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zoom RSS 愛情と友情。

<<   作成日時 : 2012/05/11 02:01   >>

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 最近、ふと思う。
 
 「恋」とか「愛」とかいう表現があるけれど、「友情」にはそれ一つしかないような気がする。親友、友人、知人、まぁ人に対する呼び方はあるけれど、「愛情」を示す表現の様に多様化していないような気がする。
 だから、「友情」という言葉がなかなか言葉として使われないのかもしれない?

 いや、ふと考えたことなのだけれどね。

 凄く親友でも「友情」。遊びに行って楽しく過ごすだけの友達も、「友情」? 

 友達の少ない私には、イマイチよく分からなくなったりするわけです。

                     

 して、その友情の示す中身って何ぞや?と続く訳です。
 
 何故なら、矢張り病院に来る人の中には、一人きりで生きているかのような人が多く、生活保護の人も多いし、家族と音信不通の人も多いし、身寄りが「友人」となる人も多いわけです。

 70歳、80歳とかになって、友人として救急車に付き添い、かいがいしく心配してくれる『友達』が居るのは凄く素敵な事で、家族がいない分それはとてもとても大切で輝くような絆の一つではあるんだけども、中にはそうじゃない人もいるわけですよね。

 家族もいて子供もいるはずなのに音信不通で連絡を取っていない、どこにいるか分からない、と言った方が結構いらっしゃいます。私がまだ地元にいた頃には、そういうのも考えられない事だったり珍しい事だったりしていましたが、都会(?)に出てきてからは、こういう事のカルチャーショックが一番大きく、今現在2年がたとうとしていて、きっと私の人格形成(大人になってもこういうのなら)に多大な影響を与え、地元にいた頃よりずーっと荒んで捻くれて視界が狭く心が狭くなっているような気がします。

 今仕事をしていて、喜ばしい事よりも、唇をかんでそれでも行わざるを得ない事、の方が大きいと感じます。それが今私に必要な事であり、全てがその通りに準備されていて、自分自身の何かやこれからに必要があって繋がって行くものなんだと思うしかないわけですが(運命論?)、それでも何というか、自分が悲しいと思う事や、自分が傷つくよりも人の悲しみや切なさや諦め、のようなものがとても胸に刺さるわけです。

 わたしは自分が傷つくのがとても嫌な人間で、傷つくくらいなら期待はしたくないし、期待を裏切られるのが嫌だから大きな期待はしないでおきたい、けれども人であるからには、人とのつながりの中で少しばかりの期待を自然に抱くのはいつもの事です。全く無欲で無関心というのは、ある意味切ないものですからね。

 だから、決して裏切られることはないだろう、私の気持ちを汲んでくれるだろう(言わずとも分かってくれるだろう、ではなくてね)、これくらいの期待は大丈夫だろう、そう思う事に対してのみ、自信を持って期待するわけです。先日のライブの前後だったり整理番号だったりにも期待はしないし、当選することも半ば忘れちゃってたりするけど、大きな期待と欲望を持って得ることができる事も中にはあって、欲していないと与えられないものだってあるので、必要な事だとは思うんだけど、そうしたいけれど裏切られるのが嫌で辞めてしまうもの、諦めてしまうものっていうものも確かに多いわけです。
 決して裏切られることはないだろうと思う確信的な期待に対して、いとも簡単に裏切られてしまうときのダメージは、だから本当に大きくて、立ち直るのにかなりの苦悩と葛藤で七転八倒するのですが、これは個人的な内面の問題。結構しんどいのですよ、ホンマに。

 という自分なので、自分の好き勝手生きてきて、他人に迷惑をかけながら家族とも連絡を取らなくなり、友達を頼りに生きてきたり、役所の保護に縋って生きた来たり、それでも我欲強くもっともっとと欲しがる人にはあきれるけれども、諦めきっている人もいるわけで、そういう人に対して「諦めることできっと随分の『仕方ない』という思いで傷ついているんだろうな」と思ったりすることもある訳です。

 好き勝手に制度を使って、電車の狭いスペースに無理やり大きな体をねじ込んで座ろうとするような人生をおくり、それが当然とでも言いたげな人もいますが、ある意味そういう人の方が生きやすいのかもしれないなと思ったりします。
 我慢ではないけれど、期待することも無くなってしまう、「仕方ない」とか「しょうがない」とかで諦めてしまう事の切なさは、私にも十分理解でき、それが生きて生活する毎日の喜びに直結するものであれば、余計に気持ちが痛くなります。

 友達をを頼りにする人たち、その友達に多くを望む人もいれば、望まない人もいて、お互いの気持ちがしっかり支えあっていればいいけれど、都合のいい時だけの人間関係を仕方なく友達と呼んでみたり。

 自分の今後を見ているようで、切ないのかな…。

 だからこそ、辛いときに支えてくれる存在は、掛け替えがなく、そういう時に『友達』や『知り合い』の真価が問われるのかなと思うのです。震災の時ときまた違う状況の事で、何だけどね。
 自分が思っているよりも友達は友達ではなかったり、自分が思っている以上に友達は自分を愛してくれていたり・・・確認をすることがあまりない「親子の愛情」と似たような感じで、「友情」もまた似たようなすれ違いをするものなのかなと感じたりします。

 病院で友達同士のいたわりを見た時、友達の緊急事態に駆けつけてくれる友人が居たりするのを見るのは、安心するものがあります。逆に、友達と言われながら状況に於いて無関心だったり無関係を強調したり、でも友達を振りかざしたりっていう方もいます。

 凄く悲しい出来事でしたが、とある方の臨終に立ち会った事があります。

 意識レベル落ちかけ、という状況で救急搬送されてきた患者さんでして、何とか話も出来ていたので大丈夫かもと思えていたのに、急転直下状態が変わってしまい、あらゆる救命措置を施しても何の反応もなく、蘇生が出来無かった患者さんでした。それは医療の限界ともいえる、人間の体、患者さん自身の生命力との駆け引きのようなもの。本当に蝋燭の火を消すように、不意に命の灯を消してしまわれた状況でした。
 
 その方は家族が遠く、子供さんともほぼ連絡を取っていない状態で、一人暮らし。近くにいる友達と通い合うような感じで暮らしていたそうです。もちろん生活も自立していましたし、みなりも不潔なところはなく、しっかりされていました。おそらく、リタイア後の毎日を友達と暮らしていたようなものなのでしょう。

 死亡確認の時、何とか連絡をつけて来院されたお子さん達の先頭に立っていたのは、そのご友人でした。救命措置のために、色んな薬のラインがつけられ、挿管もされていたご本人に縋り、突然号泣したのも、その方でした。

「昨日一緒に呑んだのに。」

「朝、テレビを一緒に見ていたのに。」

「あの時しんどいって言ってたのに。」

「病院に行こうって言ったのに。」

「その時に、無理やりにでも連れて来ればよかった。」

「晩御飯、作ってきたのに。」

「○○さん(息子さん)、来てくれたのに、逢わないの?」

「目を開けて、会ってあげないの?」

 血液や体液で汚れてしまっていた枕もとで、ずーっとそうして話しかけていたのを、今でも思い出します。言わずとも、二人の「友情」がどのようなものであったのか、時間の長い短いではなく深さを感じることができるやり取りでした。

 こんな「友情」の在り方は、珍しいかもしれません。家族以上のつながりや、それ以上の温もり、家族が居たはずの隙間を埋めてくれる友情、毎日に笑顔をもたらす付き合い・・。全国的には当たり前かもしれないけれども、医療の現場でこういう絆は、珍しいものです。私が働く地域では、特にそうかも。

 そういう『絆』は、「得る」ものなのか、与えられるものなのか・・・。

 欲しいと思い、期待したり策略を捏ねたって、難しいものなのかもしれません。裏切られる事が多く、傷ついて諦めることになるかもしれません。

 けれど人は、自分の死や傷に寄り添ってくれる『絆』を、必要としているものなのだと私は思います。
 たった一人で病に向き合う人達、たった一人でこの世を去る人たち、その人のその環境は、用意されていたものとはいえ、あまりに哀しい気がするのです。

 本当の友達と言える存在が、真にお互いにとって本当の友達であるか、現代はそれすらも危うくなっていて、こういう事を考える私自身、信じられていないのかもしれません。相手を信じられないのに、相手から愛してもらおうとおもうのは、本末転倒だと言われるけれど、傷つくのが嫌なので、裏切られるのが嫌なので、そのままそっとしている自分が居たりします。卵か、鶏か…。そう言う自分が一番ダメダメなんでしょうけど。

 患者さんたちの人間関係を見ていて、「この人は幸せだな」と思える人に出会うとき、何となくうらやましく思える私であります。
 たった一人でいる患者さんに出会うとき、その人の生きてきた人生の重さに、少しばかり押しつぶされてしまいそうになる私でもあります。

 哀しいかな、アラフォー全盛の私ですが、まだまだ色んな事に悩んでおります。



 不意に思った、最近の事でした。

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