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<<   作成日時 : 2011/05/16 01:33   >>

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 実は、まだポルノグラフィティのファンクラブ事務所に住所変更の手続きをしていないもので、会報がこようが号外が来ようが、今の私には一切分からないという状態が続いています。そろそろ一年?
 実家に帰った時に確認することも亡くなっちゃってまぁ、最後に会報が出たのは一体いつなんだろう?というくらいです。HPでは、会報が発行されると連絡が載っていたけど、大震災の後から何だかよく分からない状態になっていまして。事務所としては機能しているんだろうけど、安定しているのかどうか?

 ポルノのお二人の活動もすっかり全然音信不通。所詮一般市民の私には、アーティストの彼らが今何をしているのかってのは全然分からなくて普通なんですが、なーんにも情報が無いのもまぁそれなりに「大丈夫なのか?」的な要らぬ心配をしていたりします。
 ツイッターではちょくちょくつぶやきをしている晴一くんは、個人的にいろいろ動いて(色んな意味で)いるようなので漏れ聞くことはできますが、昭仁くん・・・というか、『ポルノグラフィティ』は今一体どの辺りなんだ?という感じです。

 震災以降、娯楽とか文化とか芸術とか言う部分では、外食産業以上に自粛というか、『今こんなことやってていいのか』ってなムードが多かったような感じですが、晴一くんが言う「音楽の出番」って、そろそろ・・・ってか、もうそういう時期じゃね?と、一庶民の私は思うのです。

 最近思う事の一つとして、物事には裏も表もあるという事。

 晴一くんとかポルノグラフィティにどう通じるかという事はちょっとさておき、物事には二面性があります。二面だったり三面だったりっていうのはそれぞれだけど、何もかもに悪い事ばかりではないという事であり、良いことばかりでもないという事。以前、募金活動の在り方についてちょっと文句たれた覚えがあるのですが、善意があまりにもなんというか、露骨すぎて嫌になることもあります。

 災害は何時私の方にも降りかかってくるか分からないし、この仕事をしていればいつの時も有償ボランティア的なところもあるのですが、この仕事をしながら一つ思う事は、災害ボランティアに行く行為の裏に、その行為を支えてくれるバックアップがあり、そう動ける自分を受け入れてくれている背景(ボランティア先の受け入れ状況ではなくて、凄いね、頑張ってきてねと支えてくれる人の事かな。何で行くんだよって反発されたらいやだもんね。)があるという事も覚えておいてほしいのです。
 自分の行為の先に善意や、有難さ、素晴らしさは勿論の事あります。私は長い休みがとれてもなかなかボランティアに参加しようとはできない人間なので、行ける人は凄いと思います。想いを形にする、思いを行動で表すさまは、まさにマザーテレサが行っていた愛の実践です。何事も、行為がなければ「愛」ではないのだと。
 
 ボランティアに行くというのは、実際自分の休みを返上したりしての行為。滅私の心です。凄いことですが、自分の前ではなく、自分の後ろ(という表現は少しちがうかもしれないけど)を振り返った時、行ける状況を作り、支え、見守るすべてがある事に気づいてほしいなと思うのです。
 むしろ私はボランティアに行く人たちのバックを守る人間の一人。だからこそたまに、残って支えているこの事も必要な事と自分に言い聞かせていないと、ボランティアに行き行動する、という『善意』に押しつぶされて、自分が価値のない思いやりを失った人間のように思えてしまうのです。

 行きたい人全員がボランティアに行くというのは、無理な話です。その人が居ない間を支え、滞りなく全てが進んでいくために残る人材も必要。

 震災直後、混乱した日本の中で、それでも『日常業務』を遂行する人たちの活動がなければ、それこそ日本が破たんしていたはず。医療で働く私はふと思うのです。医療界はどんな時でも真っ先に行動が必要とされる部署の一つ。そのために過酷な勤務の上に過酷を強いられることも少なからずあります。行く人より残る人の方が大変な事だってあります。
 医療ボランティアに行けるのは、いわゆるスマートなクレバーな人たち。能力如何によっては行きたくても行けないことだってあります。けれども、残ってそこを守る事、必要があらばバックアップをすることこそ、残った者の役割。

 自分が「残るもの」だからこそ、残る者の大変さは分かるし、声なく黙々と日常を支える大変さも分かっています。逆にボランティアに行く大変さは分かっていないかもしれないけどね・・・・。
 行くから素晴らしい、いけないからダメ、という考え方が主流ではないのですが、行く人もいかない人も、日常を支えるという点ではどちらも大事な役目なのだと思って欲しいなと思うのです。送り出してくれる人、支えてくれる人はたくさんいます。そうして送り出したボランティアが、現地の被災者を助け、支えてくれる。それは確かに輪であり、つながりであり、絆。想いは繋がっているのです。

 そういう思いで送り出す毎日。

 人のために働いているのは、ボランティアだけではありません。ボランティアを送り出す側の人間もまた、人のために働き、その人を通じて手を差し伸べようとしている。そして日常を支えて、滞りなく毎日を送ることで頑張る力を支える。私も、スタッフも、隣の人も、向かいの人も、道ですれ違う人も、お店の店員さんも。

 ボランティアに行くって、でも凄く大切な体験になると思いますね。中・長期的な時期に入ってきたならなおさら、国や県などといった大きな力とともに、すぐに動ける身近な即戦力、触れ合える力と言うのは生活に大事な役割となります。皆が残ってもいけないし、皆が行ってもいけない、そのバランスって難しいけど、自分が出来るところで自分の出来る事を自分のできる範囲で行う、それだけで国は回っていくんだと思いました。

 自分の能力以上のことをするなら、それなりに助けが必要なものです。ボランティアは、その助け。そのボランティアに能力以上の事が出来るように助けるのは残った人だったり支える人だったり・・。

 物事には二面性があり、裏と表、光と影があります。けれど、真っ二つの事ではなくて、繋がっているようなもの。地球の海のようなもので、暖流があり、寒流があるようなもの。難しいけれど、良い事ばかりを見てても悪いことばかりを見ててもダメで。良いことはとことん裏もなく純粋に良いっていうものも少なくて。ボランティアにしろ復興支援にしろそうで、言葉に影響力のある人が、発言力のある人があからさまに『善意』を讃えると、逆に重荷になることを知る毎日です。何もできない自分は、多分思うよりもずーっと悪人なんだなぁと思わされたりするので、たまーにこんな風に言い訳のように逆面を解いてみたくもなるのです。

 これがポルノグラフィティにどうつながるか・・・

 やはり、自分が一番能力を発揮できる所で、自分の思う存分働くことが大切だなということかな。

 何かをすることは大事、何かを成すことも大事。
 自分が何ができるかという事を客観的に知ることも大事。

 音楽は、涙する一人に手を差し伸べることもできるし、万人に笑顔と喜び、思いを共有することができる手段。自分の力の大きさを再確認して、自分の力を涙する一人にも踏ん張る皆にも、全ての人が輝ける方向で使ってほしいなと感じるのです。具体的に言うとなんだか批判めいたことになっちゃいけないので言い方が難しいけど、私はニュースを見ながらふと思うのです。
 天皇両陛下の被災地ご訪問と、芸能人の被災地訪問では意味が違ったりするんですよね。重みとか格の違いではなく、まさに『出来ることを可能な限り出来るだけ』という事。スポーツ選手はスポーツをし、芸術家は芸術を創作し、音楽家は音楽をする。音楽家が音楽を捨てて音楽家の肩書きで被災地を回る必要があるのか、という事かな・・・。あくまでも今の時期という事だけど。それこそ、お笑いの人は現地で笑いを取るのが必須!肩書きを引っ提げていくなら、肩書きとしての『自分』のできる範囲を目いっぱいするってのが大事かなと。そうやって、政治家のなかには一個人の「政治家」として震災に立ち向かっていた人はたくさんいる。

 物事の二面性ってことから外れるかもしれないけど、「何かをする」ってことはそういうことだし、『自分』が差し出せる一番良いものって、やっぱり自分の持ってる一番のものになるし、そうなるとやっぱり自分が持ってる能力ってことになるんだよなぁ。ただ、それが今どこでどういう風に必要かどうかという事、今その場で必要かどうかという事が、裏面かな。

 自分が自分でいる事、それも大事。今この国で生きてて生活をする人が、頑張ってそこで普通に生きてることも大事。学生なら勉強することも大事。勉強以外の大事な事もあるっていうけど、社会に出た今の私には、やっぱり勉強も同じくらい大事だと思う。

 一人でぼやり色んな情報と向き合っていると、色々考えます。自分の頭で考えては別の取り方もあるし、こうも考えられるしと、そこからまた物事の多様性にはまっていったりするけど。

 自分と言う人間が、自分がした行為が、全て「よい」だけではないし、『悪い』だけではないという事も含めて、そういうことを考えさせられることが現時点の私の身の回りでいっぱい起こっているから余計に、自分の価値とかいい悪い、とり方捉え方なんかについていろいろ考えてしまいます。
 
 気づかないうちに人を傷つけている…

 気づかないうちに、自分自身を傷つけている…

 何だか悲しいすれ違いですが、いい悪いの裏はやっぱりいい悪いで、書いていたらだんだん『楽観的』な感じになってきましたが。
 自分の能力を決めつけないでどんどん引き延ばすことって、実は周りの助けがとてもあるっていう事なんだなぁと、ボランティアに絡めて考えたりしてました。能力以上のことをするっていう事と、能力を伸ばすってことは別物かな。自分のラインを客観的に見つめて、日々それをどんどん先へ伸ばしている人が、輝いている人なのかな。


 何だかまとまりのないうだうだ話になったなぁ…

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内 容 ニックネーム/日時
ツイッターをやっていて1時間に達してしまったので検索で此処に来ました。ハルイチさんのツイッターやブログを見ている者です。自分もブログをやりたいのですがこんなに文章を書ける人がいるなんて凄いなあと思います。ボランティアは大変だと思うのでご自身の生活を第一にご自愛下さい。あまり難しく考えない方が良いですよ。お幸せに。
皐月
2011/05/17 15:45

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