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zoom RSS 凸凹。ほぼ凹ってる。

<<   作成日時 : 2012/07/10 03:29   >>

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 仕事が終わって、後日訪問する予定のお宅に届ける手土産を買いにお菓子屋さんに入ったら、おもわずケーキを一緒に買ってしまい、しかも一気食いしてしまったうまうまさんです。
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 イチゴのショートケーキなんて、昔は食べたいと思わないほどおいしく無かったイメージがあるんだけど、今や一番好きかも。本当に久しぶりにケーキを食べました。お陰で、夜ご飯はモリモリのサラダのみでしたけど。

                  ♪

 ストレス、という言葉がありますが、私にはかつて無縁だと思っていました。楽天的なO型なので、ストレスって言ったって、一晩寝てしまえば楽になる、という物ではありました。が、やはり寄る年波には勝てず・・・。

 何故ストレスと年が関係するかって????

 歳をとる楽しみって、視野が広がるとか考え方が深まるとか、とにかく子供の頃よりはずいぶん広い事に考えが及ぶようになってきて、空気を読む力とか(ないけど・・・)、場を考える力とかの応用力とか順応力とかがついてきて、他人にもある程度の気回しが出来るようになり、その場で自分の立ち位置を考えたり、態度をどうしたもんかと考えたり、いわば周りが見えてくる、というのが醍醐味の一つだと、年を取って私は思います。

 しかしね、矢張り考えすぎとか、世の中の矛盾とか、人間性の違い、価値観の違い、もろもろの人と自分との違いというものに翻弄されて哀しいほどに醜くなるのは、年を取る弊害かな。それは柔軟に対応している人もいるので、一概に全部とは言えないけれど。

 最近、というか、転職して、というか…もともと前の長く勤めた職場での自分の立ち位置、自分の存在価値、自分の生きている価値、自分の働いている価値っていうのにとにかく煮詰まって、自分自身が分からなくなっていて転職したっていうのがあるので、より余計に考えちゃうんでしょうし、今働いている職場がそういう職場だからなのかもしれないけれど、兎に角ますます自分の存在意義に疑問を抱くようになりました。

 大抵、ずーっと思ってきたことなんだけれど・・・。今日はホンマに愚痴ブログになりそうだな…

 働いているとき、人は何を考えているんだろうって、医療現場でありながら思うのであります。現在働いている現場は、救急センター。救急車も来れば、外来で歩いてくる患者さんもいる。その大変さは折に触れて結構書いている気がするのですが、その中で働くスタッフの事はあんまり書いた事がないと思うのです。

 ・・・・私自身が、スタッフをどう表現していいか分からないから、というのが一番かな。

 医者も同様です。まぁ、ネタにしやすいので医者の事は結構書いてきたと思うんですが。仕事場は、なぁなぁでフレンドリーなのと、働きやすいというのは、イコールではないです。

 どこから手を付けて書いていいのか分からないのですが、私は、この現場で働くナースとして、一看護師として、認められているというか、存在が必要なのか、ひいていえば存在して働いている事に気づかれているのか、役に立っているのか、もう書いてしまえば私と言う人間は必要なのか、という疑問が働いている間中ふつふつと出てくるような場所です。

 リーダーをしていても、医師は指示を勝手に出すだけで、何にも言わないし、聞いている殊にも無視。だけれども別の人が聞くと笑顔でまず談笑、その後指示、という感じで時間がかかる。けれども「なに、そのたいどのちがい!?」という感じです。
 仲がいい悪い、という事で仕事の差が出るなら、患者さんの利益のためには私と言うナースは必要ないのではないか?と考えさせられるのです。

 漫画家・三浦典子さんの作品の一つに、家庭内暴力の話を題材にした話があるのですが、久しぶりに読んだその中の主人公の気持ちが、何となく理解できたりするわけです。家庭内暴力がどうというのではなく、

「良い人でないと自分は受け入れてもらえないのに、世の中には笑っているだけで役に立たなくても価値がある人が居る。」

 という感じの場面です。
 というか、もともと何かを得ようとする自分の考え方、役に立ちたいと考える考え方、つまり自分の『何か』に対する考え方がよくないと思うんです。だから本当に心を無にして「平気平気」と思ってはいるんですが、流石に仕事をしないで笑っているだけの人が重宝がられて、ナースコールをとらない、点滴をしない、話ばかりしているのに、リーダーの仕事もしてナースコールを取りトイレにも対応し、検査の采配をし、患者さんのトリアージにも行き、という「誰もしてくれないから自分がするしかない」という仕事をしている自分が、仲が良くないからと言って仕打ちを受けるって、どうなんだろう? って思ったりするのです。

 人と比較してしまう、何かを求めてしまう、というのがいけないのだとずーっと思うのですが、仕事をしながら悲しくなって、果ては情けなく思うし、意味って何だろう?って思ったり・・・。

 仕事の割り振りがへた、人に頼めばいい仕事なのにっていう自分の仕事の能力の問題ではあるんでしょうけれど、同じことをして人は許されるのに私は怒られるっていうも人生数えきれないほど体験したし、今の職場に移ってからというもの、それはひどくなる一方。
 
 しかも、誰も患者さんを看ていないわけですよね。救急車で来た患者さんであっても、出された検査がどこまで進んでいるか、どこまで早めにやるべきか、判断せずにずーっと置きっぱなしっていう事もしばしば。その患者さんが検査の後に点滴や採血がある事も、まるで興味なし。何故って、「言われないから。」

 働いている外来にどんな患者さんが来ているか、興味ないようなのです。指示されなければ無いも同然。なので、リーダーとして医師の指示を確認して、担当看護師に降ったとしても、その後検査が追加された、点滴が出た、という事も言われなければ全く知らないという感じです。忘れていることも「言われなかったしー」という感じ。

 スタッフの性格にもよるのでしょうし、私の能力の問題にもなるのでしょうが、責任の重さに多大に不均等感が・・・。人の事なのだから、人の性格の問題なのだから仕方ない、とう考えをするしかないのでしょうけれど。

 別に私が凄く頑張ってるのに、人がやってくれない、だから嫌だ!!!と言うつもりはなくて、いや、流石に、そんなことは言えなくて。頑張っても頑張ってもダメな自分がうき彫りにされるのも嫌だけど・・・

 もっと患者さんに興味を持ってくれよ―――!!!!

 と思う毎日ってことなんですよね。

 今日仕事場で、「面倒くさい患者さんだから、点滴を減らして早く帰らせたい。」と話しているのを聞いて、それを実際医師に「点滴の量へらして。」と打診しているのを聞いて、何だか切なくなりました。確かに、時々はそういう事もあるし、早く帰さなければ居座ってしまう患者さんがいるのも確か。良い患者さんばかりではないし、むしろ大変な患者さんばかりの病院で対応していくって、そういう機転も必要なのかもしれない。けど、聞いてて切ないし、それに応じる医師もどうかと思ったり。それも、聞いた看護師が仲が良いから笑って「そうだー。」なんて言ってる姿を見る訳です。
 まぁ、そのスタッフにしかできない裏技で、それが出来る「能力がある」人ではあるのですけどね。そう言う人の能力を羨んでいても仕方ないわけで。

 不器用だなーと思うのです、自分。上司からも「真面目すぎる。」と言われたりするもんだし。実際は結構楽天家なんだけどなー。

 仕事の責任って何だろう・・・と思うのです。自分がここに居ることの意味って、確かに在る筈だからここに居るのに、それが何なのかわからなくなる。分かろうとする、知りたいとする、見返りを求めようとする、それがいけないことだと思うのですが、何度も書いているけれど無になることが難しい。

 検査の後に点滴がある患者さんが検査から帰っても気づかない、自分の担当患者さんなのに、レントゲン検査にいったかどうか気付かない、傍にいない、看ていないって、どうかな・・・・・。
 お願いした仕事に対して、「言われたことをやっただけ」とのたまう上に、「一人でやらされている」とか匂わせられたりすると、思わず反論してしまって、疑惑の目でみられたり。
 今の職場は、言った人が誰かでも撃沈されるので、いつも褒められる人は何をやっても褒められて、いつもダメだと言われる人は何をやってもダメだと言われたりするのです。そんなんじゃないのになー。○○のいう事は正しくて、△△のいう事はダメっていうレッテルが常にあるのです。そんなんじゃないのにーーー!!!。

 自分の価値観は自分のもので、自分の価値観で人を測ったって仕方ないのだと思うけれど。看護師の仕事には、大変なものと大変じゃないもの、楽なものや楽じゃないもの、面倒なものやそうじゃないもの、たくさんあります。上手な人は、上手く前部分だけ取って患者さんに接します。患者さんは誰がやっても同じ「看護師」ですからね。看護師に個別化はないけれど、患者さんに個別化はあるんですよねー。

 ほんま、ぐちぐちになってしまったけれど、何かを『成す』ことが仕事ではない看護師の仕事。わかってはいるんだけども、時に『何か』を求めてしまいたくなる。この歳になっても、褒めてもらいたいことも沢山ある。一生懸命していることを、見ていて欲しい事もある。気づいて欲しい事もある。まぁ、人間だしね。
 褒められるって、本当に大事な事だと思うのであります。だから自分はいっぱいいっぱい褒めるようにしてるのですが、そう言う自分はすでに褒められるという立場ではないのだなと実感したりして。

 認められる、認められている、そうした実感なく孤立無援な感覚。
 誰も私を見ないし、誰も「私」であることに気づかない、そうした感覚。

 看護師の仕事に挫折していた半月を過ぎて、凄く思う。「自分」が「自分」として受け入れられることの凄さ。人は他人を受け入れられないものなのかもしれないという疑惑。自分の狭さや醜さ。

 それでも、仕事は楽しくしっかりやりたい。
 上に立っている場合は、皆に楽しく達成感あるしっかりした仕事をしてもらいたい。

 けれど、いつも空回り。仕事を「楽に」やりたいと思う事と、「楽しく」したいというのは別の事なのに、「楽に」が先に来る職場だったりするのです。私のいる場所は、ここなのかな?今更ながらに思うのです。

 やりがいとか生きがいとか、巷では色んな言葉があふれているけれど、全部要は気の持ちよう。自分が「感じる」以外に何物もなくて、誰からも与えられないもの。どんなにいろんな愚痴があっても、そう「感じれ」ば楽しくやりがいも感じられる。ということは、自分が不細工なだけなんだろうな・・・。
 人を見て人を批判するよりも、見つめ治すは自分。分かっちゃいるんだけど、自分が変わるように相手にも変わって欲しいと願うのは、やっぱり我儘だよなー。

 ぐちぐち。

 ぐちぐち。

 はー。

 皆、どんな看護師を想像しているんだろうな。
 どんな看護師に看護してほしいと思うんだろうな。

 ばたばたでも、どたばたでも、頼りなくても、しっかり患者さんに向き合っているナースは、素敵だと思うけどな。
 スマートで無駄がなくて、やることやっていれば楽をする看護師でもいいんだろうかね。時折優しい言葉をかけてあげれば、それでOK何かな。


 ・・・・私には、無理だけど。スマートってところが・・・。
 


 答えが出ない事ばかり、悩むわぁ…。
 またケーキ買いそう。アイスが良いんだけど、今冷凍庫隙がないんだよね。

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