〜近畿☆瀬戸内☆うまうま交響楽団 ♪

アクセスカウンタ

zoom RSS またね、またね、またね。

<<   作成日時 : 2013/02/02 01:10   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

 ばたばたと、1月が終わってしまいました。
 実は一月、とてもたくさんの事があった一か月だったなと、振り返ればそんなもの。

 最近は記録としてもブログを書くことが少なくなっているので、いかんいかんと思いつつも、中々重い腰が上がらない。ホンマに重くなってるしね…。

 一月、2013年の始まりと共に、色んな事が動き出しましたよ。新年っていう喜びよりも、何というかただ忙しいというかバタバタしていたというイメージではあるんですが。元旦からバリバリ働くのはやっぱり一年の始まりとしてよくないのかしら?と思ったりなんかして。

 年末から、数人の退職が重なって、仕事場は変に活気づいていたりします。退職する人があると、何というか職場が余計な意味でまとまるというか、残される者同士で仲良くなるというか、そんな感じがあるのですが、バタバタと立て続けに辞めていったので、あれよあれよと人が少なくなり、新しく人も来るんだけどなかなかなじめなくて一人の負担が大きくなったりして大変でした。
 今も何だけどさ。

 で、1月末にその歓送迎会があったわけです。しかも31日。
 しかもしかも、うちの師長さんも変わる訳ですよ。退職ではなくて、異動ですけど。

 看護師を何年もしていれば、上司が変わる事はいくらでもあり得るし、師長どころか看護部長が変わる経験だって私ゃ何回もしてきましたけど・・・。やっぱり、直属の上司が変わるっていう感覚は、自分の異動よりも不思議な寂しさです。

 かといって別段凄く思い入れがあったり、仲が良かったとかいつもの上司と比べてどうっていう事ではないのですが、矢張り人柄のよい上司であったため、我儘も言ったし文句も言ったし、やってもらったこともあれば言っても無駄な事だってあったし・・・。言葉にはなかなか難しいけれど、近場にいた上司であり、年が近かったせいもあって、私は結構無理難題も押し付けて、責任も負ってもらったし・・・と書くと、私おんぶにだっこだったなと。

 という感じの、頼れる人であったのです。頼るというより、今考えれば本当に自分の前にいた人だなと思うのです。一緒に働いているときはそんなに考えたこともなかったのに、振り返れば上司の背中を見てきたのだなと。そう思える人でした。凄い人だな。

 大きなミスをしたときも、小さな傷を負った時も、必ず傍にいてくれたのはこの人で、一人でいるような気になった時、声をかけてくれたのもこの人でしたね。芯の通った上司です。

 思い返せば色んな事があって・・・っていうのは、多分どんな間柄にも同じで、同じ時期に多食して行ったスタッフにも同じ思い。後に残るのが良い思い出ばかりっていうのは、人と人との関係では良い事の部類に入るんじゃないかな、と出会いと別れを考えたりしています。

 私たち医療職は、人と人との永遠の別れと隣り合わせで生きています。
 だから、退職とか異動とか、大したことないって考えがち。特に私はそうかもしれないんだけど、生きていたらまた会える、逢おうと思えば会えるし、もしも私に会いたいって思ってくれたり、sosが出た時はいくらでも何とでもできるって思う訳です。 亡くなってしまえば、もうそうすることも出来ないんだから。
 だから、いつもどこかさらっとしている訳で、薄情だなって思うんだけどね、自分自身。

 退職しても、退職したことが人生のプラスになればいいし、もっともっと大切な事を見つけたり、やりがいのる仕事を見つけたり、別の喜びをつかんだりすることもある。退職していい事ないって思う事であっても、働いていた思い出が何かに繋がる事もある。しんどくてsosが出た時には会いに行くことも出来る。

 生きていれば、何とでもなるのだな・・・と思うのです。
 連絡先を知っていても、そうであっても時間が経ってしまって会う事もなければ連絡すらなくなって、忘れ去られて行く事もあるかもしれないけれど、それはそれでそういうもの。私は特に印象に残らない人間だしさ。

 今の仕事を初めて、生きるという事よりも大事な事がある、命よりも大事なものを人は持つことがある、という事も知ったけれど、それは逆に生きていれば何とでもなる、という事を知る事にもなったのかなと思ったりします。

 自分の命よりも大事なこと、たとえば家族の幸せだったり、残す人に残せるものだったり。自分の死にざまの大事さよりも、生きていく事で傷つくことを嫌がる人だっている。そういう、人間の心が持つ価値の重さを知るたび、逆にそういうものをまだ持たない人たちにとっては、生きていることで何とでもなる人生もあるのだという事にもなるのですよね。

 自分の命よりも大事なものを得るという事は、生きるという大事で素晴らしい事よりも尊いものを知る事なんだなと。そこに到達できるかどうかは、また人それぞれで、それが大事だと思うかどうかもまた、人それぞれの価値観になり、人は一人一人違うのだという事の表れで・・・。

 だから、人の生死に文句は言えないし、生きていることが絶対唯一大事な事だとも言えず、だからと言ってそう考えている人に違うとは言えないわけです。

 今こうしてわかれていく人が、もしかしたら来月、逢えなくなることもある毎日。そのことに、普通に生きすぎている私達は気付かないことが多いんですよね。

 でも、『死』が一番悪い結果とは限らない。

 変な話ですが、矛盾した感覚です。それは、人それぞれというのが一番いいのかもしれないけれど。




 今は、「今生の別れではないのだし…」と言って笑いあう方が、私らしいかな・・・。


 
 さよなら、ではなく、またねと。

 もう会う事のない人にも、
 またね、と。

 あなたがつらいとき、思い出してくれたら、逢いに行けるよ。

 私はまだ、とりあえず生きているから。

 

にほんブログ村 犬ブログ 犬 闘病生活へ
にほんブログ村

にほんブログ村 病気ブログ 看護・ナースへ
にほんブログ村

2011.10.21より参加しています。ぽちっと応援よろしくお願いします。

初心者なので、どの記事にもどちらも載りますです。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
大同?婚
http://hi.baidu.com/dtdear3 大同 ...続きを見る
大同?婚
2013/05/21 03:16

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
またね、またね、またね。 〜近畿☆瀬戸内☆うまうま交響楽団 ♪/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる