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zoom RSS こんな夜だから〜。

<<   作成日時 : 2012/01/10 23:44   >>

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 人生には、転換期がある。

 ・・・難しい話をしようというのではなくて・・・

 児童・生徒・学生の時代、私たちは大抵「自分より年上の大人」に囲まれて、「自分と同い年・同年代」の人たちと遊び・学ぶ生活を過ごす訳ですよね。小学校に入学するときは皆が同い年(か翌年)生まれで、義務教育を終える高校生だとしても、夜間・定時制、もしくは編入とかで多世代と一緒になる経験をした人もいるだろうけど、見渡せば同年。干支も同じか、一つ前か後ろかって感じです。
 だから、同級生ってその時代はとても『同じ感性』で繋がっていて、同じ流行を追い、同じテレビ番組の話をし、同じような感じで過ごすわけですよね。だって、教育だって同じ学校なら同じだろうし。好き嫌いはあったとしても。

 そして、社会に出て、あるいは大学に行って、初めて「別の年の人」と接することになる人が殆どではないかと思います。年上の人と同じ授業を受けることが結構びっくりだった私の大学時代、大学の『浪人』とか『現役』って、こういうことなんだなぁと感じたりします。
 少なくとも、自分より年下の人と一緒にいなかった大学時代。「歳上の人」の大人な考え方とか視野の広さとか、少しだけ広がった自分の世界の中で、凄いなぁと思っていたりこういう事が大人になるってことなんかなぁって思ったり、既に成人式をしていたりいなかったりと、一つの話題にも会話にも色んな視点、上下左右色んなところから出てくるっていう感覚を体験しましたっけ。

 そしてそして転換期、それは社会に出るという事です。
 つまり、 『働く』という事ですって。

 私がナース一年目だった初仕事場で、誰か先輩スタッフが

「働くという事は、自分の父母のような世代の人と同じ仕事場で動き、祖父母のような人のケアをし、自分の兄弟のような人と同じ仕事をし、自分の子供のような患者さんを看る、という事。」

 みたいなことを言われた覚えがあります。

 看護師に限らず仕事を始めると、そこで初めて多世代の人と同じ仕事場で働くという事になります。一つの仕事に向かい、いろんな世代の人や色んな職種の人が関わり、成していくのが仕事。
 つまり、今まで同世代だけで面白く可笑しく楽しみ、周りの『おとな』に囲まれて保護されていた自分が、初めて「周りの大人」の仲間入りをするわけです。

 勿論一年目の時は仕事場では一番下っ端なので、手をかけ情をかけられてぬくぬく(?)と成長するだけでよいのですが、どんどん時間がたつにつれ、同じ「仕事人」とみられ、同じように扱われ、同じように見なされるわけです。
 定年近い人とも働き、新人とも働き、同世代とも働き・・・・。それが「仕事をする」という事。中には友達・家族会社などで見知らぬ歳の離れた人とスタッフになっていく過程を経ることのない人もいますが、たいていの人は希望して入った会社で、見ず知らずの人と一から信頼関係を結び、スタッフとして成長していくわけですよね。

 働いて初めて思ったのは、そうした世界の広さです。世界と言っても、日本の日本語しか話さない田舎の小さな一病院の話ですが、別年代の人と働くという事が凄く視野の広がる事だという事にも気づかされるのです。

 仕事の醍醐味の一つは、多世代の人と共に働く、という事なんでしょうね。

 看護師であるならば、本当にいろんな世代、色んな年の人と接することになります。年だけで人は判断できませんが、年を重ねていろんな経験をした方の見識とか品格とか、又は同じ年代でも別の生き方をしている方だとか、つまりは一人一人の生き方を感じることができる仕事だという事です。それが嫌になる事もあれば、面白いと感じることもあり、凄いと感じることもあれば、「この歳でそんなもの?」と感じたりすることもあります。

 患者さんに限らず、スタッフさんでも自分より年上の人と接し、自分より年下の人と接し、教えたり教えられたり協力し合ったりしていると、人は一人一人みんな違っていて、それぞれの生きざまと考え方と価値観があり、それを譲ったり譲られたりしながら『共に生きる』ことになるんだなと感じたりするのです。

 その中には、家庭もあって自分より年上なのに、凄く幼かったり常識やマナーが微妙だったり、ん?と思うようなちょっとIQの低い事を平気で言ったりしたりする人もいますが、それを『その人』と受け止めたり、時につついて笑いあったり反論されたり、それはそれで「そういう人」とのコミュニケーションを楽しむのです。

 価値観の違い、生活の違いっていうのをまざまざと知るのは、きっと友達関係よりもこうした付き合いの中でなのかもしれませんね。どれだけ多くの人と接するかで、どれだけ多くの価値観と出会うかになり、許容できる範囲を広げたり縮めたりする「自分」が出来てくる元になるのかもしれません。
 それは、ふと思うと『友達が多い』という問題ではなく、関わった人と深く知り合い友達にならなくても、出会った人の価値観を見抜き、大事にしたり納得したり『受け入れ』たりすることだけで分かってくるものなんだと思います。

 そうした体験や見聞の中で、自分の全てをありのままに受け入れ、認め、愛し、否定されることのない「友達」だったり『家族』だったり「パートナー」だったり『子供』だったりの大事さが分かるのかもしれませんね。何も知らないで盲目的に愛し、その人だけを見つめて居れば、周りはどう在れ自分たちは幸せなのだという事もその人の価値観なのかもしれませんが、別の価値観に出会った時に激しい拒絶反応を起こしたりすることもあるのでしょう。(そして、色んな事件が起きるわけ?)

                  

 まとまりが中途半端な前節だけれども、そうしてであった価値観や人に対して、受け入れてはいるけれど、肯定しているけれど、やっぱり人には向き不向きや相性があるのだなと思う事もありますね。
 私たちはそうした相性の悪さも、時に笑いながら受け入れてもろともしないこともあるのが殆どですがね。

 長いフリ(降りだったのか!?)から昨日の夜勤の話です。
 夜勤と言っても、長い長い忙しい夜を過ごした、朝方の話。そう、この日は物凄く忙しく、私も休憩とれず、ずーっと走り回っていました。

 当直をしていた研修医の先生が、救急隊からのホットラインを受けていました。

「もしもし? ○○病院です。」

 から始まり、年齢、性別、主訴、状況・・・・等々。

 簡単な情報を得た後、研修医では搬送の受け入れ許可の判断は任されていないので、指導医に搬送を受け入れていいかどうかのお伺いを立てます。この作業でちょっと時間がかかるのでいつも申し訳ないのですが、ホットラインをとって適切に情報をやり取りするのも研修医の修行の一つ(・・だと思うのです)。

 受け取った研修医は指導医に電話で確認。

「○歳の男性で、状況は▽▽、JCS1〜2、バイタル・・・・」

 受け取った情報を端的に伝え、

「どうしましょうか。」

 と判断を尋ねると、電話口の指導医はかーーーーなーーーーりーーーー悩んでいる様子。

「はぁ・・・そうですね・・・・。ちょっと微妙ですね・・・・・あぁ・・・はい・・・。」

 研修医の先生とも微妙なやり取りをしています。
 搬送依頼のあった患者さんの病状が、はっきりしない感じだったのと、悪くすれば重症になるかもしれないけれど、その割にはどうか・・・でも何だか変な感じの症状だし、もしかしたら単純なものかも・・・なんていろいろ想像しても想像できない状態だったというのも、判断の決め手がない所です。
 不定愁訴、という訳ではないのですが、色んな症状が定型的な出てこないのは人間の常。びっくりするような症状からビックリするような病気が見つかったり、軽症だと思ったら亡くなられたり、重症だと思ったら歩いて帰ったりとしたったこともしょっちゅう。どうせならいい方へ裏切られたい医療従事者。

 最後のへんには

「すいません、先生…・私なんかが当直で・・・・」

 研修医、電話片手に元気をなくす。

 おいおい、なんてこと言われてるんだ――!!!!

 何でこんなネガティブになってきてるんだ―――!!!

「本当だったら○○先生のはずだったので、もって良い夜になっていたと思うんですが・・・」

 はい!?

「私なんかが当直でこんな目に…」

 センセー――!!!!

 なんかが変な方向へ行っていますよ――――!!!

 とりあえず、救急車にお返事――――!!!!

「分かりました、お断りで・・・・」

 と、結局搬送依頼は受けられない状況だったのですが(ハード面のいろんな事情で)、ホットラインを置いた研修医、

「はぁ〜〜〜〜〜」

 深いため息。

「センセー、どうしたの?指導医の先生になんか変なこと言われたの?」

 と聞くと、

「違うんです。今日、実は○○先生と夜勤を交替して私になったんですけど、私と指導医の△△先生とは相性が良くなくて・・・・」

「あぁ、ありますね、そういうの。」

「私と△△先生とが一緒の夜勤は、絶対良くないんです。今日だって不眠不休で、私ももう一人の研修医も、ご飯もトイレも行けない状態で朝なんです。」

「トイレも…!?」

「そーですよー。看護師さんの休憩室で、チョコは少し貰いましたけど、ご飯も食べてないんです。」

 その日は患者さんがとぎれず、入院患者さんも類を見ないほど多く、あれやこれやと先生たちは常に患者さんを数人抱えた状態で診察を並行して行い、その間CPAの搬送もあり、看護師も足りなければ医師も足りない、人も物もない、という半ば野戦病院状態だったのです。手のかかる患者さんが多かったというのが印象です。

「今日はそんなだし、この間一緒になった時には血祭でしたし…。」

「あぁ、あの夜勤そうだったんですか。」

 私はその日を、日勤で知っている・・・。

「とにかく、いい事ないんです、二人が一緒になると。変わらなかったら○○先生だったので、また別の夜だったかもしれません。」

「いえいえ、これはこれでよいのではないでしょうか…・忙しいですけどまぁそういうことで・・・・」
 
 なんて誤魔化した私でした。

 と言う風に、人には働いていくとこんな相性の悪さが出てきたりします。
 けど、こんなのは笑って済ませられることですけどね。お互い医師としては尊重し合っているし、人としてもちゃんとした人だし。ただ持っているバイオリズム上ってことなんでしょうけどね。

 その反面、性格とか生理的にとかでとにかくダメな人も出て来ます。ま、それもそうした経験なんでしょうけど、そうした苦手や嫌いな人とも接していかなければならないのが社会であり、会社であり、働くという事。凄い事だね、考えてみれば。
 好きな人とだけつるんでいればよかった『友達』と言う関係、嫌いな事は排除すればよかった生徒時代って、本当に我儘で豊かな時代だったんだよ。って、そういう有難さをあんまり感じないんだろうけどね、真っただ中の人は。過ぎ去って分かるもの・・・大切なものはそういう形をとるものなのかな。

 という訳で、様々な体験ををしてさまざまな感情を駆使すればするほど、嫌になったり楽しくなったり・・・。

 そうした中に、社会に出てからの「転換期」はあったりするのです。

 そして「自分」の見せ方、在り方を考える訳ですよ。



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