〜近畿☆瀬戸内☆うまうま交響楽団 ♪

アクセスカウンタ

zoom RSS 雨がしとしと…

<<   作成日時 : 2011/06/10 22:45   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

 また明日、と言いながら一日が過ぎてしまいまして。5月病ならぬ6月病なのか、梅雨のどんより感なのか、なんとなくやる気が起きない毎日に疲労が加わり、気分まで沈み込んでしまっているうまうまさんです。自転車を漕ぎながら、なんでこんな毎日なんだろう…と考えつつ、幸せって何だっけ?(←お醤油はちゃんとある。)とか、病気になるって、ホントに『弱い』からなるんだなァ…などと考えたりしている毎日です。

 病気で思う事の一つは、心を病む人の中には、『依存』する人が多いなぁと思う事。依存する先が何であるかは人それぞれであるけれど、凝るとかマニアとかいうものではなく、依存。負け犬としてはこんなことを書いてはいけないんだろうけど、誰かが「結婚の早い人は、大概自分という人間は一人では生きていけないっていうことを本能的に知っている。家庭とか異性とか子供とかに依存していないと生きていけない自分を知っているから、早く何とかしようと頑張るんだろう。」と言われたことがあって、なる程とは思わなかったけれど、それも一理あるんだろうなぁと思ったりした自分を思い出したりします。

 自転車を漕ぎながら、そういえば自分は依存って事が病的ではないなぁとおもうし、客観的に自分を俯瞰してみていると、こいつは一人でもなんとかやりそうだ、という気分になってきたりするもんです。いや、べつに私に依存心が無くて独立心旺盛と言うのではなくて。逆に人の目は気になるし、人見知りはするしって感じなんだけど。そうであっても自分で自分を「一人でやっていけてる」と思ったりするのがちょっとさびしかったりするけど。

 うちの病院には、身体の疾患に心の疾患を加えた人が結構います。都会だから殺伐として、寂しい人間関係で心を病む人もいれば、そういう人たちが見つけられずに暮らしている、あるいは無関心・見て見ぬふりという風潮で関わりを持たずに暮らしているわけです。そういう人が体を病むと、まぁそりゃ大変なわけです。

 この間勤務をしていると、気分不良と振戦の主訴で救急車でやってきた方が居まして。前のカルテを見ても、今の状況を見ても、どう考えてもアルコールの離脱症状の一つなんですわ。アルコール依存症、あるいはアルコール中毒、まぁ広く言ってもアルコールを病的に愛する人たち(愛してはいないんだろうけど、手放せない人たち)、そういう人たちはアルコールを飲んでいて血中アルコール濃度が高いというのが体の中で『普通』の状態になっていて、少しでも飲まないことがあって血中アルコール濃度が下がってくると、離脱症状を起こします。

 アルコール依存で更生施設に入るとき、この離脱症状の出る時期をどう過ごすかが課題になりまして、本人もこの離脱症状ではとてもつらくてしんどい思いをします。そういう思いをしたくないから、なりそうな時にはまた飲んでしまうっていうのを繰り返すんだろうけど。こればっかりは依存症にかかってそれを乗り越えた人しか分からない事で、日常生活の○○と似ている、と表現できるものではないです。

 でまぁ、その離脱症状を起こして救急車で運ばれている患者さんと、付き添ってきた家族の劇的な狼狽ぶりに、逆に医療者はドン引き状態。

 患者さんは元来のアルコール依存なんだから、こういう離脱症状を見るのは家族とて初めてではないだろうに、たぶんその回毎に救急車を呼んでパニックになっているんだろうと思われました。まぁ、ああいった症状は何度見ても見慣れることはないんだろうけど。
 どんな状態でも救急車と言うのは対応してくれて、どんなに大変でも患者さんにかわって病院をあたって探してくれ、どんなに大変でも病院まで連れて行ってくれます。まずここで、救急車に対する依存。もともとアルコールに依存しているんだけど、それを弱いからとか人としてなっていないと言うつもりは毛頭ないんだけども、「自分」に対して自分で責任が持てないわけです。それを他人に頼ろうとする。しかも、本気で他人に。でもって、寄りかかれる大きなものの他人に。
 医療界はその『大きな寄りかかれる他人』にとかくなりがちというか、そう思われがち、というかそういう存在?(私個人は無理かなぁ…)

 病院に来ればそれなりに病人として診察なり検査なりで病院用語でいうところの「ちやほや」される。それに味を占めて何度も来る人もいるくらいだし。

 悪く言うつもりはないので湾曲した捉え方をしてほしくないのだけど、言い方が変になるので申し訳ないですが、病院にきて患者としてベッドに横たわっていると、とかく人は『病人』になってしまいます。気持ちなり、身体なり、『病人』として扱う私たちも悪いんでしょうし、病院には病人がいるものだという雰囲気もあるんでしょうが、実はなーんでもない人が『病人』になっている、いわば「劇団ホスピタル」なのですよ、病院って。 (警察を前にすると悪いことをしていないのに悪いことをしたような気になってしまうのと同じ?)

 その傾向は『依存』と名の付くものを背負う心の病を抱える人に特に大きく、それを見た周りの人たちがますますその人を壊れ物扱いし、「可哀そうな人」「助けがなければ生きていけない人」としてしまうのです。そしてその心にまた依存する。つまりは、色んな寄りかかるものに囲まれていないと生きていけない、だから囲まれているようにふるまう、もしくし無意識でそうなるように求めてしまう。悪い意味では操作する。

 実際には自分の力で立ち、自分の力で社会で生きていき、自分の力で笑い、喜び、泣き、感じる事が出来るはずなのに、全てを人任せだったり、人によりかかっていこうとする。

 もちろん、自覚のある人はごくごくわずか。人はそれを無意識でしてしまう。だから依存してしまうんだろうけど。救急車依存はもう近年の問題現象ですけどね。歩ける人が救急車。痛くて歩けない人が自家用車って矛盾、矛盾だと思ってます?って感じです。

 そうして『心を病む』という病気にかかっている人は、依存心がむくむくと知らないうちに大きくなる。精神科疾患の人の事ではなくて、心を病む人の事ですよ、あしからずです。統合失調症とかの人ではなくてって意味です。私の中では、精神疾患と心の病は別物。誰だって発達障害が心の病だと思わないでしょ?別物なんだから。

 心の病と言うのは、疾患よりも厄介。でも、人によりかかって人の善意に甘えて好き勝手している人を見ていると、心の病になれたらとても楽だろうになぁと思う事もある。確かになってしまえば本人はとてもつらくてしんどくて、だからこそ誰かに何かに頼りたくて『依存』をするのかもしれない。なので一概にダメだとは言えないし、そうして生きていくのに依存が必要なら、支えの一つになるべきだとも思う。
 
 けれど、けれど・・・やっぱり人間の心はいつも穏やかでいつも支えられるとは限らない。自分でいっぱいいっぱいの時に、誰かを支えるなんて無理な話。求められても断るしかないときだってある。

 ・・・

 なんてことを、アルコール依存の患者さんとその家族の様子と、対応する医療者の様子から考えた次第であります。

 精神科医師・精神科ナースの凄さって、ホントに凄い。
 私ってほんまに小さいなぁと思うのでありました。

                    

 3.11から明日で3か月です。もう被災地と呼ばれる場所の映像もニュースも、限られたものだけになってきました。
時折思い出したように継続ルポを見たりすることがありますが、テレビやニュースで見ることのできる『現実』は、じつは現実の中の一部、その中の「伝えてもいいと勝手に外の人間が決めたこと」の一部だったりします。

 私の勤める病院でも、継続的なボランティア活動が行われていて、班の数を重ねています。医療活動はすでに終息の方向へ向いていて、現場の病院機能もほぼ回復してきたと言います。だからか、医療行為のためにボランティアに行くというのは派遣の目的のほんの小さな一部だったりするそうです。
 何かの機能を背負う場所では、流石に早い取り組みがなされていますが、現場の状況を報告してくれている石井光太さんのツイッターを読んでいると、『日常生活レベル』や『個人レベル』での復興は本当にまだまだだという感じもあります。テレビで見られる人たちは、その中でもより前へ進む力のある人たちの一部なんだなぁという乾感想です。

 それに対して何もできないでいる無力さと、何もしないでいる勇気は背中合わせのようなもの。

 私はボランティア活動にも行けていないので、何もできないなら何もしない勇気を振るうに越したことはないのですが、この間時間があって、被災地に出かけた人からお話を聞くことが出来ました。短い間でしたが、その中で体験した人との出会いや被災地の状況などを中心に話してくれました。ので、恥ずかしながら何もしないのに言う事は言う矛盾を披露するしかありません。

 お話の中で言われていたことが、とても印象的に残っています。

 周りは復興復興と頑張っているようです。被災地では毎日のようにあの3.11から復興に向けて、がれきを撤去したり、ボランティアさんが入ってくれたりと、有難いことに後ろ向きにならずにどんどん前へ進んでいる。
 公共機関が動くようになり、次の日にはバスが動いて、次の日には新幹線が通り、次の日には道路が見えてくる。

 その流れに、被災地の人々の心がついていかないのだと。

 ボランティアに行き有益な活動をして、感謝してもらった嬉しさを耳にしたり、ボランティアに行く勇気を凄いことだと褒めたり絶賛したり、あたかも行けない事が悪いことのような雰囲気の中、ボランティアに行ったその方自身が、はたして自分の行為のそれが人々の役に立ったのかと苦悶しているのです。

 被災地では確かに、復興するエネルギーがみなぎり、ボランティアさんが懸命に働き、そのために成しえたいろんなことがあったりします。絶望の中から前へ進む勢いや力がみなぎっているのでしょうが、そこにもしかしたら被災地の人々の心が入り込んでいないのではないかと、置き去りにされているのではないかというのです。
 被災地の人たち自身が、「復興にむけた勢いがすごすぎて、ついていけない」と言うように、周りを爆発的な復興へ向けたエネルギーで固められ、もしかしてそこに居るべきはずの『人々』がポツンと後方に残されているのではないだろうか・・・。

 誰かのために行う、何かのために行うボランティアが、本当にその行為の受け手に対して寄り添えているのかどうか、とても疑問だったと言います。
 
 立ち止まりたいときだってあります。悲惨な経験だったからこそ、早く忘れて復興へ向かった方がいいというのは、経験していない人の論理の一つです。むしろ「何が起こったか分からない」状態を脱し、起きたことを受け止め、受け入れる時間が必要なのではないでしょうか。そしてそれが、今なのかもしれません。

 立ち止まり、がれきだらけだった町がどんどん姿を変えて更地になっていくのを、ただ「よかったね」とみている被災者がいるでしょうか? むしろ、もしかして昨日撤去されたがれきの中に、思い出の品がまだ残っていたかもしれない、もしかしたら大切な人の一部が紛れていたかもしれない、そう思う事の方が多いのかもしれません。

 何もかもを失ったからこそ、何もかもを失う事の意味を受け入れる時間の余裕、心の隙間を作る時間が必要なのでは無いかと・・・。

 人は『理解』しないといけない生き物です。医療界の中でも、『幻肢痛』というものがあります。失ったはずの体の一部(医療上必要があって切断されたとか・・・)が痛むという事で、失った部分の痛みなので鎮痛剤が効くかどうかは微妙な上、処方しづらいという点もあります。その痛みは、脳がまだその部分を「失った」ことを理解していなくて、その部分をつかさどっていた脳の信号が、「痛い」と警告を発しているのです。

 これを聞いたとき、とても悲しい気持ちになったのを覚えています。失ったものに気づかず、あるはずなのになぜ!?と、自分の中の自分が訴えているのです。

 この痛みは、脳がその部分を「失ったこと」を理解して初めて消え去るものだそうです。目で見てない事、触れられない事、失ったという知識での理解による心の痛み、そう言った様々な感覚から情報を得て、「あぁ、もうないんだ」と脳は理解し受け入れるのでしょう。無いんだから仕方ない、と割り切れる人の方が痛みが少ない事や、切り落とす瞬間をしっかりと記憶し、覚えている人などでは起こりにくいと言われています。(戦争で吹っ飛んだという人は、幻肢痛が起こりにくいのかな?)

 失うという事においては、それが体の一部であろうが記憶であろうが持っていたものであろうが、築いてきたものであろうが、同じではないでしょうか。あったはずのものを失う、在ったはずの日常が流れ去る、そう言った経験の中で、幻肢痛が起こらないはずがなく、形あるものを失うことや、自分自身の体の一部を失う事よりも理解と受け入れに時間がかかる分、はるかに深い痛みを伴うのではないでしょうか。

 その『痛み』を、復興の陰で忘れているのでは・・・

 本当に寄り添わなければならないものは、復興に迎うエネルギーにではなく、それに取り残された被災地の人々。口ではどう言っていたとしても、「どうしよう」という思い、「どうなるのか」という不安を取り除くことはできず、今ですらおそらく毎日一度ならずとも、考えては落胆することの方が多い毎日かもしれません。行ったことも見たこともない私には考える資格すらないのかもしれませんが、西日本から見ても復興する勢いには「もうそんなに?」と思う事もあるのを考えると、現地の人たちが皆それと同じだけの「展望」を持っていたり、エネルギーを傾けていたりと言う事はないのだと分かります。

 もしかして、心が復興についていけない人たちは、ごく一部の人なのかもしれません。けれども、遅かれ早かれ、人々は『無くしたこと』や『起きたこと』を理解して受け入れ、咀嚼して昇華する必要があるはずです。その時の心と体の反応に寄り添えるだけの継続が必要であり、それだけの人が必要で、それだけの支えが必要で、それだけの温もりが必要なのだと感じます。

 あまりにも先、あまりにも美しいもの、あまりにも希望を追い求めすぎて、私たちは主役であるその地に生きてきた人々を置き去りにしているのではないでしょうか。復興と名をつけて、その地を作り変えようとしているのではないでしょうか。いえ、そうであってはならないので、そうではないのだと思いたい。
 話を聞きながら、瓦礫を片付けることも大切、だけれどその瓦礫に人々の心や人々の日常が『在った』のだという事に心をとめる復興であればと思いました。

 話をしてくれたその人は、病院から出たボランティアさんなので医療従事者として医療行為もできる人ではありましたが、派遣されている間の自分の仕事は主に話を聞くこと、人とお茶を共にすることだと話していました。何かをしに、何かを成しえに行くのではなく、生活に寄り添う・・・いえ、できれば人々の幻肢痛に寄り添うボランティアで在ればと願うのみです。

 私はボランティアとしていく予定もない人間なので、せめても人々がその地で生きる『主役』として再び生活ができるよう、祈るしかありません。
 
 復興の主役は政府ではなく、役場であり人々。小さなコミュニティの踏ん張り時です。
 周りがやんややんやとたきつけすぎて、逆に被災地の人たちが白んでいないよう、彼らが主役の復興なのです。

 政府も政治家も、与党も野党も、そう考えるとリーダーが誰であれ、不信任がどうであれ、今バタバタと文句を言い合っているときではないのはサルでもわかるはず。過去を穿り返して対応を責めても、時間は帰ってきません。責めて何かが得られるなら、地震が起きたことを責めていくしかありません。
 時間が戻らないことは分かっていても、立ち止まりたいときも、泣きたいときも、後戻りしたいときもある。それを責める機会にしたところで『幻肢痛』はひどくなるばかり。

 難しきかな、人の心。
 けれども、放り出せない、人の心。

 

にほんブログ村 犬ブログ 犬 闘病生活へ
にほんブログ村

にほんブログ村 病気ブログ 看護・ナースへ
にほんブログ村

2011.10.21より参加しています。ぽちっと応援よろしくお願いします。

初心者なので、どの記事にもどちらも載りますです。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
雨がしとしと… 〜近畿☆瀬戸内☆うまうま交響楽団 ♪/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる