものがありまして。

 これを経験値と呼びます。

 なので、今までの説明の言葉はすごくても、所詮パブロフの犬
 患者さんに向かって、経験値の涎をだらだらと零しながら、いづれやってくる餌(診断名)を待っている状態です。




 にしても、人間の体の不思議って、本気神秘です。

 1時間たっても何も変わらないその人なのに、体の中では1分1秒を惜しまずその「自分」を作り上げる努力がなされている。腫瘍を手術しても、骨折を治しても、虚血を解除しても、まさにその瞬間瞬間に、自分の力ではどうしようもできない自分の持っている力が、体を『自分』にメンテナンスする。
 治癒に限らず、病態の軽快も増悪も、私から見ればとても神秘。不謹慎な話かもしれないけど、症状が進んでいくということもまた、人間の体の不思議だったりする。自分が自分を作り上げる努力を惜しんでいないからこそ、病気も一進一退を繰り返すともいえるのかな…。それを時に戦いのように示す言葉もあるけれど、私はなんとなくその表現が苦手だったりする。確かに戦いとも思える壮絶な療養をする人もいるけど、おそらくすべての人は

「何故私が?」

 と思うに違いない。その瞬間が必ずある。患者さんからも

「何も悪いことはしていないのに、なぜ私がこんな目に?」

 と、よく言われて言葉に窮することもある。
 そんな時に『戦う』という言葉がそぐうのかどうか。その一瞬の弱気ではないけど疑問と不思議と複雑な思いに、寄り添う言葉が気合いや闘魂であるはずがない。頑張れでもなく、諦めるなの言葉でもない気がする。

 あなたに必要があってあなたにこの病気がある、
 この病気になるのがあなたでなければならなかった理由がある、
 
 むしろそうした雲をつかむような「あぁ、そうか」と思う事が必要なのかもしれない。否定でもなく肯定でもなく。 (こうしたことを看護は学ぶ教科もあります。)そこから得るものは一人一人違う。闘魂を得る人もいれば、安寧を求める人もいて、そこに寄り添う人々が絆として結ばれていくはじめみたいなもの。本当言えば、病気とも結ぶ何かがあるのかもしれないな。それが和平条約なのか宣戦布告なのか・・・・ だから半面、病気をきちんと知っている人はつよいなぁと思う。救急でも、自分の病気と絆を結んでいる人は、とてもしっかりしている。そう言う事は、今病気をしていない私の傲慢だったりするんだろう、私だったらきっと耐えられないから私にはその病気は降りてこないともいえる。だから私は、支える側に立ちたいと思う。
 子供は親を選ぶという。この親なら自分を愛してくれると思って生まれてて来るのだと聞いた事がある。障害がある子も、その親だからこそ授けられたという話もある。同じことが病気にも言えるのかも。

 あなたならきっと、この事を通じて素晴らしい体験をするだろう
 あなたならきっと、新しい体験をするだろう
 今までこの事によって人間が知りえなかった大切な事を見つけるだろう。

 スピリチュアルな話で申し訳ないけど、そうできるからこそその体験があるのだという考えに、私は結構賛同してしまう。
 だからこそ、不思議な病態に陥る患者さんに当たるたび、どんな患者さんでもその患者さんに出会う度、私の感じること、考えること、体験することのすべては、きっとこの世に今まで感じたことのないことであり、考えたことのない考えであり、私にとって、そしてこの世にとって必要な出来事なのだとふと思う。患者さんにとってもまた然り。
 それがたとえ知識の確認だったとしても、全てに周知のことだったとしても、同じ思いだとしても、その出来事が私とその人との間にあるという事は、ほかの誰にも体験できないこと。

 つまりは、恋愛も友情もまた同じ。

 出会いも別れも、生も死も同じ。

 私という個人はここにしかなく、その人という個人もそこにしかなく、あなたという個人もあなたにしかない。その個々の間で交わされることのすべてが、別の人の間で交わされることと同じであるはずがない。
 だからこそ、同じように見えることにも、神は『必要』だというのかもしれないね。

 定型でも非定型でも、そこにある個々の関係の中ではいつだって大切で唯一無二のもの。
 そう感じられる医師はいるのかな?

 そして私のパブロフ犬の涎も、看護師それぞれのパブロフ犬の涎も、一瞬一瞬でまた違う味をしているのです。


 看護師って、いろいろ考えてるんですよ。
 だからこそ悩んで、挙動不審になるけど。

 なんだか、話がころころ変わっていって、別の場所に到着したみたいになっちゃいました

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