〜近畿☆瀬戸内☆うまうま交響楽団 ♪

アクセスカウンタ

zoom RSS 布団がふっと・・・・んではないっ!!!

<<   作成日時 : 2012/10/06 00:46   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 休日、お友達のお家で女子会称してお喋りランチをし、うだうだと取り留めのない愚痴をしゃべるだけしゃべり(←いつものこと。)、そのあと速攻で馬に乗りに行き、そのあと反動で寄ったイオンでお団子馬鹿買い、結果は歴然。

 食べ過ぎた――――――!!!!!

                



           

 そんなワタクシ、今日会った友人に

「がっしりしてきた。」

 と言われ、ちょっとショック。
 ま、いっかー。

 だって、減らないんだもん、体重・・・・・・・。




 減らないのよ―――――!!!!



 最早開き直り。もうだって、女の子オンナノコする必要ないし〜ぐすん…。

 乗馬では、あんまり動いたって気分じゃなかったけれども、馬自身は結構汗かいてひーひーしていた。ビシバシ過ぎたかな。涼しくなってきたので、会員さんも活動を始め、予約が取れにくくなっていて、前日にならないと予約が通っているかどうかも分からないキャンセル待ち続出。はぁ〜、勤務も予定もまともに立たない私の毎日って、何だか切ないわ。

 乗馬自体は楽しいので、体中が痛くなってもまた行くのでありますよ。

 して、休日の今日は、ナースブログ(←ではないんだけども?)にはならず、うだうだブログです。
 前からそうだったんだけどさ。

 女子会で友人とも話していたのですが、人間の生活の質、レベル、社会的常識のレベルなど、やっぱり教育にあるんじゃないかという話です。

 躾とか生活環境とか、そういうのも大事なんだろうけど、美しく生きていくっていうのはやっぱりその人の元にある教育というものが大事だなと言う話をうだうだとしていました。というのは、私の持論なので、友達にもまるまるそうだね、と言われたわけではないんだけどもね。

 教育のレベル自体も大事ではあるんだろうけど、どんな教育だとしても、その益を吸収するかどうかで人としてのレベル、底辺の底値というものが決まって来ると思うのです。

 もの、商品にも『ただほど怖いものはない』という言葉があるように、物には『価値』がつきものです。その『価値』を私達は資本主義社会の人間、『お金』の高い低いで評価してしまいます。勿論、100円ショップに並ぶ豪華便利グッズ(←豪華ってところはいきすぎか?)というのもあるんだけどもさ。

 物の価値は値段ということになります。売られているものは0円になると価値が低く感じられ、高いもの程「凄い」と思われがちです。

 しかしですね、物というのは持つ人持たざる人があるように、そのものに対する必要があるかないかで、価値は代わります。一つのものに対して、必要がある人はものについた値段に対して安いと感じるかもしれないし、同じ値段でも必要のない人は高いと感じるかもしれません。

 だから、その物の価値は、必要とされているかどうかです。必要のない人の手に渡れば持ち腐れという事にもなるでしょう。だから私達は、私たちの生活にとってそのものが必要かどうかで代価を支払って手に入れる行為をするわけです。
 贅沢品というのもあるけれどね。それは持っているだけでステータスとなるものであったりするけれど、そのステータスだって必要のある人には大事な事だけど、必要のない人やそういった意識のない人には無用のもの。ブランド物のバッグを大事にする人としない人が居るのは、そういう事なんだろうよね。けれども、「食」に関するすべてのものは、全ての人に大事なものだから、物の価値は贅沢品より左右されるのですよ。

 さてはて、同じようなことを人間に例えるとなると・・・・まぁ、全てが全てものと人間を比べるわけにはいかないけれども。

 人もまた、その人が誰かにとって必要かどうか、大事かどうかで生きている意義が変わってきます。人は一人では生きていないのだから、自分の人生の主役であろうが、他人の人生のわき役なわけです。物語は主人公は居るけれども、主人公だけでは進まないわけで、となると物語には脇役が必ず必要になり、果ては人生というものに脇役が必ず必要なものなのです。だから、他人の人生のわき役と言えども、必要な役柄。

 という事は、自分の人生の主役を立派に勤めながら、他人の人生のわき役も立派に勤め上げる必要がある訳です。そう言う意味で言えば、一人の人の人生の中で、世の中の全ての物に対して必要がある訳ではないけれども、一人の人の人生の中に全ての人間が必要とされる訳です。

 うーん、何だか話がよく分からなくなってきたけれど。

 であるからして(←ん?)、自分の人生の主役は勝手気ままに勤めればいいけれども、人の人生のわき役という役柄を、出来ればむちゃくちゃに演じて欲しくない、と私は思うのです。というけれども私自身がそのわき役という役柄をきちんと演じているかと言えばぜーんぜん、なのでしょうけれども。
 自分の人生の物語は、そりゃ好き勝手にやって結構です。それに合わせた役柄を私は演じるのみです。けれども、逆に考えた時、私の人生の物語をわき役がぐちゃぐちゃにするなんて信じられない!!!と思わないかい?違うかい? ・・・・いや、いいんだけどもさ…・

 人の人生と自分の人生は全くもって別個のものではないという関係性からも、むちゃくちゃに生きていれば物語は自分のも誰かのもむちゃくちゃ、という羽目になる訳です。

 ・・・・美しく生きる、それに尽きますね。

 今日も友人に話したのですが、他人の所作の一つ一つの美しさは、私の人生に大きく彩りを添えている、と思います。だからこそ、私も美しく在らねば(容姿の問題ではないですよ、言っときますが)、と思わされるのでございますですよ。

 で、その友人に話したことですが、病院には点滴室と言うところがありまして、検査結果を待ったり、点滴をしたり、しんどい時に寝て待ったりする場所なのです。そこにはベッドがあり、ベッドがあるという事は枕がありーの、掛布団がありーの、するわけです。

 病院に来る人は、ましてや点滴などという大仕事をする人は(←ぷっ)、勿論体もしんどいでしょう。

 ベッドに横になる訳です。点滴をして、検査をして、結果を待ち、結果を聞き、薬を出してもらって帰るわけです。

 お大事に―と、患者さんが帰った後のベッドはと言えば、どうなっているでしょう?






 ここで疑問を持たないあなた・・・・。
 どうお考え?





 ベッドは綺麗?

 それとも、ぐしゃぐしゃ?





 しんどくて来たんだから、直す元気なんかない、と言われればそうだし、ベッドをきれいに保つのは、看護師の仕事だ、と言われればそうだとしか言えないのですが。

 はいそーですよ、ベッドはものの見事にぐしゃぐしゃなままです。というか、見るも無残なぐしゃぐしゃ具合というのが正しい。9.9割そうです。もちろん、ぐしゃぐしゃなベッドになんか案内しませんし、「ちょっと待ってくださいねー、ベッドが汚いので片づけますから。」とかいったような、どこかの込み合ってる喫茶店で聞くようなセリフを吐きながら目の前できれいにしている看護師なんかいないわけです。

 患者さんが帰った後の、無残なベッドはその都度看護師が綺麗にしている訳です。忙しい時にはほったらかしになっちゃいますけど。

 使ったベッドは、個人のものではなく公共の、皆が使うベッドです。それを掛布団をたたむ、位の事も出来無い位しんどい人を帰すわけないではないですかっ!!!と思うのは私だけ?

 これを全ての人「生き方」の問題にはできませんし、そうしたらホテルのベッドなんかぐちゃぐちゃが当たり前じゃん、ってホテル業界の人に言われそうだけども、サービス業で専門の人がケアしているホテルと病院とは違うんだよ!って切れるしかないんだけどもさ。

 使ったものをきれいにして返す、というのは、躾というか『綺麗な』行為の一つ、と私は考えるのです。まぁ、しんどくて病院にかかっている病気の人たちにそうした余裕を持ってもらうのは大変な事ではあるんだろうけれど、しんどくてもやる人はいるし、治ったから帰る人の中にはきちんとシーツのしわを伸ばしてくれる人もいます。
 行為一つをするかどうかで、「その人の人生の美しさ」が見え隠れするのだなと思うのであります。

 患者さんが帰ったベッドを、いつものように汚いだろうからきれいにしようと、替えのシーツを持って向かった時、きちんと掛布団がたたまれているのを見たら、最近は申し訳ないような、嬉しいような気分になります。美しい人なんだなと。こちらも癒されます。

 これって、自分の人生を美しく生きることと、他人の人生のわき役をきちんと演じる、という事に繋がってると私は思うのですが、如何でしょう?

 いやいや、ベッドメイキングするのが嫌だとか、使ったものはきちんと片づけろとか言ってるわけではございませんことよ!!!!!勿論ベッドメイキングも腐ってる看護師の役目というか仕事内容の一つだし、その技術ももってるし!えへん! しんどい時はどんどん頼ってもらっていいし! ・・・・
 
 ありがとう、ごめんなさい、も同じことなんですよね。患者さんからのありがとうが嬉しいのは、言われることが少ないからではなくて、患者さんにとっても看護師にとっても『当たり前』の事なのに、そこに気を使って優しさで言ってくれるありがとう、だからなのですよね。仕事として当たり前の事に感謝してもらうって、びっくりするし嬉しいし。
 
 当たり前の事を当たり前って思ってちゃだめだし、自分の『当たり前』を押し付けてもダメなんだってことはよく分かってるんだけどもね。

 

 人生の美しさ、のお話でした。
 こんなことを考えているけれども、私の人生自体は、まぁのっぺらぼうな感じですけども・・・。

 

にほんブログ村 犬ブログ 犬 闘病生活へ
にほんブログ村

にほんブログ村 病気ブログ 看護・ナースへ
にほんブログ村

2011.10.21より参加しています。ぽちっと応援よろしくお願いします。

初心者なので、どの記事にもどちらも載りますです。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
布団がふっと・・・・んではないっ!!! 〜近畿☆瀬戸内☆うまうま交響楽団 ♪/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる