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<<   作成日時 : 2011/05/23 23:28   >>

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 三日間、怒涛の緊張感で仕事が過ぎていき、少しばかり健忘症です。何していたっけ?と、本気で振り返る事が出来ない。昨日の晩御飯を思い出せないのは結構きわどくやばいと聞いた事があるけど、晩御飯どころか・・・って感じです。

 三日連続の日勤の一日目、仕事が終わって新入職者の歓迎会がありました。今の職場に移ってからというもの、実のところ大してスタッフと仲良くやっていない(仕事場では大丈夫ですが、プライベートで、という意味ね。友達って感じじゃないのよ。)私としては、こうした集まりが苦手です。もともとあんまり人付き合いっていうものを濃くやってこなかったせいか、友達っていう友達も考えたら少ないかなぁと思い直し、ちょっとまた凹んでみたりする。
 私のお葬式、きっと片手で足りるくらいしか来ないんじゃないか。

 人とプライベートまでがっつり付き合うというのは、意外と骨が折れるものです。特に、矢張り地域が違うというのも大きな壁。慣習の違い、考え方の違いなどなど。笑って済ませられるものならいいけれど、笑えないものだってあるはず。そう思うと、国際結婚をしている周りのスタッフの面々の何よりの柔軟性に舌を巻くのであります。

 その歓迎会では、思ったよりも楽しく穏やかに過ごせました。ホッと一安心。

 その会に出ていた精神科の先生、私が大学時代に精神科講座にいたことや卒業論文が精神科領域だったことを話すと、

「もう一人の精神科の先生が、精神科病棟を欲しがっているんだけど、なんなら一緒に病棟作る!?」

「作る作る〜〜!!!」

 のノリで盛り上がりました。
 
 精神科領域にとりあえず興味を持ち、講座に入り、少しばかりはほかの学生よりも精神科領域の勉強をしたはずの私ですが、精神科疾患を持つ患者さんの多さには、いまだ慣れずにいます。

 多いからびっくりする、と言うのではなく、病院にかからず放置されている患者さんが多いという事にびっくりいるのです。

 別に、必ず病院に関わらなければいけないというのではなく、社会で普通に生活できていれば全く問題がなく、そういう方を社会が受け入れていられるというのはとても良いことなのですが、

 普通に生活・・・だったり、

 社会に受け入れ・・・だったり、

 この間も書いたけれど「当たり前」に考えてそれが「普通の生活?」「受け入れられてる?」と疑問になるような扱いばかりです。
 ちなみに、きちんと治療したり、社会的に対応できる患者さんでないと、入院も断られてたらい回しにされるという事だってありますし、実際私が救急外来で働いているときにも、

「精神疾患があるので受け入れられません。」

 と言って断ることだってあるし、断られて断られて救急隊になきつかれたことだってあります。

 そうして、到底普通の生活とは言えない生活をし、受け入れられているとは言えない状態で生活している人々が本当に沢山いますし、逆に

「鬱で薬貰ってます。」

 と、さらりと言ってくれる患者さんもいます。というか、精神科に駆け込む患者さんの多いことも如実に表しているという事です。 話をしていると、何かおかしい、何だか「ん?」という方がたくさんいるのも事実。自分や周りのスタッフが逆にとてつもなく慈悲深いというわけではないのですが、あまりにも一般的な道をちょいちょい踏み外している人たちが多いのです。

 精神科領域は、勿論血液検査で診断がつくものでも、画像検査で指摘できるものでもないので、はっきり言ってイメージや感覚の世界。診断する医師がそうだと言えばそうなる。勿論確固たる診断基準はありますが、人間の体以上に人間の精神って当たり前の教科書通りの反応をするとは限りません。だからこそ、診断基準に当てはまらないから違うといって放置される患者さんも多いのかもしれませんが。

 心療内科と言う科の知名度があがり、精神科よりも言葉から感じるイメージが柔らかいせいか、心療内科の受診患者さんは多いようです。少しばかり気が落ち着かなかったら、そういうところでカウンセリングなり診察なりを受けて他人の力を借りる、薬の力を借りる、というのは確かに有効。
 でも、必要な人が病院に来ないというのは精神科領域では大変日常茶飯事。まぁ、誰だって理解できることではあるけど。昔よりは精神科って言葉もだいぶイメージ回復してきたようなんだけど、医療従事者が精神科って言葉に反応してるくらいだから、一般の人は言うまでもないか。

 まぁつまるところ、精神科疾患があるだけで厄介者扱いされること確か。告白されて「はぁそうですか。」と言える人は少ないのでは?

 この間、精神科疾患があるばかりに、地域の病院に入院を断られ続け、救急隊が5時間かけて病院を探しまくっていた症例がありました。診るだけなら見ます、ということで向かった病院では、あまりの病態の悪さに放置されていたようで、病院は救急隊に向かって別の病院を探すように指示したようです。救急隊の人って医療従事者よりもずーっと優しい人が多いので(びっくりするほど慈愛あり。そして患者さんたちの信頼度も医療者より大きいんじゃないか。)、必死になって次の病院を探していたようです。
 うちの病院のホットラインが鳴った時、開口一番

「先ほどお電話した○〇です。やっぱり受けてもらえませんでしょうか、再度ご検討を・・・」

 と。病態を話す救急隊に対して、そこにいた皆が「??????」で、誰の事?何のこと?と、それぞれがそれぞれに「アンタ受けた?」「聞いた?」と目で訴える始末。

「・・・・電話、貰ってませんけど?」

「え?さっきしませんでしたか?」

「・・・その病態の患者さん、初めてですけど?」

「あぁ・・・すいません、もうかれこれ50件以上病院をあたっているので、別の病院だったかもしれません。」 

「50件?」

「それ以上かもしれません。何しろ1時前から電話かけまくってまして…どこかの病院がどうしてもダメならって言ってくれていたような気がするんですが、おたくじゃかったんですね。」

「・・・今、6時ですけど?」

「あぁ!!!!!もうそんなになりますか!!!!」

「ずっと現場ですか?」

「いえ、病院の処置室なので、患者さんはベッドに寝ていられる状態ですが。」

「そこの病院では看て貰えないの?」

「えぇ、入院が出来ないそうで。」

「満床?」

「いえ、そういう事ではなくて、精神疾患がおありで。」

「・・・・入院が必要そう?」

「だと、医師は言ってます。」

 あまりの気の毒さに(救急隊も患者さんも家族も)、うちの病院からはどんなに頑張っても救急車であっても一時間はかかりそうな場所からの依頼をOKしました。

「精神疾患があるだけで・・・病院にいるのに見て貰えないってどういう事?」

「病院としてはそういうポリシーなんだろうね。」

 いろいろ言い合っていた間に一時間が過ぎ、やってきた患者さんの病態を見るや、

「入院入院!」

「点滴に○○加えて!! ▽▽追加して!!! 画像早く〜〜〜!!!」

「すんごい濡れて低体温だよ〜〜。毛布毛布!!!」

「着替え持ってきて〜〜〜!!」

 の状態。

 申し訳なさそうな救急隊から話を聞いていると、どうやら病状が悪いのは分かっていたけど、入院できないから点滴のルートを取っただけでベッドに寝かされてそのままだった様子。その間、失禁して服はずぶ濡れ、布団もシーツも濡れた状態で丸まり、点滴もただの維持輸液のみ。病態に対する治療的な薬は丸でなし。持ってきた一応の紹介状は

「なんじゃ、これ!?」 

 まるで情報がなく。何もしていないんだから何も書けないわな。

 皆で声を合わせて




「病院はどこや!!!!!」




 怒り心頭で奮起する医師数名。精神疾患との格闘もしながらの治療でした。
 遠くからやってきた患者さん家族は、精神疾患があるから仕方ないといった諦めとも受容ともとれる態度で、病院が何もしなかったことも、たらい回しにされることにも慣れている様子。

「辛かったね。」

 という先輩スタッフの声掛けに、何だか悲しげな笑顔を浮かべていました。

 どこまでが精神科疾患で、どこまでが正常かなんて、それも結局は人間の線引きなんですよね。心に何も追っていない人なんて誰もいないし、心に傷を負えば、何らかの変化がある。
 心の傷って、まるっきり治ってしまうものでもないし、切り取って完治するものでもない。癌のように進行してむしばまれるものでもないようだけど、臓器を取り出すように何かしらの『後遺症』を抱えていく。それが小さいものであれ大きいものであれ。

 だから、まるで心に傷を負っていない事を正常だというならば、生まれた瞬間の赤ちゃんにしかそれは許されない言葉。

 心の傷が優しさを生むとか、傷ついた分だけ優しくなれるとかいうのは、本当に心に傷を負った人に対して、それがまだ生々しければそれだけ、押し付けになったりする。そして、優しくなれるのは傷ついた分だけではなく、人に優しくされた分だけ、ということ。傷を負えば周りが優しさを差出し合う。それが、相手の優しさを生んでいくということ。だから、傷があることは優しさとは関係ないと思ったりもする。傷は傷なのかも。いつだって痛むことはあるし、治ることはない。修復されても、元には戻らない。何かが元に戻る事なんて、この世の中なに一つも無いんだって気づいたりする。

 形のないものだって傷を負う。
 形のないものこそ治しにくい。
 どうやって『手当』も出来ないし。

 それを排除する社会が、当然のようにあったりするのです。

 医療の中にも。
 精神科には、病気の苦しみとともに、偏見の苦しみも在る。
 
 


 だからと言って、全てに鷹揚には慣れない私ですけど…。
 頭で考えて、必死にそうしようと頑張るだけで長く続かないことだってあります。
 
 みんな、そうなのかもしれないな。

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