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zoom RSS 想像力

<<   作成日時 : 2011/05/30 02:27   >>

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 ものを書くという事は、体力仕事ではなくて心の仕事のような気がします。頭で考えて物語を練る、というものは確かに頭脳と言う体力勝負なのかもしれませんが、私のように気ままにブログを書いているという事柄は心の運動です。

 以前に書いた記事を読み返していたら、最近の私の心の荒みようがとてもよく分かります。感性はその時の状態で変化するし。レポートも何度かいてもうまくいかないこともあれば、1時間で仕上がってしまう事もある。思えば最近の私は、心を傾けたり頭を使ったりっていう事が少なくなっていて、感情のふり幅がとても狭いことに気づいたりします。

 何かに怒ったり、びっくりしたり、喜んだり・・・
 泣いたりわめいたりってことも。

 それだけ周りに気持ちが開けていないっていうのもあるのかもしれないけど、ずいぶん小さくなってしまった自分に気が付きます。

                      ♪

 映画化もしたので途轍もなく有名な小説の一つを読みました。

 横山秀夫さんの『半落ち』です。出版された時から気になっていて、そのうち映画化の話題が出て、有名になったら何となく倦厭しがちな私の性格上、何年も読まずじまいで放置していた作品の一つです。何で読み始めたかっていう理由もあまり大きなきっかけはないんですが・・・

 昔は好きだったはずで、世の中の本の半分以上がこのジャンルに入るんじゃないかと言う恋愛小説、これがあんまり好きじゃなくなって数年。本気、あんまり恋愛がらみの小説に全然興味が亡くなったので、興味の持てる本を探すのがとても難しくなってきたなぁという感覚を持ちながら本屋に行くと、大概恋愛でなければミステリと言う感じに本屋はなっています。時代小説という手もあるんだけど、流石に坂の上の雲で一息と言ったところ。

 で、行きつく所は推理小説だったりミステリーだったりするわけです。そして横並びで警察小説というのがあります。

 いわゆる、警察が舞台、警察官が主役の本ですわな。ハードボイルドとは違うのか? そのジャンルに特化した作家さんも結構いて、事件が起きて解決する、その裏にある物語と言うのを読むのは、わくわくとかドキドキとかいうものとは違う、物語なんだけどもニュースを読むような感覚。
 読んでいる本が大概そんなだから、心もあんまり使わずにすんでいたのかもしれないけど。

 この作品が推理小説かと言えば違っていて、どちらかと言えば私の中では警察小説かな。警察と検察とかのかかわりが濃いけど。

 映画にもなったので、この物語がどういう結末に落ち着くかと言うのを知っている方も多いでしょうが、読んでいない、見ていない人の為には伏せていた方がいいので、あまり詳しくは書けませんが、私にとっては意外でした。

 何かあるなと思わせる物語展開で、確かに何かあってその何かはごく普通に『ある』と言えることなのかもしれないけれど、それが一人の人間にとってどれほど大事にしたいものなのか、人生の生きる目的なのか・・・
 自分にとって大したことが無くても、自分にとって大きな意味を持たない事柄でも、誰かの大事であり続け、誰かの目的であり続ける大切な事柄だという事です。という事は、何事もおろそかにしてはいけないという事に行きつくのでしょうが。

 日ごろ私たちは、自分の定規で生活をしています。こういうことは以前にも書いた事があるけれど、その当たり前の自分の生活の中で、ただ生活と言うことであっても自分の価値観と自分のやり方で生きています。買い物だって好きな銘柄、こだわりを持ってスーパーに出かけるだろうし、日課だって、料理の仕方だって、トイレの決まりだってそう。けれどもそういった事柄は、自分のものであって他人のものではない。
 同じ銘柄のものが好きであっても、それを生活にどう使っていくかはそれぞれっていうのと似ていて、何を大事に考え、何に重きを置いて生きていくかもまた、それぞれ違う。

 だからこそ、毎日の生活で自分が笑い飛ばす『そのこと』が、誰かの希望を打ち砕いたり、誰かに涙を流させたりすることってあるのだという事を肝に銘じていかなければならないという事。何だかそれを実践していたら、常に八方美人になってるような感じだけど、八方美人と尊重は違うものだし。

 自分の価値観で物事を話し、嘲笑しているその瞬間、それが正しいのかなと思ったりもする。人の価値観で見られたものを目の前に突き付けられているとき、果たしてそうかと思う。

 そう思っている自分が途轍もなく流されやすくて優柔不断で、賛同できない理由で何かを馬鹿にしている誰かであっても、『自分流』とか『価値観』をしっかりもっての判断なのだと知るだけで、何だか一概に責められない気もしたりする自分がまた何とも苛立たしくて。

 それと関係があるようなないようなつながりだけども、この物語は、誰かを傷つけることを忌むのではなく、誰かを尊重できない事を忌むべきだと思ったりする物語。

 私はそう思いました。

                       ♪

 「クライマーズ・ハイ」だったり「出口のない海」だったり、横山さんの作品はとかく話題になりやすい。どこかの本で読んだけれど、作家さんの良しあしは、文章を読んでいて、読んでいるものの想像力をいかに掻き立てるかという事に尽きると言います。確かに言い古された表現ではあるけれど、読んでいると勝手に脳内でイメージ化されてしまうような物語こそ、のめりこむ物語だったりします。だからこそ、時代背景を知り、共感できる恋愛小説というものが高く人気を得るのかもしれませんが。

 横山さんの凄さは、その想像力と言うよりも、むしろ分かりにくい事を分かりやすく言葉にする能力なのではないかと思ったりします。難しい表現、専門用語を使っていても、読んでいるだけで理解してしまう語り口が、イメージ化につながっている作家さん。

 こういう持論を持っている私としては(持論?)、だからこそ晴一くんの「時の尾」が読みにくいと感じられたのかもしれません。ファンタジーが苦手なのも、イメージがとらえられないからのめりこみにくいというのもあります。晴一くんの世界では、主人公の生きている特殊な世界、特殊な背景、人間関係を説明し、理解し、その世界を広げる言葉の力が試されます。すーっと作家の世界を読者にも浸透させられるファンタジーこそ、理解を打て広がっていく。それこれ、ハリポタなどがそうなのかも。

 私がのめりこんだファンタジーと言えば、スティーブン・キングの作品位なのかなぁ…。後は「あらしのよるに」とか「ナルニア」とか? (「あらしのよるに」はファンタジーじゃないか?)

 横山さんは、さりげなく物語の世界へ意識を飛ばせてくれます。ぐいぐいという感じではなく、気が付いたら主人公のそばで物語の展開を見つめている気になる。
 ヒロインのキャスティングが決まっていて、主演が決まっているテレビや映画とは違い、自分が思う登場人物そのままに物語が進んでいく、その醍醐味が小説なり本なりにあるんですが、それもこれも作家さんの力量にかかり、それを読み解く私たちの読者力によるのかもしれません。

 映画、テレビ、漫画、小説。色々な表現の仕方はあるけれど、それぞれの良しあしもあって、それこそ何を大事にするかはその人によりけり。

 音楽もまた同じだなぁと、我らがポルノグラフィティを想う一日でした。

 

 因みに、講談社文庫の文字が読みやすくなっている気がする。
 行間が広くなったからかな?
 
 しかし、文庫と言うなら一辺はぎざぎざのままがいいなぁと思う、古風めかしい私の思いでした。

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