〜近畿☆瀬戸内☆うまうま交響楽団 ♪

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zoom RSS 表現の違い、表現の多様性。

<<   作成日時 : 2011/02/26 23:19   >>

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 救急外来には、大人だけでなく子供もやってきます。以前の職場では小児科二次救急当番っていう感じで当直をしていましたが、都会ではそういうのではなく、常時どこでも小児科の受診ができるという風になっているみたい。輪番制っていうのは田舎の考えなのかもしれません。(まぁ、都会には小児科医が腐るほどいるから・・・・←腐っちゃ困るが)
 にしても、外科医麻酔科医が少ないのはどこも同じ。最近何故か小児科を希望する研修医が多い気がする。何故?(って、理由はそれぞれなんだろうけど)

 小児科の受診が終わって点滴が処方されたりすると、先生が点滴のルートを取ってくれ、その後の管理を私たちがします。外来の処置ベッドに寝て、点滴が終わるのを待ちながら症状の観察をするという感じです。
 物理的にすぐに顔が見れない状況の処置室には、沢山のベッドがあるのもそうですし、それぞれにナースコールが付いています。病室にあるように

「どうしました〜。」

 って甘い声で伺うインターフォンのようなものではなく、ドアベルのようにただ押して音が出るだけですので、鳴ったら急いで確認に行かなければならない、忙しいときにはならないでほしいものの一つです。単にアナログってだけなんだが。
 
 忙しさと暇さの中間くらいの宵の口、そのナースコールが鳴ったのです。見ると、ついさっき点滴をした子供が寝ているベッド。点滴が終わったのでもなく、自分で点滴台を押して好きなときに行けるのでトイレに行きたい訳でもないはず。親御さんもいるはずだし、一体なんだろう!?

 こういう、予測が立たないナースコールって結構ドキドキします。ナースコールって、鳴ると誰からのコールか分かるので、大概トイレなのか点滴なのか、寂しいコールなのか痛いのか吐きたいのか、まぁいろいろと要求の予測が立つものです。外来では点滴かトイレか、そういった即時的な事でしか呼ばれないので、予測は立ちやすいものですが、今回はスタッフ皆して「?」の状態。

「どうしたの〜!?」

 慌てて顔を見に行くと、子供はベッドの足元側にちょこんと座ってる。親御さんはいない。点滴もまだほとんど残ってる。元気そうだし、しんどそうな感じも痛そうな様子もない。

「あれ?お母さんは?」
 
 と聞くと、

「アキ(多分妹)を見に行ってる。」

「ふーん、そうなんだ。で、どうしたの?看護師さん何かしよっか?」 
 
 聞くと、ベッドの足元からごそごそと動き出して、傍らにあった処置室のラジカセを引っ張り込みました。

「点滴まだあるし、暇だからお母さん帰ってくるまで音楽聞きたい。」

 年も年なので意外にしっかりした口調。要求もきちんと理由を述べて筋だっていて、聞いてるこっちは国語の授業みたいな感じでしたが、まぁなかなか立派な言い分だわ、と感心しました。
 
 最近の子供に限らず大人だって「自分の考えていることは何も言わずとも理解しろ」的な言い方が多く、主語も述語もなければ単語だけ、『だからどうしたの?』って聞き返したら逆切れされるかすねるか・・・。自分が中心で生きている人の多いことと言ったらありません。

 それを鑑みれば、10に足らない子供の彼が、自分の意見を理由を踏まえてきちんと周りが変わるように要求するっていうのは、それが当たり前なんだろうけど稀な事例に当たった気分になっちゃいます。

 この場合、よくあるパターンとして、ナースコールを鳴らしても要求が言えない子が多いですし、だからと思ってこちらから「○〇なの?」『▽▽なの?』と聞いて行くことが多いです。まぁ病院ってしんどい子供が多いからそうなるのかもしれないけど、それに対して子供は首を振るだけだったり、なかなか自分の思うところにたどり着かないときにははぶてるかぐずるか責任転嫁。
 小さな子供の中にはその小さな体の中に、自分の言いたいことや欲求を表現できない小さな障害が眠っていたりすることもあるので、一概に「これだから…」とはいえません。それに、感性が大人とは違うのでやっぱりすれ違う事もある訳ですし、それぞれの子供の性格だって大きいし、成長の度合いだって違うだろうし。

 んでも、小さな世界であれ問題なく社会生活を送っている子供なら…と思ったりする、狭小な大人の私。

 子供だろうが大人だろうが、言いたい。(どちらかと言えば大人に対して?)



 社会は自分の物差しで動いているわけではないのだ!!!!!



 と。
 健全なときに限るだろうけど。(という事は、皆いつもどこか病んでるって事なのか?)

 話は飛ぶが、最近『自分の物差し』を振りかざす人が大過ぎて、またまた嫌になってきていますのです、私。かくいう私もそんな風に『嫌だ』と思っている時点で自分の物差しで世間を測っているからなんだろうけど、この街特有の自分中心社会、個人主義的な所がどんどん目についてきて嫌さ加減倍増中。自分の物差しと言う言い方で不都合な場合も多々あって、自分の考えが中心、自分の思うところが中心だったり、自分の物事に対するスタンスが中心で、それに合わない人は排除的な事も含みます。
 どうであれきちんとした形でゴールにたどり着くのであれば、その人のやり方や考え方があるだろうし、それを尊重すべきだと思うのですが、誰もがそういう風に考えてはくれません。だからこそマニュアルが出来上がるんでしょうが、こうでないといないという道筋の通りに出来ない人は無能であったり、10分で出来なければ使えない人だったりと言って排除するのがとても目に余ります。毎日誰かが誰かの文句を言ってるのを聞くというのでは、こちらもまいってしまいますが、その人にとっては文句を言うのはおしゃべりや世間話と同じ。もっと言えば息をするのと同じくらい。温和と言われるうまうまさんであっても、理解しろと言うには辛いことだってありますって。合わせるのも背を向けるのも、何だか低次元。
 それを許せなくなっている自分も嫌だし、許容範囲がだんだん狭くなっている自分の心も嫌で、カチンときた後に

「また私ってこういう事でイライラして、狭いなぁ…」

 と、まるで拒食症の時の「食べてしまった後の罪悪感の嵐」のような気分に陥ります。



 いえ、話は飛びましたが。

 で、その子が「音楽が聴きたい」と言ってきたので、引き寄せていたラジカセのCDボックスをいじりながら

「音楽かぁ。何がいいかなぁ。」

 と聞いたら、

「んとね・・・、何がある?」

 ちゃんと病院ってことも分かっていて、分かっているからこそ『自分の家とは違う』ってことを加味して、こちらの状況を尋ねてくるあたり、賢いわぁ〜。だったらおばちゃん、出来る限り希望を聞いてあげたいもんだわ!

「病院はしんどい人が来るから、あんまり今風のはないよ?静かな音楽が多いな。」

 CDラックに並んでいたのは、クラシックだったりオルゴールだったり、私が聞いたら1分で夢の中様なものばかりです。ジブリにしてもアンパンマンにしてもクラシック系だったりハンドベルだったり…。うおっ、私はごめんだわ!!!!

「家では何聞くの?」

 その子もこちらの状況を把握できかねたのか、悩んで考えている様子がうかがえたので、そう聞いてみると、

「『嵐』とか。嵐ある?」





 嵐ですかいっ!!????




 病院の処置室で嵐かい!!!!????




 いけんとはいえんけど、それはまたそれでコアな感じ?

「あ・・・・嵐ですか? にーさん、嵐聞くのですか?」

 アイドル(?)の嵐が、それはそれは子供から大人まで老若男女大好きなのは分かっているけど、ちなみに私もベスト盤焼いてもらったけど、病院の処置室でそう要求されるとはっ!!!!

 まぁ、ポルノグラフィティって言われたらそれはそれでちょっと「この子の将来平気か!?」と思ったりするだろうが。

「嵐ね、家にあるよ。車の中とかでよくかかってる。」

「あぁ、お母さんが好きなのね。」

「・・・・そうなのかな?」

「だって、車でよくかかってるんでしょ?自分がかけてっていうわけではなく。」

「うん、かかってるよ。」 

 まだ音楽やアイドルに対する「好き」とか言う感覚が微妙なのかな。家でかかっているからっていう理由だけで、誰かがファンだと言う見解には至っていない様子。家で嵐がかかっているから嵐なら分かるよ。って感じで子どもは言います。

 この子のお母さんなら私より若いし、当然嵐だって好きなはずよね。
 おばちゃんの私には、この子の家の様子がちょっとだけ垣間見えた気がしました。

「でも残念、教えてもらったけど嵐はないみたい。」

「そうなの?」

「うん。私も嵐好きだけど、病院って体の調子が悪くて来る人が多いでしょ。だからあんまり楽しくてワイワイする曲は入ってないんよ。元気になった後ならいいんだけどね。」

「そうなんだ・・・」

「んー、つまんないかもしれんけど、多分聞いた事ある曲がいっぱい入ってるだろうから、こっちでもいい?」

 童謡や往年の名作、誰でも聞いた事がある曲をイントロメンタルで収録したCDがあったので、そっちをかけてみると

「あ、これ知ってるよ。」

 と嬉しい反応あり。

「ほかにも患者さんが寝てるから、歌が入ってない曲だけど、これで我慢してね。」

「いいよ。これで。」

 子供にとって歌が入っていない曲と言うのは単調なものでしょうね。嵐だって歌が命。嵐の最新アルバムだからと言って、彼らの歌が入っていない一枚では売れ方も違うだろうというもの。
 だけど、残念ながら病院だし、歌が入っていたりするとどんなにいい曲であっても耳障りになるときもあります。だから大概BGM程度のものしかないんです。(手術室では例外。スタッフの血中アドレナリン濃度のために、結構激しい曲もかけます。)
 
 別の患者さんの話をしたら、自分から音をすこーし小さくしてくれ、ラジカセに耳を近づけて聞いていました。子供の病気って難儀なものですね。我慢の度合いが大人とは違うから、なかなかその気分を紛らわせることも難しいもの。
 それを我儘にならない範囲のところできちんと要求して呑みこむって、凄いおとなしくて賢い子だなぁと思いました。こういうやり取り、こっちにも全然ストレスにならない。

 これが親の教育のたまものと言うもの? いえいえ、多分親の躾とかそういうものではなくて、親の生き方そのものなんだろうなと思います。親の背を見て子は育つと言いますし。きちんとしすぎることもなく、足りないところもなく、何というかその家庭の生き方自体、過ぎたり足らなかったりすることのない、ちょうど良い物差しで生きているんだろうと思いました。必要なときに必要なだけの愛情を得られるという子供にとっての安心感が、いつも充足しているんだろうなと。我慢が出来るのも、我儘が言えるのも、ダメな事を受け入れるのも、その『安心感』の度合いかも。

 とても「不安」のない家族のようでした。

 そうかと思えば、別の家族もいます。当然ながら、世の中には家族の分だけ家族の形があるように。医療者は、そういうさまざまな家族の形に出会います。
 過ぎる家族、足りない家族、欠けた家族、ぎゅうぎゅうの家族・・・家族なのに一方通行の場面に出会うときは、なんだかとてもやりきれない感じです。それは医療者だけでなく、人に関わる仕事全てにおいてそうでしょうけど。

 けれども中には不思議な家族もいて。

 ホットラインで救急要請をされた患者さんは、刃物による切創。大きな傷があり、出血しているといいます。受け入れOKになりやってきた患者さんは、奥さんの付き添いのある男性。

「どうしたの、これ?」

 バイタルサインを測りながら、私は患者さんと傷についての話を聞きます。傍らで救急隊員が苦虫をつぶしたような顔をして聞いていました。

「…自分で切りました。」

「はぁ!?」

 思わず素っ頓狂な声を上げた私に、救急隊員が慌てて割って入り、

「あぁぁ・・・あの、そのですね・・・。どうやら夫婦喧嘩したみたいで。」

「喧嘩?」

「いえね、激昂したらなんというか、衝動的なそういう事をしてしまうようで・・・・ねぇ。」

 救急隊員、患者に同意を求めてどうする!!!???

 とまぁ、複雑でいてとてもつなく簡単な夫婦喧嘩の結末。
 だけれども、処置を施されながら患者さんは、

「付き添ってきてくれた妻は大丈夫でしょうか!?」

 と、奥さんを気にする。これも一種の愛の形なのだろうなぁと、スタッフと感じ入りながら、外で処置が終わるのを待っていた奥さんの様子を伝える。

 お互い気にしあってるからこそ喧嘩するのか、喧嘩するから気になるのか・・・

 別に喧嘩するなとは言わないけど、お願いだから人に迷惑かけるまで発展させないで欲しいものです。それこそ、自分中心で何をしても誰かが助けてくれるっていうもんじゃないのか、それ。
 世の中、病院とか医師とか看護師とか、医業をまるでなくしてしまったら、もっと人は自立するのかもしれない…そう思う、夫婦喧嘩の仲裁でした。

 切れた体の皮膚と一緒に、夫婦の絆も縫い合わせる外科医であります。

 4-0ナイロンで縫われる夫婦の絆。
 抜糸は誰がするんだろう?

                      

 その夫婦喧嘩の切創を見た外科医が一言、

「あら、血腫がすごいね。」

 ポロリと零した一言でした。







 が。












 先生・・・・









 お言葉を返すようですが











 それは










 血腫ではなく


















 筋肉です














 よーく見てください。

 ここが表皮、

 ここが真皮、

 ここからここまでが脂肪組織、

 で、ここが筋膜で、

 血腫のようにぷっくり飛び出て見えるのは、

 赤いけど血腫ではなく、

 筋膜が破けて飛び出てきた筋肉なのですよっ!!!!!!!!





 


 不可逆的に腐ってるが、うまうまさんはもとオペナース。

 

 「腐っても鯛。」

 だけど、誰も腐ってたら食べないだろうな。
 腐ったら「腐ってる鯛」になるんだよ、世間的には。
 

 
 
 ・・・・・別に落ちはない。単なる悲観。
 日本語って一字違えばたいそうな違い。

 最近の晴一くんのブログの句読点にも「てにをは」にも、とてつもなく違和感を感じる古典的な私。

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