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<<   作成日時 : 2014/01/07 01:56   >>

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 あけましておめでとうございます。

 2014年、気が付いたら始まっていましたよ、今年も月一ブログっぽくなりますが、頑張って更新しようと思っていますので、ナマケモノ並みに気を長くしていてくださいませ。えへ。

 気が付いたら始まってたというと、気が付いたら終わってたというのも同じことですが、それくらい年末年始は働いてました。仕事場と自宅しか行き来してない…。

 2013年はホンマにいろいろありました。
 年明けに振り返るのも何ですが、部署移動があり、くそ忙しいというか、働き辛いICU何かに生息するようになって、もうそれだけで2013年は人生で最も不幸な時期といえます。えぇえぇ、ほんとうに。

 それに加えて、愛犬が他界。

 他界したその夜に仕事して、怒られまくって凹みまくって…。

 考えれば、怒涛の一年でありながら、最悪の一年であったとも言えます。
 こんなにしんどい一年があったかしら?

                 ♪

 新年早々明るい記事は書けなくて申し訳ありませんが、時折自分の存在というものを不思議に思う事がよくあり、多分歳のせいなんだろうなーとは感じます。

 若いころ、自分がなぜ生きているのかと考えることはあまりなかった気がします。
 子供の頃はもちろん。まぁ、私は少しあったかもしれませんし、私が尊敬しているホスピス関係の先生は、子供の頃から死後の世界や自分の存在意義何かを不思議に思って生きてきたというので、世の中にはランドセルを背負いながらも、自分の存在する意味や役割を考えたりしながら生きている人もいるんだろうと思います。

 まぁ、考えても大抵の人は普通の考えているだけで、多分そこで無意味に感じたり空虚感や空白感を感じたりする人の方が少ないのかもしれません。ふと考えた時に、自分の意味や「自分はこれでいいのだ」と思える出来事や存在に出会える人の方が多いかもしれません。

 職場の先輩で、自分自身がとにかく好きになれなくて、自分なんていなくてもいいと考えながら青春時代を生き、悩みぬいていた時に人生の転機のきっかけをくれた人と出会い、受け入れてもらえ、自分はこのままでもいいんだと感じられ、その時の喜びと輝きを今も持続して持っていて、それを今度は自分以外の人に分け与えようと頑張ってる方が居ました。
 その先輩は、矢張り自分自身の中に正しいと思う事や優しさの定義をしっかり持っていて、筋の通った人だったので、あまりにも「自分」を持っているせいで時折周りの人との温度差や誤解を招きがちでした。そのたびにどうしてこうなってしまうのかと悩むんですよね。荒んでいた時には、もうお人よしすぎて、頑張りすぎてるなぁとみていたんですけど、私自身が先輩の優しさというか、温かさというか、先輩自身の存在に救われた出来事があって、「この人はこのままでいいんだ」と感じたんですよね。

 もともと苦手な人は居たけど、人を否定することはあまりしないようにしてきたので、『こういう人なんだな』と思う事は多かったけど、「その人はそのままで素晴らしい」と感じたのはその先輩が初めてで、生きてきて初めての事だったような気がします。

 長くなりましたが、先輩のように「そのままの自分で良いんだ」と実感して生きている人は、一体どれくらいいるんでしょうね。
 自分大好きな人は良くいますが、自分自身が好きっていうのも当てはまるのかな。自分が好きっていうのと、自分を肯定して生きていけるっていうの、少し違う気がするけど、良い生き方の一つではあるのかな。

 誰かにそう言ってもらえる、というのは凄く有難い事で、それがパートナーだったりしたら、幸せというオマケも付いてくるんでしょうけどね。とある出来事が切っ掛けでそう「感じられる」としたら、それはまた凄く素晴らしい出来事だと思います。

 人生にそういう瞬間は絶えず訪れていて、それをきちんと胸に落とし込めるかどうかなのか?それとも、ここぞというときに神様がはかったようにそういう瞬間を起こすから、逃すことなく向き合えるのか? 

 残念ながら私にはまだその瞬間を感じることが出来なくて。上記の先輩に『救われた』ことは在るけれども、自分自身の存在が肯定できたという感覚とは違うんですよね。難しい感じですけど。

 ここまで年を取っていると、私自身も「ここに居る自分には何か理由があり、こんなにしんどい毎日や、今この時に愛犬を亡くすという出来事にも意味があるはず。」と考える事はできます。けれども、考えると余計に、分からなくなる。ならばなぜ、その意味が分からないのか。感じられないのか。辛いだけでしんどいだけで何故?

 ならば考えければいいんですけどね。年をとればとる程、感覚ではなく考えてしまう。考えすぎて余計に視野が狭くなり、感覚が鈍くなるんです。分かっているからやめよう辞めようと思って居ると余計に、ではなんでこんなことを?という疑問が次から次へと湧く訳です。

 2013年の私は、そんな感じでしたね。

 年明け早々変な話題ですが、自分の存在意義、看護師としての自分の意味、自分が生きていく居場所、自分が居ても良い世界のを見つけたくて転職をした私。その頃は自分が何者かとか、なぜ生きているのかとか、全然分からなくなって、居ること自体しんどかった時期ではありました。
 転職後、ますます分からなくなって、部署を移動したらホンマにもっと分からなくなって・・。

 年が明けたというのに、また自分が分からなくなってくる毎日。自分が分からないのではなくて、自分が居る意味、かな。

 周りを見渡したとき、自分の立ち位置、居場所、周りの人たちの立ち位置、場所、生き方、全ての事柄の流れ、ぼんやり見てたら、そこに自分が居るべきなのかどうかが不明瞭。2014年になったというのにねぇ。

 あまりにしんどい毎日の中、先輩の一人は「大丈夫」と言ってくれるけれど、イマイチ心に響いてこないというか安心できないというか…。

 くそ忙しい仕事の合間に、なーんにもやる気が起きなくてぼんやり過ごしていると、色々考えます。ぼんやりとだけど。だけどくそ忙しい仕事の合間に、遊びで疲れるのも嫌だし、人ごみで疲れるのも嫌だし、だけどリフレッシュしたいし、でもしすぎると後が怖いし…なんて、堂々巡りで毎日パジャマだけで過ごしているワタクシ。
 あ、いっておきますが私の正月休みは勤務表には見あたりませんよ。連休自体も一か月に一回あればいい方。休みと言ってもまともに一日休みな事は殆どなし。夜勤明けの休みか、夜勤入りの休みか…。

 こんな部署に何故移動したんだ―――――!!!!


                    ♪

 さて、こんな愚痴愚痴ブログではいけないので、少しナースのお仕事の事でも…。

 また寒波が来るって天気予報で言っていましたが、交通事故の多さには、開いた口が塞がりません。世の中色んな事が起きるものですが、降ってわいたような事故で命の危機に陥る人が何と多い事か!!!!と、ICUなる監獄にいてわかります。 

 ICUなんか入るもんじゃないですよ。
 となると、大きな病気や事故とするもんじゃないですよ。

 ICUは全然素晴らしい所ではありません。入る処ではありません。

 なので、交通事故には注意必要ですよ。病気は予防しててもなる時はなるけど、交通事故は自分の注意で減らす事はできます。巻き込まれることもあるけど、スピードやルールを守る事だけで回避できることはものすごくたくさんありますし、自分が注意していれば自分も誰かを巻き込むことは無くなります。

 どんなに車に危険回避の機能がついてても、事故したときに完全に守ってくれるわけではありません。エアバッグだって、それで助かった人とそれだもダメだった人を比べたら、多分後者の方が多かったりするかもしれないわけで。

 交通事故でのけがは、身体の怪我、内臓の怪我、頭の怪我、全般に及びます。内臓損傷で来る人もいれば、整形外科関連の骨折で来る人もいて、全ての人が大体複合してます。

 悲惨、としか言えませんね。
 って、こういうことは警察関係の人がブログに書いたり教えてくれたりするのかもしれないけど。



 病院は「助けてくれる」所だと勘違いしてはいけません。
 『助かる手助けをする』所です。
 私はそう思う。結局はその人の体が治療に反応するかどうかなので、病院なんて神様でもなんでもないんです。助けてください、という言葉は、凄く苦手です。家族は確かに無力感でいっぱいですよね。ICUなんて簡単に面会できる場所でもないし、制限も多いし、勿論入ってる患者さんは意識ないし。でも、助けるところではあるけど、助けてくれるところではないのですよ。
 ICUに異動して、何だかそういう細かい所に気づいたりしてます。

 こういうところで、「存在の意味」っていうのを凄く考えるようになります。
 いや、居なくてもいい人なんていないんだけどね。死んでもいい人なんていないんだけどね。傲慢だけど、医療は皆を助けるために必死です。医療って助かる手伝いなんだけど、助けてるって思いがち。必死になってなって、言葉を選ぶ暇がないからね。
 
 意識が戻らなくても、そこに在る命の意味がある訳です。家族にとって、という事だけじゃなく、私達にも、世の中にとってもの意味が。
 人工呼吸器を付けて、脳が機能してなくても命の意味があって、精神的に不安定で暴れて暴力的な命にもそこに在る意味があって、ICUにはそれをすべて含めての意味があって、そこに働く私達にも意味があり(看護師として必要ていう意味じゃなくて。)

 そんな場所なので、今とりあえず元気で働いてて、ICUで働いてる看護としての私の存在意味とは? と考えても、仕方ないじゃないか。本当に平等に命に意味があるのかと…。



 あら、またそんな話題になってしまった。


 +1。

 たった「+1」なのに、沢山の事を含んでます。


 2014年、皆様にとって良い一年になりますように!!
 今頑張ってるタマゴさんたち、元気に殻を割って行きましょう! 

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