〜近畿☆瀬戸内☆うまうま交響楽団 ♪

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zoom RSS 優しさってなんなのさ。

<<   作成日時 : 2011/11/06 22:31   >>

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 変な話、優しくなれない。

 人は皆

「うまうまちゃんは真面目で優しいよ〜」

 と言ってくれるが、なにがなにが・・・




 優しさって何なのさ?




 というパラレルワールドにはまっている。

                      
 
 さて、優しさってなんやねん? (←頑張って関西弁。)

 よく看護師さんって「白衣の天使」だったり『優しい看護師さん』だったりして、もろに慈愛的表現で理解されることが多いし、よくもまぁ大元締めがイメージの押しつけ看板みたいなことをやるなぁと、まるでとってつけたように「優しそうな笑顔の看護師と老人・子供」といったポスターを作るけれど、私はあれってどうにもいけ好かない。

 丸で看護師であるもの、常に優しくなければならないとか、笑顔でいなければならないとか、そういわれているようだったり、イメージを固定されているような感じだったりするのです。

 確かに優しくなきゃいけないし、感情のコントロールをしなきゃいけないし、自分の思うままに接していたんじゃいけないし、笑顔は大事だし、勿論きちんと大きな意図は掴んでいるのです。けれども、いけ好かない、という気分になる。

 何故なら・・・・



 看護師さんって優しくないからです。



 患者さんには優しくても、看護師どうしでは厳しいのです。いじめだって普通にあるし(言っていいのか?)、陰口無駄口言い放題、指導と言いつつ行きすぎだったり、そこはもう女の世界。(ここに男が絡むともっと怖い・・・・・)

 看護師どうしでも、部署が違えばもう

 あんた何様!!!!


 が行き来する。私は救急外来の電話口で何度叫んだことか…。

 なので、看護師同志のやりとりで、本当に思いやりある対応をされた場合、めっちゃ嬉しい。ってか、一発でほっこりなるのです。それが勢い緊急手術患者さんのやり取りだったとしても。

 まぁ、看護師さんって優しくないってことです。
 で、看護師さんって場面に合わせて心とは違う反応をしたりする、



 大女優



 ってことです。どちらかと言えば、真剣な顔してる時の方が多いんじゃないかなぁと思います、看護師さんって。おいおいそれが「無愛想」にもつながるけど。

 今働いている病院の看護師さん、私が思うにすごーく怖いというより、「無愛想」な人が多いです。以前働いていた病院が中規模病院だったので、誰しもどこかで見た顔というのが安心感にもなるし、○○病棟のだれだれさん、と分かるだけで知り合いのような感覚になれるものなので、すごーくアットホームだったんです。コメディカルの人も、名前を言わなくても名札がなくても「○○さーん」って呼んでくれる人が多かったし。

 でも、今の病院倍くらい大きくなってしまい、職員数も私のなけなしの脳細胞では覚えきらないくらい多いので、勿論経験年数も少ないので誰が誰やら。
 恐る恐る挨拶をしたり声をかけたりしても、




 無視



 が多い。笑顔一つも無く、「はい」ひとつもなく、皆しらーんぷり。そこにいた先生が困惑顔できょろきょろ周りを見渡し、それでも反応しないナースが怖くて自分からも何も言えず愛想笑いで「えへ」っと笑ってくれるが、「そんなん望んでない!!!」と心で思いながら「えへ」っと笑い返す始末。
 私、これが嫌で研修会の時に大文句たれたことがあるんです、皆の前で。だけども一向に改善の様子なく、教育部の上司だって笑顔で(←ここがミソ。これに騙されてはいけない。)

「それはいけませんね。」

 っていうだけ。何とかしたら?

 ・・・・話がそれていますが・・・・

 だからこそ、自分はいっぱい話していっぱい声が出る優しい(←最早曖昧すぎる)看護師さんでいようって思いながらいざ仕事!ってなるんだけど、





 優しくなれるはずがない!!!!!!!!!




 今宵も患者さんは、





 歩いて救急車を利用する





 軽症の人ほど良く吠える





 我儘な若者




 傲慢な若者




 常識知らずの若者




 マナー知らずの若者




 思いやり知らずの若者




 


 ・・・・いや、若者が悪いのではなく・・・・そーだ、若気の至りって言葉がある位だし(←意味が違う。)

 病人ってだけで許される範囲を超えている人が多いという事です。今宵の救急外来、お陰でもうへとへとくたくたグロッキー、家に帰ったら行き倒れるどころかパンかじったまま床に倒れていたうまうまさんです。

 病人ってだけで、何故私はこの人に優しくいなければならないのか。

 と考えさせられるほど。病人って、肩書きは、きっと首相より大きいかもしれない。しかも、全世界共通。
 もともとハイソな人が集まる病院ではないし、人情病院でもないし、この患者さんの質はこの病院の質なのかなぁと思ったりするのですが(そこで働いているので何とも言えない)、病院が「我儘を何でも聞いてくれるところ」と言った感じでとらえられている感じです。

 勿論、我儘なんてききゃぁしないんだけど、都会っていう場所柄、言ったもん勝ちっていう風潮が強く、気に入らないとわめく、騒ぐ、たちが悪いのは無言。

 そういう患者さんにも『優しく』なければならない私たちって!?

 この間「災害看護」の研修会に参加しました。もともと災害看護にはとっても興味があったし、DMATとか、いけるもんなら隊員になりたいくらい(・・・・・頭がついていかんけど)なんです。それに気づいた上司から勧められた研修だったんだけども。

 そこでは、

「一番早く病院にやってくるのは、軽症の人。重症者は後からやってくる。」

「軽症の人ほど喚く。」

「騒ぐ人に乱されることのないよう、冷静に。」


 と指導されていましたが、災害現場でなくとも、大当たり。

 まず、重症者は一人では移動できないので、勿論一人でやってくることはありません。
 軽症な人ほど少しの事で喚いて、何故自分が先ではないのか、時間が何分すぎたとか、怒って喚きます。しかも、救急車が来て重病人が今まさに生死の境で頑張っているときに限って。

 ・・・・もしかして、うちの病院、常に災害時?????

 病院にかかるマナーというのも、在るんだと私は思います。病人だから許される範囲がどこまでも広いという訳ではないと思います。これって、看護師の我儘でしょうか?
 マナー、常識、人への思いやり、それを少しでも一つでも守っていただけたら、こちらが対応できることは沢山あります。確かに待ち時間が長いのは仕方ないです。10人の患者さんにたいしても、100人の患者さんが来ようとも、医師の数は変わらないのですからね。同じように、看護師も今働いている人の数しかいません。

 状況を少しでも理解していただくこと、分かっていただくことで、こちらが差し出せる看護は沢山あります。それを自分から拒否しているのですよ、喚く人、我儘な人、無言の人、態度の悪い人。

 病気だからしんどいのは分かります。けれども、協力して頂かないと困ることがたくさんあるのも事実です。

 自分が途中で待たされていても、その時今まさに死んでいこうとする人が居るのに、処置を必要としている人が居るのに、その人を前にして

「何故自分はほっとかれているんだ!何分待たせるんだ!」

 と、本当に怒れますか?本当にそれでも怒っていることができる人は(たまに「そんなことは知らない、他の先生が居るだろう」と言われるかともいますよ、ホンマに)、それが自分の家族でも言えますか。
 ってか、それほど自分中心でいいのか!?

 忙しいときにそうして呼び止められて文句を聞いている時間さえないのです。CPAでみんなが一丸で蘇生しているとき、大量吐血で必死に緊急内視鏡で止めているとき、ショック状態で処置が必要だったり、そうした時に呼ばれて怒られて説明している時間に、一つ何かが出来るのです。病人に区別はないとは言うかもしれませんが、救える命をやすやすほおりだすわけにはいかないのです。

 丁寧に説明して、ここまで言っていいのかわからないけれど

「命の危機にある方が運ばれています、今診療はすべてストップして、救命しているところです。申し訳ないのですがすこしまっていてください。」

 と話す時間がもったいない!!!

 しかも、そういった後にも言われることもあります。





「じゃあ、何分くらいかかりますか?あと何分待てばいいですか?」




 ・・・・・・・




 ・・・・それって・・・


 何分くらいで死にますか?っていうのと、同じじゃないか?






 上記の説明で

「分かりました。」

 と言ってくれる人の方が確かに多いです。だから私も説明の手を省きませんし、時間が勿体ないと思っていても対応します。けれど、そういわれるとこっちが引きます。
 救命できた場合、状態が落ち着いてICUへ入室するまで、それはそれは過酷な戦いが続きます。むしろ救命できなかった場合の方が、かかる時間は短いくらいです。
 だから、あと何分と言われれば、「果てしなく」としか言えませんし、「もしかしてこの人死ぬのを待ってる!?」って思ってしまったりします。
 私にだって、患者さんの一分先も分からないのです。分からないけれど進まなければならないのです。医療って、そういう感じです。でも、待ってる患者さんが急変することだってあるから、要注意は怠りませんけどね。
 


 怖い犬ほどよく吠える。



 そうなのかもしれません。考える力が得る患者さんほど、不安になって心配になって騒いでしまうのかもしれません。嫌な事ばかり考えて泥沼にはまっているのかもしれません。だから、結局どういったところで、救急に来ている人はみんな病人なのですな・・・。なんかされで納得させるしかないのか。

 優しくなれないのは、我儘さ加減が目につくから。
 人を差し置いてでも自分がっていうところが、最近多い思考だから。

 看護師さんに、医師に、医療に、それ以上の何かを求めている人が多いんだろうな。普段の人と人との関係、社会では得られない「何か」。けれども求めても与えられないのでイライラする。(だって、もともと持ってないものだったりするんだし。)

 人は、何を欲しているんだろう?

 『優しさ』という言葉の中に、何を想像しているんだろう? 

 






 ・・・・・・やさしくなれない一例、

「救急搬送以来ですー。」

「はーい。」

「疲れ目。」

「え?」

「目がかすむ。」

「え?」

「バイタル安定、主訴疲れ目。」

「・・・・・・・はい?」

「既往は胆石でオペ。高血圧で○○病院かかりつけ。」

「その○○病院は?」

「断られましたー。」

「理由は?」

「知りません。」

「うちの病院にかかったことは?」

「ありません。」

 救急隊員、優しすぎます。ってか、ホンマにお疲れ様です。

 嘘のようですが、よくある事ですこういう事。歩けるし話もできるし付き添いもいる方の救急車使用率がとにかく多いです。本当にタクシー代わりのようなものに思えますが、何故救急車を呼ぶのか理由を聞きたくなる症例が多いです。基本、歩けたり話が出来たりする患者さんは、申し訳ないけれど自力で病院に来てほしい。救急車の人件費もメンテナンス代もガソリン代も、全部税金。だから好き勝手使ってもいいという訳ではない。

 こういうのを、仕方ないと思うしかないのか、それが仕事なのか・・・。

 以前救急隊員の人から言われたことがあります。

「一番びっくりすることって言ったら、本当によくあることだけど、患者さんと付き添いの方が救急車に乗って病院に行くけども、別の付き添いの人が自分の車で後を追って病院にくるって事。」

「それがどうして?」

「足がなくて使われるのはまぁ仕方ないかなぁと思うけども、帰りの事を心配してわざわざ一人後から車で来るくらいなら、その車で受診に行けばいいじゃん。何故車があるのに、歩けるのに、モニターが必要なわけでも、酸素が必要なわけでも急変する可能性がある訳でもないのに救急車に乗っていかなきゃいけないの?」

「そりゃそうだ。」

「でも、僕らは『じゃあその車で自分たちで行ってください』とは絶対言えないわけ。患者さんが『もういいです。』っていうまで、自分たちは何があっても出動した以上どこかへ搬送しなきゃいけないわけだよ。だから、病院に着いたらあとはすきにして!って感じで、ホッとする。」

 救急隊員、大変。
 休日に遊びまくってるの、分かる気がする。(←え?)

 おまけに夜間だと、急変した心肺停止の患者さんを搬送してきてくれた救急隊の方々は、人手がないので心マとかを手伝ってくれます。ってか、丸投げでお願いしたりする。(私たちは薬だったり、記録だったり、挿管の準備だったり、DCの準備だったりとバタバタするので)

 頼れる方々ですな。

 おまけに制服着てるときは優しいしね。




 優しさって、なんなん?
 

 

  

  



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