〜近畿☆瀬戸内☆うまうま交響楽団 ♪

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zoom RSS イタイタチイチ。

<<   作成日時 : 2010/03/28 00:19   >>

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 片手の指が全て折れてしまいそうなほどお休みしていたうまうまさんです。こんばんわ。
 もう、兎に角忙しかったのですよ!何ていいたい所なんですが、実は違いましまし てへっ

 やる気がおきないのです

 全てに於いて、なんだかどーんよりでしまし 何故かって言えば理由なんて全然無いんですが、多分仕事自体ものんびりしていて件数も少ないから、私が担当する手術も少なく張り合いが無いというのが一つかもしれません。久しぶりに大きな手術に当たったかと思えば、ちょっと頑張りすぎで空回りと言った具合です。

 患者さんに対して頑張れるのは嬉しい限りですが、その反面思い入れが強くなりすぎているのか、別のスタッフがやることなすことに「イラッとくることもあったりするんです。いけない性格だなぁと思うんですけどね。
 自分が思っている「看護」をそのまま酌んでくれ、私の流れに沿って看護をすすめてくれるスタッフも中に入るのですが、矢張りそういう気心の知れたスタッフであったり相手の流れや患者さんの流れをちゃんと理解できているスタッフは主にベテランさん
 
 私もこの歳になると、ベテランとしての資格があるのか無いのかは於いといて、とりあえず経験年数だけを見たら先輩とだけ仕事をする事態にはもうなくて 大抵が後輩と組んだ仕事に成ります。主任さんたちも、私が外回りをするんだったら後輩達をドンドン応援に付けて勉強させよう、と考えるよう。勉強ったって、後輩達もやってる外回りなんだけど

 だからと言うのではないんですが、後輩は自分の流れでサクサク仕事を進めてしまう。その仕事ぶりは、

 外回りは私よ!

 って叫びたくなる程。出来る後輩だからこその事なんだと思うんですが、「あれも、これも」と、仕事を見つけてどんどん準備を進めてくれるのはありがたいけれど、

 私、それをわざとそうして残しているの。

 という所までどんどん手つけてくるんです。まぁ、早く仕事をするためには必要な「気配り」なんでしょうが、年増として思うことは一杯。

 私に気を使うより、患者さんに気を使ったら?

 とまぁ、そんなこと。声もかけずに布団をはいだり、身体に触ったり、引っ張ったり(?)、なんかもう患者さんがモノみたい 手術の準備が速く進めばそれでいいっての?って感じです。患者さんが何を思おうが、何を感じようがお構いなし!ってなところが気に食わない

 時折、タイミングを見て後輩達には指導しているつもりですが、矢張りこういうところは具体的にどうこう言えるものではないのでどうしても曖昧な表現になってしまい、結局

「うまうまさん、何いってんの?」

 という事になってしまう。私の言い方が不味いんでしょうなぁ・・・

 私の看護はとても凄いからかきまわさないでくれ!と言う訳ではなくて、当たり前のように人を人として扱い、手術を受ける患者さんのペースにあった準備がしたい、と言うだけです。
 手術場の看護師の欠点の一つは、患者さんの精神とじかに接する時間が少ない為、どうしても下に見てしまうと言うところ。手術してあげます、じゃないだろう? 出来るならしたくないんだよ、誰だって手術なんか!という事を忘れがち。本当に患者さんが「人」ではなく、「患者」になっちゃう。あるいは「モノ」。まぁここまでいけば看護師としてというより、人間としての真価を疑うけど

 最近、「人としてどうか?」という行動をとるスタッフが多くなってきています。それはきっと、皆が皆それなりに仕事を全うできるようになった3月と言う、倦怠期だからなのかな。春は新人もいるから気が張詰め、夏は夏で伸びていく新芽の時期。秋は実りの時期。収穫と同じで、冬は実りを終えて次の春に向かって英気を養うべきなのに、「慣れ」過ぎてしまい、やる気をなくしてしまう。

「モチベーションがあがらない。」

 なんて言う後輩を見ていたら、確かに仕事が投げやり。でも自分からは動こうとせず何の対応もしないで

「患者さんと接したいから病棟に出たい。手術場は患者さんと接せられないから、仕事が楽しくない。」

 なんていう。自分の担当の患者さんをちゃんと見ているかといえばそれもなし。

 その患者さんだって患者さんじゃない!
 病棟の患者さんとどう違うの?


 手術を受けている間に患者さんに「看護」している様子なんて全然なく、ただ手術が済めば終り。確かに手術場にとって手術が安全に何の問題もなく終わることって言うのはとっても大事な看護の一つです。けれど当たり前のようにそれを全うし、尚且つ余裕があるんだから自分の看護を全うすればいいと思う。
 患者さんに声をかけ、労り、援助する・・・たったそれだけなのに、「命」を守ってるだけで「人」を守ってる気になってる。

 私が週末に受け持った患者さんは、90歳を超えたご高齢の方で、今回の手術の為の検査で酷い心臓弁膜症が発見された方でした。日常生活動作に問題はなく、心機能自体は年齢相応、心電図も手術中止となるにはいたらなかったのですが、麻酔と手術に耐えられるかどうかは未知の世界でした。

 そのために術前より準備を入念にし、麻酔科医とも事前に色々想定を考えて話をしていたのです。その患者さんを迎え入れる手術の日、私より早くに来ていた後輩が、私が使用する部屋の準備をしてくれていました。

 救急カートを揃え、モニターの準備をし、尿道バルンの準備をし・・・・

 やることはいっぱいあります。ルチーンで必要な処置だけでも、両手いっぱい。けれど、どんなに準備をしていても足りないと感じることは、ルチーンのものではありません。目に見えることではなくて、気配りや目配り、心配りと言ったもの。
 
 足りない物品は気づいた時に準備しても構わないのです。けれど、患者さんが入ったときに

「あ、嫌!」

 と思った瞬間の不安感や嫌悪感を、後からモノで補うことは出来ないんです。そう感じさせないように、瞬間瞬間の自分の心が必要に成ります。感じてしまったら最後、その気持ちのまま手術が始まってしまうんです。

 ベッドの周りに沢山の器械、沢山のコード。
 冷たい部屋、寒い部屋、横たわったベッドの上に無影灯。
 ガチャガチャ鳴る器械の音、忙しない足音。

 あぁ、嫌!
 イヤイヤイヤ!
 私だって嫌!

 救急薬品より大事なことが在ったっていいじゃない!
 患者さんの意識があるうちは、除細動器より大事なものが在ったって普通じゃない!

 自分の目の前に救急薬品があり、何本もの点滴がぶら下げられ、無影灯が頭の上から落ちてきそうで、裸にされてブルブル震えて、挙句に除細動器まであったら!!!!

 私は生きて帰れるの?
 大丈夫なの?


 ・・・・って思わない? それなのに「大丈夫ですか?」と聞かれれば「大丈夫」ってこたえざるを得ない。聞いてるくせに、言わせようとしてる。期待した答えを言わせようとして、それ以外は受け付けないって雰囲気。

 あり得ん

 命も守る。けれど、心だって守ってあげないといけなくない?

 気付いてほしい事は、まだまだいっぱいある。モチベーションがあがらないのは、仕事のせいじゃない。自分が患者さんに興味をなくしてしまったから。手術の受け入れをルチーンにしてしまったから。声をかけるだけが緩和だと思ってしまっているから。
 自分から患者さんに関わらなくて、「患者さんと接点が無い」と言われても、アドバイスできることなんて少ない。患者さんは手術場に歩みよってはこない。こちらから一生懸命心を傾けて寄り添って、それでも駄目な時の方が辛い。

 与えられるのが当たり前だと思ってない?仕事も与えられるものしかできなくて、モチベーションもやりがいも、誰かがどうにかしてくれないから駄目なんだって平気で言ってる。やれることはいっぱいあるのに、「あれして、これして、それして、じゃあここまでして、それで気持ちはどう変わる?」って、全部一つ一つ指示して。それでも駄目だと

「やっぱり手術場は駄目なんです。」

 ってことになって 人から言われたことだけをしていく事が、楽しい?自分から気付いていく喜びの方が、何倍もいいんじゃない?自分から行う行動の方が、ずっとずっとやる気になるんじゃない?

 そういう事も、教えてあげられない私も駄目なんだろうけど・・・。

 という訳で、私は、


「私の患者さんに触るんじゃねぇ〜


 と叫びたくなる時がたまにあります。物事の準備は確かに後輩の方がずーっと上手です。救急時の対応はまだしも、その不測の事態に対する準備は私より完璧です。けれどその場面で、後輩は患者さんを人として扱えるかどうかには不安が残ります。
 不足物品をとりに走ることは私の方が多いかもしれない。「あー、忘れてた!」ってことは確かに私の方が多い、本当はダメダメ先輩なんですけど、私 大きいことはいえないか・・・

 でも、

 ベッドの上に寝た手術場がどんな風に見えるかを、より知っているのは私
 患者さんの視界を、より実際的に知っているのは私

 それはベテランだからというのではなく、私も患者だったからなんだけどね

 後輩と比べて、なんら秀でてることが無い私。二人並んでどっちがいい?って言われたら、きっと誰もが後輩を選ぶんだろうと思う。医師であれ、一般の人であれ、男であれ、女であれ。

 けれど、私の看護は、私の看護を受けた人には分ってもらえる。

 ・・・そう、思っていたいです。
 本当は、それだけじゃいけないんだけどね。

                     

 何でこんな話になったのかはわからないけれど、久しぶりに外科の大きな手術を受ける患者さんの外回りをして、色んなことを考え、思いました。
 私は器械出しより外回りが好きですし、病棟に患者さんを申し送る時のチーム医療の瞬間が好きです。特に病棟で患者さんを迎えてくれた看護師さんが、同じスタンスで患者さんを引き受けてくれる方だったら、とても嬉しい。
 手術場の看護の醍醐味は、周手術期の自分の看護観を、病棟看護に組み込んでもらえるところなのかもしれません。自分がこの患者さんをこう守ってきたのだから、続けて看て欲しいといえるところ。同時に危険なところも申し送りでき、連続してみてもらえるように仕向けられるところ。
 
 手術場の仕事は、嫌いじゃありません。同じ看護師ですし、より専門的でより高度な技術と観察眼が必要だと感じます。だってほんの数時間の付き合いですからね。それで人となり、身体の隅々まで分っていなければならないんですから。
 それが時に、一本調子になってしまうんでしょうけど

 どこにあっても、人は人。
 患者さんであっても人で、裏返せば医師も人。
 看護師も人です。

 
 ってな話です。またまた私の熱い看護観でした。何度も書くけど、だからといって私が立派な看護師であるはずもなく、いつも理想が高いと言われます。目指す事が大きすぎるからこそ、人の行動にいちいち反発したくなるのかもしれません。
 自分の看護が実際本当に正しいかどうかがよく分らないのが、今は悩み・・・・

 まだまだため息の数は減りませんね。



 
 さてはて、全く違う話に成りますが、今日所用があって東広島まで出かけていました

 東広島は現在広島大学の多くのキャンパスがあるところ。私自身もセンター試験のときに広大キャンパスに来たことがあります。けれど車で来ると国道2号線を走ることになるので、キャンパスはちょっと遠い。

 一旦話は飛びますが、私、運転は全然嫌いじゃありません。まぁ、こんだけ車でぶらぶらしていたら、嫌いだといわれたところで信じられないでしょうけど。

 けれど、運転が上手という訳でもないようなんです

 いえいえ、自分は結構上手なほうだと思っていたんです。車庫入れだって全然平気だし。高速道路だって流れに乗って走れるし、車線変更も追い越しも。別に問題なく普通にやってると思います。時々サイドミラーを電柱に激突させるのは愛嬌です、愛嬌

 けど、どうやら下手なんじゃないかという事に気付いたのが、正に今日です

 実は私、走っていると左に寄る癖があります。高速道路では、走行車線を走っていて左側の路肩を示す車線を踏んでしまい、よく変な音を立てています。(白い線を踏むと音が出る、アレです。) 追越車線を走ると、どうやら幅ギリギリを走っているようで、観光バスを追い越す時には車体の字が間近に見えます。

 これ多分、右側で運転している自分が真ん中を走っているからなんだと思うんです。気付いて右に寄ろうとするとまたまたよりすぎてしまう。左側通行の一般道を走っている分には、自転車や歩行者に気をつけていれば問題なく、事実今までこの癖で人を轢いた事はありません。なのであんまり治そうと思うことは少ないんですが、今日は流石に痛い思いをしました

 私が走っていたのは、東広島の狭い道。対面通行で、歩道部分が一つ高くなっているだけ、車線の幅も大型トラックギリギリと言った感じ。バイクが走っていたり車道の端を自転車が走っていると、追い越すのに対面の車の隙間を狙わないといけないような道です。
 ただ真っ直ぐな道なら全然問題はなく、交差点をすいすい走っていけばいいだけです。

 色んな土地を走っていますが、意外にないY字交差点。(Y字交差点が多いのは、私の中では高知県。岡山も大概だけど、高知のY字交差点って大きいのから小さいのまで、けっこう「こんなんあり!?」というのが多いです。)

 たまたま今日走っていた道の向こうに見えた、この交差点。交差点と言っても信号が無い、ただの道の分かれ目です。

 私はY字の下部分から角に向かって走っていました。



      


       

        こう向き。

 右手側の道へ曲ろうとして、ハンドルを切った瞬間、




 がこーっっっっ!!!!!



 ガガガガガッッッッ!!!!!!






 ご想像通り、Y字の接点、中央の縁石に突っ込みました
 ハンドルを切った瞬間に、「・・・なんか距離の感覚がおかしいかも。どっか擦るかも。」と思った正にジャストミート!

 右の道にとりあえず車は進んだんですが、へこっへこっとした走りです。



 車の負傷状態は、見なくても分ります
 人で言うところの、高エネルギー外傷。



 意外に冷静だったのが幸い。というか、事故るの分ってたし
 携帯電話で父に

「ねーねー、タイヤがパンクしたんだけど、目の前にイエローハットがあるんよね。こういうところで変えてもらえるかなぁ?」

 と相談していました。

 本当に、車を止めた目の前に看板あり。
 助かりました。

 ってか、恥ずかしかった

 駐車場に車を止めて左前輪を見ると、何の衝撃かと目を丸くするほど、パンクどころじゃないタイヤの破損。爆発してます。
 
 最早、笑いしか出てきません
 
 タイヤを取り替えてくれた整備士さんに

「タイヤを止めるボルトが一つ折れてますね。」

 と言われ、

「きっとスタッドレスに履き替えた時に、真っ直ぐ入ってなかったんですよ。」

 と説明されたけれど、





 ・・・・・果たしてそうか?




 ・・・・・今回のこの衝撃じゃないのか?







 生憎(?)スタッドレスタイヤを履いていた私の車。
 前輪2本のみ新しくして家路に着きました。


「前輪の溝がちびてますから、変え時ですよ。今年の冬も使えますから!」



 店員さん、その慰めは不要



 
 帰り道、気にして運転していたら、やっぱり私は左へ寄る癖が強いです。

 助手席に乗る人がよく「怖い」と言っていたのはそのせいか

 

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