〜近畿☆瀬戸内☆うまうま交響楽団 ♪

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zoom RSS 42番目のPanorama

<<   作成日時 : 2012/12/31 18:29   >>

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 暇。って言っちゃいけないんだけど、暇。

 家の外の道路を、消防署の宣伝カーが、火災注意の放送をしながら行き過ぎていくんだけど、



「火災の一番の原因は放火です。」



 と、身もふたもない事しか言わない。
 だかせどーせーっちゅーねん!!

    

 ・・・こんな年末、ありでしょうか?

                   

 ばったばたと、面白いほどにスタッフが倒れていく今日この頃。今年の嘔吐下痢は物凄い。お陰で(?)その余波をもろにかぶっているワタクシ。

 そう、最も元気なアラフォー30代、腐ってるナースのワタクシ。年末の勤務表は勤務変更の嵐で跡形もなく真っ黒でごんす。はいもう、元気な者の特権(?)です。

 スタッフも移ってる嘔吐下痢。あらまぁ、世の中大変な事になってるんですね。というか、病院も大変な事になっているんですよ。嘔吐下痢で病院に来ている人が多いから、違う用事で病院に来たら・・・



 うつるよ。確実に。



 はい、証明済み。

 気を取り直して、われらがポルノグラフィティのライブ参戦記を書こうと思ったら、思い出せなくてこんなこと書いちゃってるワタクシ。あははははー。

 ともあれ、私が元気なのは彼らのお陰。
 皆もポルノグラフィティのライブ行きゃ、免疫力なんか増大するのにねぇ。

 はぁもう、私ってば、元気以外にもめっちゃ元気で。
 ライブ以降、優しさ大爆発中ですよ。

 どんだけ勤務変更があろうが、そのおかげで割を食ったくそ忙しい勤務をこなそうが、働かないスタッフと一緒に勤務だろうが、くそ忙しいのに優柔不断な研修医の「あのーそのー」に付き合おうが、平気!!!
 トラブルケースの患者から電話があろうが、病院のコールセンターの女子がくそ腹立つ対応をしようが、面倒くさい要件を頼まれようが、やたらと上目線で恫喝する患者がもれなく生活保護だろうが、オネエの患者がきゃぴきゃぴしようが、アル中で暴れる患者が若者だろうが、平気!!!!

 吐血でHb5なのに帰ろうとする患者には優しく説得し、自殺願望でリストカットした挙句に助けを求める精神的にあっちの世界においきあそばしてる女子が泣けば優しく諭し、認知症の上胆のう炎でご飯が食べられない患者がご飯に執着しすぎて「わしを殺す気か―!!!」と叫べば優しく説明し、年末に病気を詐称してでも入院したがる怪しい経歴の持ち主には、優しい笑顔で対応。
 
 ナース完璧っ!!!!

 はぁもう、こうなったらアル中でもオーバードーズでもなんでもいいっ!!!
 
 ・・・・最終日翌日、救急車が鳴るたび『もしかして打ち上げでアル中になったやつらではないか!?』と期待してしまった事実は伏せておく。

 
 ごほん


 凄いね、ある意味ポルノグラフィティって。
 腐ってるナースを生き返らせちゃうもんね。
 腐ってもナースなのだよ、ワタクシ。

 という訳で、参戦記です。もともと私のライブ参戦記は、振り返ればなんてことない「印象派」なんだよねー。日もすぎちゃったし、新しい事なんてなーんにもないけど、私が感じた「パノラマ42ツアー」です。

 まずね、私このツアーの事ホンマすっかり忘却の彼方で、何かファンクラブの更新すら忘れるところだったのですよ。慌てて9月に更新したら、何とか間に合った次第だけども、もうダメかと思ったわー。ふぅ。いつから始まったっけ?ってな具合で、地元も気が付いたら終わってるし、大体ポルノって今何してんのサーって感じで。とにかく自分の仕事が忙しかったし、何より『睡眠』が大事だったわけですよ。無理できないって感じた年だったわー。寂しいけど。そう思えば男の子である彼らは元気よね。
 不規則勤務をしている上、身体が資本の仕事なので(殆どそうかもしれないけど、身体が動かないと頭も動かんしね)、気を使います。はっきり言って、ポルノグラフィティは偉大だけども、彼らの追っかけ(?)を頑張りすぎて仕事に支障をきたすのって、本末転倒なわけです。だってね、ポルノグラフィティは結局自分の老後を見てくれるわけでも、病気になったら選択してくれるわけではないんだからさ・・・。←なんて現実的…。

 で、やっとこさたどり着けたのが、大阪城ホールの2日間だったわけです。獲れたぞーってな感じで。

 しかも、今回は全く誰のブログも読むことが出来ず、参加した人から話を聞くっていう友人もなく、今年一年ポルノグラフィティの何に触れただろうか?ってな具合の私なのですよ。ホールに行って席について、漠然と

「あぁ、ポルノのライブに来たんだな。」

 ってな感じです。ワーワーキャーキャー言ってる間に二人が出てきて、あれよあれよとはじまって…が、一日目。

 そんな感じです。あらま、不思議。それでも夢の国ですよ。ワープしました。

 一日目はスタンド席で後ろの方ではあったのですが、ステージど真ん中でものすごくいい位置でした。ストー時の全部が一気に見渡せる状態で、だからこそ人間は豆粒。左右にあった巨大スクリーンも、天井から垂れているスピーカーや照明に一部遮られて、

 昭仁くんの顔に線が・・・
 晴一くんの一押し顔が隠れてる…

 てな状態。でも、ステージの全てが見えるという事は、ステージを作り上げる過程も良く見えて、照明の当たり具合や変化、映像の投影など、けっこう素敵に見えました。スタンド席にはスタンド席ならではの楽しみ方があるし、出来ればそういうところも含めてのステージングがあればいいなぁと思ったりするのです。スタンドからしか見えない風景は、きっとステージにいる彼らからも見えない風景なんですよね。

 レーザービームの中に映る景色、色合い、変化、彼らを包むスポットライトの円錐、人は小さくて豆粒みたいにしか見えないけれど、ステージの全部を手中にしたような、スタンド席の醍醐味でした。
 野球も外野席が面白いっていうけど、ライブも似たようなものがあるかもしれませんね。

 ・・・・とはいえ、2日目の最終日はアリーナ11列目。

 これはこれでグフグフ♪

 何せ、11列目のど真ん中だったのですよ。

 もちろん、昭仁天国。どこを見ても昭仁くん。
 あぁ、昭仁くん、昭仁くん。

 


 晴一さ〜〜〜〜〜〜んっっっっ!!!!




 かなしい(?)ことに、一緒に行っていた右隣の友人は昭仁派。(派閥があるなら)
 左隣にいた見知らぬ女子も、どうやらがっつり昭仁派。

 左右の花道に二人が移動するたび、どちらかの女子と顔を見合わせる羽目になり、気恥ずかしさから思わず昭仁くんに向かざるを得ない小心者のワタクシ。
 二人が左右に移動してる場面では、どの人がどちらのよりファンかという事がまざまざとわかるアリーナ。視線が昭仁くんを追っかけてる人もいれば、晴一くんを追っかけてる人もいて、それぞれがそれぞれに右と左を向いている訳ですよ。私、その頭を見ながら面白いなーと思いましたわ。で、何気に私は真ん中。でも、その頃の真ん中のステージって、ライトが全然当たってなくて、暗いんですよね。
 こういう時は、二個一って言ってもどちらかを追ってしまわざるを得ないわけですよ。

 お願いだから、一人はじっとしててっていうのは、酷ね・・。

 今回のステージも、意外とシンプルなものでして、セットなどの演出の少ない傾向にある最近のポルノグラフィティ。その中でも、サポートメンバーのコーヘイくんのノリは良かったですね。ほんまに。一人20台という事もあり(?)、凄く楽しんでいるというか、凄く頑張ってくれているというか、ステージを一回一回とても大事にしてくれて、のめりこんでくれているっていうところが有難かったですね。
 サポートメンバーさんは、サポートっていう位だから、どこか二人を見守るっていう立場にありがちなんだけど、チーム・ポルノグラフィティで在る以上、一緒に楽しんでくれてるっていうのは嬉しいというか、気兼ねない感じでいいですね。

 ぴか一。コーヘイくん

 今回のライブは、何だかとても昭仁くんの存在感が大きかった気がします。昔はなかった(・・・と言っては申し訳ないけれど)音楽をイメージさせる力、凄く強くなっていて、パノラマポルノのアルバムから、音楽を聴いているとイメージした『感覚』がどんどん出てくる感じがあるんですよね。音楽がオタマジャクシとリズム、言葉の羅列だけではなくなったという感じです。
 聞く、だけではなく、感じるというか、いや、そうじゃなくて、伝わってくる、という感覚なのかな。

 顕著なのは、解りやすい所で『光のストーリー』なのかな。私はこの2日間のライブで一番印象深かったのが、この曲です。本編最後で歌われ、パノラマポルノのアルバム中でも最後に歌われる一曲です。実は最近知ったのですが(遅いっ!)、これは昭仁くんの作詞・作曲なんですよね。だからなのか、物凄くイメージ力の強い一曲になりってます。

 イメージしやすいのは、きっとどこにでもある光景で、どこにでもあり得る光景で、誰もが知っている気持ちだかせこそなのかもしれませんね。空港で誰かを待っている経験も、出会えた瞬間の喜びも、ドキドキも、待っている間の落ち着きのなさも、きっと会えるまでの長い会えなかった時間も、相手がどれであれ知っているはずです。勿論、それが空港であり得なくても、一日だろうが半日だろうが、その時の気持ちは誰もが理解できる思いです。それを誰もが知り得る形で当たり前のように歌にする力、そしてその中にあっても「僕」の気持ちが唯一無二のものであると感じさせる力、そういう力が、最近のポルノグラフィティによく見られるようになったと思います。

 だからこそ、歌っている昭仁くんの存在感が、より強くなった感じです。ステージングでも、どちらかと言えば今まで二人でセンターだったイメージだったのに、今回はあれ?と思う程、昭仁くんが主体のような感じでした。私が感じただけなのですが、昭仁くんが前へ出たというより、晴一くんが一歩下がった、という感覚です。
 晴一くんが控えめだとは決して言いませんが、感覚的に、何というか・・・・ね。
 私の印象なので、本気ではないのでしょうし、彼らにはそういうつもりはないのかもしれませんね。

 だから余計、昭仁天国なわけですよ。

 何年も歌っているから、という経験値だけではなく、ポルノグラフィティが少し前から変わり続けている事は確かてすよね。それを彼らは毎度言葉にして表現して見せるけれども、私が感じる彼らの変化は、何というか感覚的に彼らが表現する者とは少し違う感じです。悪いものではなく、良いものであるんだろうし、時には『えー』と思う事もあるけれど。
 自分が出来ることが何なのか、自分が追い求めるものは何なのか・・・たぶんそれを知ってしまったら、進化は止まるり、生物の進化と同じで滅び消えてしまうものなのでしょう。

 疑問を持つ事はもちろん大事で、現状に甘んじない事も大事ですが、その疑問の根本に、『ポルノグラフィティであること』があればこそのものだと思います。そこを外してしまうことのないように、優しく叱責していきたいと思う訳です。といっても、外れることはないようだと・・・・思いたいですけどね。

 彼らが使う『ありがとう』の言葉が、いつも下から響いてくるようか気がします。ここには、ステージに立っているから、ポルノグラフィティであるから、という矜持はなく、あくまでも一対一の人間同士としての言葉に聞こえてしまいます。だからこそ、こちらの思いが届かないのに悔しい思いをします。

 彼らが使うありがとうに、ありがとうと返すのは言葉として妥当で、当たり前のような気もします。

 
 こちらそありがとう
 素敵な時間をありがとう
 素晴らしいステージをありがとう

  
 けれど、私はこの一言が、何だか上目線で響いているのが凄く苦手です。発した言葉は素直に感謝の意ではあるんですが、どう言ったとしても、ファンであることの『上目線』の響きが抜けないのです。
 彼らには、そういう感覚を持ちます。ポルノグラフィティであることよりも、ポルノグラフィティのファンであることに天秤を重くする、そういう人なのでしょう。だからこそ、彼らのありがとうは下から響き、ファンのありがとうは上から響くような気にさせられる・・・。

 彼らがそう思っている以上に、ポルノグラフィティが在る事が自分を自分足らしめる一瞬で在る事を、どうやって伝えたらよいでしょう?

 アンケート用紙にたくさんの言葉を並べても、インターネットで沢山のレスポンスをしたとしても、難ドライブに足を運んで名前を呼ぼうとも、きっと伝わらない。伝えきれない。

 彼らがファンに対して伝えきれない音楽の楽しさと喜びを知っているように、私達にも彼らに伝え切れない「在る」事の素晴らしさがあるのです。
 自分達が居ることが、誰かの背を押すことになるといいな、と語る晴一くんの口調は、「もしかしていないかもしれないけど、多分たくさんのファンの中の一人くらいはそうであればいいと思うけど・・・」と言うニュアンスを抜け切れていないけれど、それは杞憂ではなく事実なのだと、どうやったら伝えきれるのでしょう?

 ポルノグラフィティが全て、という訳ではもちろんなく、毎日の生活や毎日の仕事や勉強や、友達や家族や恋人や、ペットや、囲まれた色んなものの方が確かに自分にとって大事な事もあるだろうけど、生きている自分がポルノグラフィティのファンであること、という事だけで、それは背を押されていることと同じ意味を持つことではないでしょうか。

 音楽は現実的な生命を救いはしません。
 命を救う、という事だけであれば、ポルノグラフィティの音楽を聴くよりも、彼らのライブが何千万という大金をかけて行われるよりも、その分で救命措置の講習が全人口に普及出来ればその方がよい事だと思います。

 けれども、私は知っています。
 命は、救われるためだけにあるのではないのです。
 落とすことなく生き続けたいと思うものだけではないのです。
 自分の命は、死を目前にしてそれを回避したいと思うだけではないのだという事。

 その時、救命措置よりも音楽が、大きな意味をもって命を救ってくれるのです。
 そのために、ポルノグラフィティの音楽があるのです。

 ポルノグラフィティだけではなく、全ての音楽が、そうして『魂』を救うためにあるのでしょう。

 救うだけが、救命ではありません。
 逝く命にも寄り添い、魂を愛撫する一つが、音楽。
 優しく語りかける言の葉もまた、音楽であり、優しいリズムであるのです。



 

 私が逝くときに、この曲があればいいなと思った、「カゲボウシ」でした。



 
 

                     

 2012年、うだうだなうまうまさんにお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
 来年も引き続き よろしくお願いしまーす! 

 見捨てないでね。

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